まだ語り足りない『妻、小学生になる。』最終回 「おやすみ」「おはよう」の伝えたこと

3月25日(金)に最終回を迎えたTBS金曜ドラマ『妻、小学生になる。』。「死んだ妻が、まったく他人の小学4年生の身体を借りて帰ってきた」ことから、双方の家族や友人など多くのひとを巻き込んで展開してきたドラマは、どう決着したのか。SNSが感動の声と涙で溢れたラストまでを振り返ります。
考察『妻、小学生になる。』「おじさん×小学生」の異常さを超える巧みなドラマ構造

「今日で最後、楽しくさよならしましょう」

10年前に事故で亡くなった新島貴恵(石田ゆり子)が、小学生の白石万理華(毎田暖乃)の身体を借りて、夫の圭介(堤真一)と娘の麻衣(蒔田彩珠)の前に現れた。一度は万理華に身体を返した貴恵だったが、万理華と話し、1日だけ再び身体を借りられることとなった。その日は、貴恵と圭介の結婚記念日だった。

みんなの太陽・貴恵が与えたもの

濃密な「最後の1日」を描いた最終話。万理華の身体を借りた貴恵は、万理華の母である千嘉(吉田羊)に「会っておいでよ、新島さんと麻衣さんに」と背中を押される。「ココア飲む? マシュマロ入れようか」という千嘉の言葉に、第6話のバーベキューでの貴恵からの影響が垣間見えた。「貴恵さん、いってらっしゃい」と見送られ、貴恵は自分の家に向かう。

圭介のつくった朝食を食べ、麻衣の春服を買う。買い物中、新島家は万理華の姿であっても貴恵であることを隠さない。店員の前でも麻衣は「ママ」と呼び、貴恵は圭介を呼び捨てする。不思議な光景のはずだが、堂々としているためか誰もそれを気にしているようには見えない。というよりも、新島家の3人がもはや周囲の視線など気にしていないということなのだろう。

麻衣の恋人・蓮司(杉野遥亮)の前では、小学生の姿を利用して「実家にごあいさつごっこ」がしたいと言う貴恵。蓮司は「ごっこ」ではなく真剣に麻衣を幸せにすると約束し、貴恵はそれに応える。そのとき、蓮司にも貴恵の姿が見えていた、あるいは存在が感じられたようだった。

そして貴恵は、圭介に思いを寄せる守屋好美(森田望智)とともに歩む未来について考えてみて、と圭介に話す。圭介は貴恵だけを思って生きていきたいようだが、貴恵はそれよりも圭介が幸せに笑って暮らせる未来を願っていた。

「ママと何話してたの?」
「うん、ずーっと一緒だよ。ママはいつも父さんを心配して。励ましてくれて。最初に会ったときから……」

ここから急展開がはじまる。圭介は、貴恵が「自分のレストランを開きたい」と夢を語っていたことを思い出し、それを叶えるために飛び出した。食材や食器などの調達を頼むため、好美に電話をする。どこからか踏切の警報音が迫ってくる。その音に急かされるかのように、圭介は走り出す。その音は好美にも届いていた。

好美たちの協力を得て、新島家で貴恵が腕をふるうレストランが開かれた。そこには、好美や蓮司をはじめ、この先もきっと圭介や麻衣のそばにいてくれるであろう知人たちが集まっている。その光景を見て、貴恵は安心して笑うのだった。

人生を「たった1日」に置き換えて

麻衣は、貴恵が亡くなってからの自分と圭介を「ゾンビ」と表現していた。貴恵という太陽を失い、死んでいるように生きている暗い人生だった。彼らにとって、貴恵のいない人生は真夜中だった。

貴恵が最後に思い出したのは、10年前に家族3人で作物を育てていた農園のこと。10年間、荒れ放題になっていた農園。できることならいつか手を入れてほしいと、圭介と麻衣に頼む。しかし、圭介はこう言う。

「後回しはダメだ。いつかじゃなくて、いまやろう!」

農園に着き、最後の別れの時間を過ごしていると、もう夜は明けかかってきている。明るくなりつつある空を見て、貴恵は「わたしにはちゃんと見えるよ。これからのふたりの毎日が」と言う。その毎日は真夜中のように暗いものではなく、きっと明けていく空のように光に満ちたものだ。

