考察『ファーストペンギン!』4話。漁師たちのスーツが示したドラマの衣装の力
漁師たちの人柄を表すスーツの取り合わせ
「面倒で愛すべき男たち」とは、水曜ドラマ『ファーストペンギン!』(日テレ系)の原作本『ファーストペンギン シングルマザーと漁師たちが挑んだ船団丸の奇跡』(講談社)の、第3章のタイトルだ。著者は、ドラマの主人公・岩崎和佳(奈緒)のモデルである坪内知佳。
ドラマを見ていると、漁師の男たちの面倒なところ、愛すべきところ、それぞれを描き尽くそうとしているのをひしひしと感じる。第4話では、特に衣装の良さが際立った。
和佳が提案した「お魚ボックス」の事業。お金も人手も足りないため、顧客に送る魚をボックスに詰めるのは「さんし船団丸」の漁師たちの仕事だ。本業である漁を終えて、クタクタで浜に帰ってきた漁師たちは、顧客のもとに届いた魚の状態を想像できない。和佳が病気で倒れるほど必死に開拓した顧客に、間違った魚を送ったり、冷やし過ぎてカチンコチンになった魚を送ったりしてしまう。
フランス料理店「モンシェリミスティーク」のシェフ・流山(速水もこみち)は、その状況を見かねて、さんしの漁師たちを店に招待することを提案した。東京の一流フレンチレストランに行くとあって、漁師たちの服装にもバチバチに気合いが入る。
山中(梶原善)は、サイズの合っていなさそうなスーツに紫シャツを合わせ、お腹にはどーんとウエストポーチを巻いている。「東京でスリに遭ってはいけない」とでも思ったのだろうか。可愛い。磯田(吹越満)は白スーツにサングラス、手にはセカンドバッグ。紫色の柄スカーフは、胸のチーフと色を合わせている。案外オシャレなのかもしれない。
大柄な大島(田中美央)は、サングラスにノーネクタイでキメた。「ちゅーさん」と呼ばれている中川(山口祥行)は、髪をオールバックにして、光沢のある紫色のネクタイを締める。小峠(松本実)は、なぜかリーゼントヘアにしてきて、紫の面積多めなストライプシャツを着ている。
片岡(堤真一)は、暗めのスーツに金、赤、青色の派手な柄ネクタイだ。ダブルのスーツなのでフォーマルさはあるが、着方のせいか野暮ったくも見える。そんな片岡の姿が割と普通に見えてしまうほど、山中や磯田たちのパンチが強すぎる。
たくみ(上村侑)は「スーツっていうと、こうなっちゃうんすよ」と呆れ顔。「東京に舐められたくない」と「東京は怖い」の入り混じった男たちの姿。衣装を担当したのは荻野かおりだ。石原さとみの衣装が話題となった『地味にスゴイ!DX 校閲ガール・河野悦子』(2017年)や、『あなたの番です』『同期のサクラ』(2019年)の衣装を担当してきた(すべて日本テレビ系)。
東京の通行人は漁師たちを避けていく。でも、よくよく見るとそれぞれにこだわりがあって、彼らの「東京」に対する思いが見えてくる。スーツというテーマで、いかつくて笑えるうえに、ちゃんと人柄も見えてくる衣装の取り合わせが見事だ。
面倒で愛すべき男の仲間入りをした上村侑
第4話を見終わったときに、頭にスッと浮かんだのは「人生に無駄なことなんてひとつもない」という言葉だった。
たくみは「終わっている田舎」が嫌で、一度は東京に就職したものの、汐ヶ崎に戻ってきて漁師をしている。再就職を目指すために書かれた履歴書には「20歳」とあった。高校を卒業してすぐに東京に行ったのだろう。
片岡は、たくみは東京に行って変わってしまったという。漁師たちもたくみの同級生も、東京で何か嫌なことがあったのだろうと想像している。でも、それは違った。
「何もないんすよ。そんな大層なことは。ただ、俺の格好、笑われとりゃせんじゃろうかとか、方言、出とらんじゃろうかとか。流行りの言葉、わからんの俺だけじゃとか。そういうしょうもないことでいちいちビビって。もう、めちゃくちゃヘタレな理由でしょ」
