考察『六本木クラス』5話 『梨泰院クラス』とは決定的に違う服役の意味。リメイクの違和感を楽しむ
新があの男とタッグを組んだ
『六本木クラス』第6話は、8月11日よる9時から放送。
ついに長屋との全面抗争といっていいだろう。宮部新(竹内涼真)は長屋ホールディングスの株を8億円所有。しかも、資金を運用して稼いでいたのは、第1話以来の再登場、桐野雄大(矢本悠馬)だ。
高校時代、長屋の御曹司である長屋龍河(早乙女太一)がトマトジュースをかけてイジメていた桐野が、ファンドマネジャーとして新とタッグを組んでいたのだ。
ふたりの目的は、長屋に対する復讐で合致している。
龍河は、新の父・信二(光石研)をひき逃げした。しかも、長屋ホールディングスの権威を使って父・茂会長(香川照之)が、龍河の罪を他人になすりつけたのだ。この罪を認めさせ、茂を土下座させることが、新の復讐だ。
桐野は、自分をイジメた龍河に復讐するために、新の計画を支えてきた。誰もがイジメを見て見ぬふりをしてきたなか、新だけが龍河を止めようとした。桐野にとっても、新は信頼できる男なのだ。そして、桐野が8億円まで増やした資金の原資は、新の父親の保険金だ。
しかも、新と桐野は、長屋ホールディングスの専務・相川京子(稲森いずみ)と裏で手を組んで、株主総会で茂の会長解任を画策しているのだ。
「居酒屋 二代目みやべを繁盛させてのし上がるぞ!」というストレートな商売モノじゃなくて、ここにきてグッと、ビジネス復讐譚になってきた。
『韓国文学の中心にあるもの』で読み解く忖度の構造
日本版である『六本木クラス』では、どうしても日本の企業構造を背景として連想してしまうので、長屋ホールディングスはたくさんある外食企業のうちのひとつで、一番大きいってもなー、という理解になってしまう。ちらっと映る長屋の自社ビルがけっこう小さいこともあって、『梨泰院クラス』の長屋グループに比べて長屋ホールディングスの「凄さ」を感じにくいかもしれない。
だが、『梨泰院クラス』が作られた韓国の経済的背景を踏まえ、『六本木クラス』が原作に忠実につくられていることを考え合わせると、長屋ホールディングスと二代目みやべの格差は相当なものと捉えたほうがよさそうだ。
今年の7月に発行された『韓国文学の中心にあるもの』は、韓国文学が描いてきた背景をていねいに解説した本だ。著者の斎藤真理子さんは、韓国文学の翻訳家。パク・ミンギュ『カステラ』、チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』、チョン・セラン『フィフティ・ピープル』などたくさんの韓国文学の日本語訳を手掛けている。
本書の第3章「IMF危機という未曾有の体験」で、韓国の現在の雇用状況がこう語られる。
〈現在、韓国では、大学を出た人の二人に一人は非正規労働者として働いている。また、十五歳~二十九歳の若者の失業率は、一〇パーセント(実質失業率に相当する体感失業率は二〇パーセント)という高い数値だ。
韓国では主要財閥企業十グループへの資本集中率が高く、その総売上高が GDPの約七五パーセントまでを占めるといわれる。しかし、それらの企業が全求人に占める割合はわずか一パーセントだ。〉
『梨泰院クラス』に見られる忖度の構造──学校の先生も、警察も、ありとあらゆる人たちが長屋に忖度して真実を隠蔽(いんぺい)したり信念をねじまげてしまう様子は、こういった状況を知るだけでも真実味を増す。そして主人公、パク・セロイが選んだ道が、いかにハードで、いかに困難を伴うかも感じられてくる。
『六本木クラス』を見ていると、日本的な背景をイメージして「えー、優香は長屋を辞めて、新の居酒屋で働けばいいじゃん」とついつい思ってしまう。が、引用した社会状況などを照らすと、その選択が「合理的」ではないと考える楠木優香(新木優子)の心情も痛いほどわかる。
『梨泰院クラス』『六本木クラス』で違う服役の意味
『梨泰院クラス』『六本木クラス』を読み解くキーとなり得る韓国の状況を『韓国文学の中心にあるもの』から、引用しよう。
〈韓国では男性全員に、憲法で決められた兵役の義務がある。(略)男性なら二年近い年月を軍隊に捧げねばならず、そこで耐えに耐え、暴力も受け入れてやっと一人前という一種の通過儀礼が長らく続いてきた。〉(第1章「キム・ジヨンが私たちにくれたもの」より)
『梨泰院クラス』のパク・セロイが殺人未遂で服役した場面は、同時に兵役が免除されたことを示している。自分の信念を貫くために服役することと、自分の信念と別の強制力で自分の自由を失うことは、パク・セロイというキャラクターにとって大きな違いだろう。
日本を舞台にした時点で、新の服役から、このニュアンスは消えてしまう。
『韓国文学の中心にあるもの』の第1章では、『82年生まれ、キム・ジヨン』の伊東順子の詳細な解説について次のような指摘を紹介している。
〈伊東氏はそこで、現在の韓国社会における女性嫌悪の根源に、一九九九年末に下された「軍服務加算点制」への違憲判決があることを指摘してくれた。もともと、軍での服務を終えた人には公務員採用試験などで加算点が与えられていたのだが、それが「女性や障害者などの権利を侵害する」ものとして退けられたのだ。この措置への反発が、「女はずるい」という根強い意見につながっている。「軍服で苦労して、さらに同年齢の女性よりも二年遅れて社会に出なければならないのは、現実の競争社会では「凄まじいハンディ」と伊東氏が書いている通りだ。〉
『梨泰院クラス』ではこういった社会情勢や構造に対する反骨としてパク・セロイが設定されている。もちろん、その反骨は『六本木クラス』の宮部新にも引き継がれているし、麻宮葵というキャラクターは、平手友梨奈という演者を得て、『梨泰院クラス』のチョ・イソとはまた違った新たなる魅力を獲得しているのではないか。
『六本木クラス』は、日本的背景を勘案して物語を大きくアレンジする道を選ばずに、原作『梨泰院クラス』を限りなく忠実に六本木に置き換える決断をした。それは、『梨泰院クラス』の物語が持つ普遍的な力を信用したからだろう。その力は、リメイク版である『六本木クラス』に遺憾なく発揮されている。第1話に漂っていた「ものまね」感もなくなってきた。
その代償として、少しファンタジックな国籍「日本」が舞台になっていることは否めない。だが、だからこそ、その微妙な違和感を楽しむチャンスがあることは、リメイク作品の良さだ。
『六本木クラス』『梨泰院クラス』を楽しむためにも、ガイドブックとして『韓国文学の中心にあるもの』をオススメする。
毎週木曜よる9時〜
出演:竹内涼真、新木優子、平手友梨奈、早乙女太一、香川照之、稲森いずみ 他
脚本:徳尾浩司
音楽:髙見優
主題歌:[Alexandros]『Baby's Alright』
監督:田村直己、樹下直美 他
ゼネラルプロデューサー:横地郁英
プロデューサー:大江達樹、西山隆一、菊池誠(アズバーズ)
原作:チョ・グァンジン『六本木クラス~信念を貫いた一発逆転物語~』(『ピッコマ』掲載中)、テレビシリーズ『梨泰院クラス』(JTBC)
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