まだ語りたい『石子と羽男』最終話「ちからが弱くちゃいけないんですか」続編を心の底から願う
「やっと本当の俺を見てくれた」
第1話で羽男(羽根岡佳男/中村倫也)は、歩行者用信号機の押しボタンに気がつかず、赤信号で足止めされ続けていた。最終話、不動産投資詐欺事件の指示を出していたと思われる投資家・御子神(田中哲司)に向かい、青いジャケットを着て、バックデザインが青いニューバランスのスニーカーを履いた羽男が一歩前へ足を進める。
「そもそも、ちからが弱くちゃいけないんですか」
弱い人間を笑い、強い人間で在ろうとした御子神に羽男が問う。『石子と羽男ーそんなコトで訴えます?ー』(TBS系)は、石子(石田硝子/有村架純)、羽男をはじめとした、弱さを抱えた人々の物語だった。
9月16日(金)に放送された最終話。不動産投資詐欺に遭った日向理一郎(平田広明)の妻・綾(山本未來)と、似た手口の詐欺に遭い、潮綿郎(さだまさし)に相談をしていた高岡(森下能幸)。石子と羽男、そして大庭蒼生(赤楚衛二)は、ふたりに共同で訴えを起こすことを提案する。その裁判の判事は羽男の父親・泰助(イッセー尾形)だ。
裁判のなか、羽男は泰助の前でうろたえる姿を見せてしまう。泰助は「きみは優秀だ」と言い、羽男が天才だと思い込んできた。裁判で息子の醜態を見た泰助は、露骨に呆れて見せる。羽男にはプレッシャーだっただろう。その後、羽男は、綿郎、石子、大庭、姉の優乃(MEGUMI)に助けられながら証拠を集め、刀根(坪倉由幸)側に詐欺行為を認めさせた。
泰助は羽男が優秀ではないと認める。その口調は怒りではなく、ただ事実を受け入れたように感じた。
優秀ではないと言われた羽男は「やっと本当の俺を見てくれた。それが嬉しいです」と言う。目を潤ませ喜ぶ息子の姿を見て、泰助は「ああ、私とは理想が違うんだ」「頑張りなさい」と言った。羽男が長い間戦い、怯えてきた、父親から向けられた理想像から降りられた瞬間である。
「こう在るべき」にとらわれた御子神
「こう在るべき」という理想から降りて本来の自分を認められた羽男に対し、「こう在るべき」から降りられなかったのが御子神だ。御子神は「強い人間」であることにこだわり続ける。
「法律って誰がつくったか知ってます? 強い人間です。権力、影響力、そういうちからが強い人間。彼らが世の中をよくしようと作ったルールです」
そう信じている御子神は、自分も強い人間の立場で居続けるために手段を選ばない。
「結局ね、騙されるやつは騙され続けるんですよ。ちからの弱い者には情報が回らない。知らないから、負け続ける」
強い人間が勝ち、弱い人間が負ける。御子神には世界がそのように見えている。強く在るべきという自縄自縛から降りない御子神は、石子と羽男が彼のタバコのポイ捨てを執念深く追ったことで、廃棄物処理法違反の疑いで逮捕される。
御子神は「こんな大したことない罪じゃ、すぐ釈放される」と羽男たちを笑った。だが、環境省主催で「ECOとビジネス」という講演をおこなったり、カーボンニュートラルに関する取り組みの理事に就任したりしていた御子神。「エコでクリーン」なイメージに反した「度重なるタバコのポイ捨て」の罪に、SNSには彼を笑う言葉やがっかりする言葉が次々と並んだ。
「ウケる笑」「頭弱すぎ」「かっこわるい」
「裏でもっとヤバいことやってそう」「ポイ捨ての回数エグくて笑った」
御子神を引きずり降ろしたのは、彼が弱い人間だと言って笑っていた市井の人々だった。イメージダウンによる理事の解任など、仕事にも影響が出る。羽男たちの狙いはこれだった。
「こう在るべき」から降りて羽のように軽く自由な自分を手に入れた羽男と、それにこだわり続けたせいで引きずり降ろされた御子神。彼は、笑う価値もないと言わんばかりに、パラリーガルである石子や騙された人々を口の端だけで嘲笑っていた。田中哲司が演じる悪役は、おこなっている悪事はもちろん、些細な仕草からもいやらしさが滲む。
