ドラマ『つくたべ』が提示する、世間の価値観にとらわれない“人を想う心”
先行していく「言葉」や「イメージ」に飲まれない工夫
「LGBTQ+」「アロマンティック」「レズビアン」など、セクシュアルマイノリティーを表現する言葉に触れる機会が増えている。しかし、忘れたくないと思うのが、つい最近になって当事者が急増しているわけではない事実だ。また、言葉を聞くことが増えているからといって、ブームのように捉えたくない、とも感じる。
8〜9話では、セクシュアリティを自認する野本さんの心の動きが、丁寧に描かれた。ドラマ『つくたべ』には、制作統括の坂部康二や大塚安希をはじめ、脚本を担当する山田由梨、考証を担う合田文など、この物語に真摯(しんし)に向き合う制作陣がついている。言葉の使い方、表現のひとつをとっても、意図とは違う発信にならないよう細やかに配慮されていることがわかる。
つくたべドラマの舞台裏に迫った特集記事では、脚本の山田由梨が、考証として合田文に入ってもらった理由について述べている。セクシュアルマイノリティーがメーンとなる作品においては、表現にともなう責任が1人に帰結しないよう、複数の“チェックの目”が重要であることが見てとれる。
合田文は、セクシュアリティに関して実体験を元にしたコンテンツを配信するメディア「Palettalk(パレットーク)」を運営している。野本さんのように、初めてセクシュアリティを自認する過程において、豊富な知見に基づき情報を発信している。ドラマ『つくたべ』のように、セクシュアルマイノリティーを描く作品の考証にあたり、信頼されている人物だ。
女性でも女性を好きになっていいし、男性でも男性を好きになっていい。言葉だけが先行して、一人ひとりの心が置いていかれないための工夫が、このドラマにはある。
「相手の性別は考えてなかった」同僚の存在が救いの象徴に
9話では、野本さんが同僚の佐山さん(森田望智)に、春日さんとのことを話すシーンがある。以前、クリスマスに食事の約束をしている相手としてチラッと伝えていたが、どうやら佐山さんは「相手は男性である」と想定しているようだった。あらためて、野本さんがその認識違いについて説明したのである。
しかし、予想に反して、春日さんが女性だと知った佐山さんは「そうなんですね〜」と深く捉えていないよう。「相手の性別とか、あんま考えてなかったですね」と、本当に大したことはなさそうに話す様子を見ていると、野本さんと同じように、私たち視聴者もどこか拍子抜けしてしまう。
このシーンは、野本さんでも春日さんでもない、別の第三者が2人の関係性に言及している点で、貴重と言える。
幼い頃から「女性は男性を好きになるもの」と当たり前に浸透している価値観について、疑問を覚えてきた野本さん。自分はどこかおかしいのだろうか、“普通”と違うのは悪いことなのだろうか、と悩みが蓄積していたところへ、この同僚の存在は救いだったのではないだろうか。
そのほか、野本さんがSNSを検索していると、レズビアンカップルの体験談が多く見られるシーンもある(実在する当事者の協力による)。自身のセクシュアリティについて正しく認識するとともに、女性である春日さんへの思いも、なんら変なことではないと自信を得るまでの流れが、微細に描かれている。
何年経っても読み継がれる名作古典はたくさんあるが、このドラマのように、何年何十年経ってもたくさんの人の心を救う物語は、そう多くはないはずだ。
誰もが「好き」に素直でいられる世の中に
最終話で描かれたのは、年末年始をともに過ごす、野本さんと春日さんの姿。春日さんが会社帰りに一度訪れたことのある、あの料理店で、唐揚げとハムカツを交換する2人の様子がほほ笑ましい。
この料理店は、ドラマの序盤に登場した、女性である春日さんに対し「ご飯の量を少なめに盛る」配慮をした店である。この回では、ご飯の量を調整できるように変更されていた。ささいな変化だが、社会を変えるためには、このような小さな一歩を積み重ねていかなければならない。
夜通し部屋で映画を見て、お互いに寝過ごし、初日の出を見に高台にある公園へ走る野本さんと春日さん。食傷気味な表現で恐縮だが、ともに眺めた日の出の眩しさが、今後の2人を待つあたたかな時間を象徴しているように思えた。
恋愛、女性同士、付き合う・付き合わない……そんな、世間が作り上げた尺度は関係ない。2人はこれからもきっと、「作りたい」し「食べたい」のだ。
一緒にいたいから、隣で同じ時間を過ごすだけ。誰もが自分の「好き」に素直でいられる世の中になりますように。このドラマは、その実現に向けて社会を一歩、動かしてくれるだろう。
月~木曜よる10時45分〜
出演:比嘉愛未、西野恵未、森田望智、中野周平(蛙亭)、野添義弘 他原作:ゆざきさかおみ脚本:山田由梨音楽:伊藤ゴロー制作統括:坂部康二(NHKエンタープライズ)、大塚安希(MMJ)、勝田夏子(NHK)
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