ふたりが結婚するきっかけとなったハバネロ。その苗を植え、3人は別れの言葉を交わし合う。

「おやすみ」

貴恵は眠りについた。貴恵にきちんとお別れの挨拶ができたとき、圭介と麻衣、そして万理華の頬に朝の光が差す。

「おはよう、万理華ちゃん」

1日のはじまりの挨拶で、万理華たちの人生が再びはじまる。朝に自分の家に帰った万理華は、千嘉と「ただいま」「おかえり」と言葉を交わす。麻衣は日中に蓮司と待ち合わせをしている。そして、圭介は最初に万理華とすれ違った階段の上から夕焼けを眺める。

ひとの人生を1日にたとえたら、万理華は朝、麻衣は日中の活動的な時間、圭介は夕暮れを迎える頃を生きている。亡くなった貴恵はすでに眠る時間を迎えた。眠る時間は、いつ訪れるかわからない。夜まで起き切るひとも、貴恵のようにやり残したことがあっても途中で眠らざるを得ないひともいる。

「1日あれば何でもできる」と貴恵は言っていた。1日を駆け抜けた圭介のように必死で生きれば、夢を叶えられたり誰かを笑顔にできたりする。いまが夕暮れだとしても、圭介のように「生きよう」と思えればその未来は明るい。そして、「1日」も「人生」も困難で尊いものだ。

「おやすみまでを生きるひと」に変わった「残されたひとたち」

貴恵が亡くなって10年という設定や、蓮司の幼馴染みが海の事故から戻ってこないという話から、2011年に起きた東日本大震災を思い出さずにはいられなかった。震災に関連した場所やひとの喪失と再生を描いた作品は、たとえば2019年公開の映画『浅田家!』や『凪待ち』、2021年公開の『護られなかった者たちへ』などがある。大切なひとや物を失い「残されたひと」は何を頼りに生きていくのか、それぞれに答えのある作品である。

このドラマでは、生きはじめることは「おはよう」、死んでいくことは「おやすみ」だった。喫茶たいむのマスター(柳家喬太郎)が死者に対しても「ご縁があれば、またどこかで」と声をかける。誰もがいつかは「おやすみ」と目を閉じることを、マスターは知っている。圭介や麻衣、蓮司たちは「残されたひと」ではなく「おやすみ」までの時間を生きる途中のひとたちだと定義し直している。

災害や感染症、戦争などで日々人びとが亡くなるニュースは絶えない。このドラマを見るには、まだ心が傷つきすぎているひともいるはずだ。しかし、何年経ってから見ても、このドラマが表現した優しい死生観は廃れることはないだろう。人生にくじけそうなとき、喪失から立ち直れないときに改めて見ることで、途方に暮れる長い人生から「今日1日」にフォーカスし直し、生きてみようと思い直す。そんな励まされ方が想像できる、色褪せないドラマとなった。

動画配信サービスのParaviでは、過去の放送やスピンオフドラマ『ヤコ、ショウがクセになる。』が配信されている。

考察『妻、小学生になる。』「おじさん×小学生」の異常さを超える巧みなドラマ構造

『妻、小学生になる。』

TBS系 毎週金曜よる10時〜

出演:堤真一、石田ゆり子、蒔田彩珠、森田望智、毎田暖乃、柳家喬太郎、飯塚悟志(東京03)、馬場徹、田中俊介、水谷果穂、小椋梨央、當真あみ、水川かたまり(空気階段)、杉野遥亮、神木隆之介、吉田羊 他
脚本:大島里美
音楽:パスカルズ
主題歌:優河『灯火』
原作:村田椰融 「妻、小学生になる。」 (芳文社「週刊漫画 TIMES」連載中)
演出:坪井敏雄、山本剛義、大内舞子、加藤尚樹
プロデュース:中井芳彦、益田千愛

ライター・編集者。エキレビ!などでドラマ・写真集レビュー、インタビュー記事、エッセイなどを執筆。性とおじさんと手ごねパンに興味があります。宮城県生まれ。
東京生まれ。イラストレーター&デザイナー。 ユーモアと少しのスパイスを大事に、楽しいイラストを目指しています。こころと体の疲れはもっぱらサウナで癒します。
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