唯一まともに会話を交わせる永沢(鈴木伸之)に、たくみはそう打ち明けた。たくみが東京でしていた仕事は、携帯電話の販売だ。汐ヶ崎でも携帯電話の会社の面接を受けていた。つまり、言ってしまえば、東京に行かなくてもできる仕事だった。夢や、絶対に東京でなければできないこと、信念があったわけではない。そんな心理的な不安定さからも、小さなことにビクついてしまうようになったのかもしれない。
しかし、漁師たちに「ロマンしかない」という和佳や、大変な「血抜き」作業を提案してしまう父親の篤、プロ意識の高い流山シェフ、熱くなる漁師たちの姿を見て、たくみは「結局、終わってたのは俺だけじゃん」と自分を省みる。そんなたくみの背中を無言で強く叩く和佳も、漁師たちの仲間に入れるように、わざとたくみに「下っ端」と言う永沢も、どちらも優しい。
携帯電話を販売していた経験から、たくみはスマートフォンを持っていた。ドラマの舞台である10年前の汐ヶ崎では、まだガラケーを使っている人のほうが多い。魚の販売先を都会に拡大したいなら、スマートフォンのアプリを使うといいのではないかと提案する。提案に「天才」と言われて、まんざらでもなさそうなたくみもまた「面倒で愛すべき男」だ。
夢も必然性もなく東京へ行き、何もないからこそ汐ヶ崎へ帰ってきたたくみ。そんな経験でも、どんな風に人の役に立つか、誰かを助ける手段となるかはわからない。地元を離れて、挫折や無力感を覚えながらもどうにか何かを掴みたいと思いながら日々暮らしているわたしに、たくみの姿がまぶしい。
思いがけないという点でいうと、和佳の人生も、想像していなかった方向に転がっているところだ。今はまだ、漁協の妨害に遭い、経営も赤字、漁師たちにじゅうぶんな手当ても払えていない。それでも、いまやっていることが絶対に良い未来につながると、和佳は信じている。
漁師たちや漁協の杉浦(梅沢富美男)から見たら、意味があるのかどうか、まだよくわからないかもしれない。それでもきっと、和佳はいまの経験のひとつひとつを無駄ではないと思い返すのだろう。
何者かわからない鈴木伸之、アニメみたいなファーストサマーウイカ
方言をコンプレックスに感じていたたくみに対して、気になるのは、ずっと標準語を話している永沢だ。彼がどんな経緯でさんしの漁師になったのか。逃げ出す漁師もいるなかで、何を思ってそこに居続けているのかは、今後、明かされてほしい部分だ。
やる気を出した漁師たちに追い回される梨花(ファーストサマーウイカ)の表情は、漫画やアニメのギャグシーンのようだった。でっかいプチプチの梱包材を抱えて、「こいつら、何回言うても来るんじゃあ~!」と叫ぶ梨花。その周りには、「梨花様~!」と彼女を拝むヒゲ面の漁師たち。映画『千と千尋の神隠し』(2001年)のリンと蛙たちを思い出した。このシーンだけ、スタジオジブリの絵柄でアニメにしてくれないか。
第3話の時点で「片岡の息子ではないか」と話題になっていた琴平(渡辺大知)が、次回、第5話では汐ヶ崎までやってくるようだ。琴平が何者なのか、クライマックスまで明かされないものかと思っていたが、中盤戦にてそれが明らかになる。となると、後半にはそれを上回るどんな展開が待ち受けているのかと、今からワクワクする。
毎週水曜よる10時〜
出演:奈緒、鈴木伸之、渡辺大知、松本若菜、ファーストサマーウイカ、遠山俊也、城桧吏、志田未来、中越典子、梶原善、吹越満、梅沢富美男、堤真一 他
脚本:森下佳子
音楽:菅野祐悟
主題歌:緑黄色社会『ミチヲユケ』
演出:内田秀実、小川通仁、今和紀
プロデューサー:森雅弘、森有紗、阿利極(AX-ON)
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