ただ、なぜ御子神が「強く在るべき」にこだわるようになってしまったのか、そのストーリーも見たい気持ちも湧いてくる。地道な努力で状況をひっくり返し、依頼者や対峙する相手の本来の願いを描いてきた『石子と羽男』にだからこそ、そんな期待を抱くのかもしれない。
生きづらさのグラデーション
最終話でも、大庭の子犬のような無邪気さが全開。元気いっぱいに「無職です!」と綾に告げたり、羽男が言った不動産詐欺の例え話に「買います!」と騙されたりする場面には笑ってしまう。第9話で大庭にかかった放火の容疑が晴れているからこそ、ほっとした気持ちもあり微笑ましさが増した。
大庭と石子は、大庭の弟・拓(望月歩)の書道作品を見に行く。「今日は拓さんは」と聞く石子に、大庭は「外は得意じゃないから」と答えた。石子は納得し、それ以上は何も言わない。
第9話でも、拓は外出するのが苦手だと紹介されていた。外出するときは必ず帽子を被り、道路の白線を選んで歩くこだわりがある。人に言葉で何かを伝えることも得意ではなく、何かを話そうとするときには手の指がぎこちなく動く。きっと何らかの障害を抱えているのだろうと推察する。
そんな生きづらさのスペクトラムのなかにいるのは、おそらく拓だけではない。刀根に騙されて不動産仲介会社の取締役社長に名義を貸してしまっていた大庭は、今回も羽男の例え話に騙されて、石子に「ブー! アウトです」と指摘される。スピンオフドラマ『塩介と甘実─蕎麦ができるまで探偵─』(Paraviにて配信)でも、起業詐欺に騙されかけ助けてもらっている。人を信じやすいというより、人を疑えないのだ。
また、羽男は自分が他者の感情を察するのが不得意だと自覚している。だから、「俺、そういうの疎いから」と言って、大庭に石子が好きなのかと単刀直入に質問していた。ずば抜けた記憶力の良さを持っているが、他者の気持ちが汲み取れないため使いこなせず、観察力の高い石子に助けてもらって事件を解決していた。
拓、大庭、羽男は、それぞれが生きづらさのグラデーションのなかにいる。御子神であれば、彼らを特に弱い人間たちだと見るかもしれない。
先天的にそうした特性を持った彼らとはまた別に、石子は交通事故現場を目撃したことで、その記憶にとらわれて後天的な生きづらさを抱えていた。「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」と言えるかもしれない。だが、その言葉は使われない。あえて使っていないのではないか。
大庭は、石子と羽男の「立場は違うけど対等な感じ」が良いのだと言っていた。どんな特性や生きづらさにも、重い、軽いの差をつけない。生きづらさに違いはあっても、それぞれの人間をそのままに描く。それもまた、ドラマが示した「対等」の姿勢であったと思う。
石子の司法試験とドラマの「その後」
「硝子ちゃん、人生って案外短いんだよ。後悔のない人生なんてないけど、ひとつでも少ないほうがいいんじゃない」
綿郎にそう言われ、石子は司法試験を受ける決断をした。令和5年の司法試験は7月、結果は11月8日に発表される。その11月のエピソードは『塩介と甘実』の最終話で追うことができる。
司法試験会場に向かう石子の目の前がモノクロになり、過去に見た救急車や救急隊の赤色が浮かび上がってくる。この赤色に、石子はずっと足止めされていた。そこに、空の色のような青い傘がさされ、羽男が登場する。羽男が、真面目に暮らしてきた石子を守る傘になった。
「私も、ふたりなら二人前以上の爆盛りになれると思ってます」
「爆食の町・鴨ヶ谷」という設定が最後の最後に効いてきた。細部の細部まで、本当に練りつくされたドラマだ。簡単に言いたくはない言葉だが、『石子と羽男』は続編を心の底から願ってしまう。このクオリティの作品を見られる幸せを噛みしめて、最終話に拍手を送りたい。
毎週金曜よる10時~
出演:有村架純、中村倫也、赤楚衛二、おいでやす小田、さだまさし 他
脚本:西田征史
音楽:得田真裕
主題歌:RADWIMPS「人間ごっこ」
演出:塚原あゆ子、山本剛義
プロデュース:新井順子
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