最終考察『逃亡医F』目の前の人を救う使命感と誰かを救いたいという欲求の卑しさ

恋人殺しの容疑をかけられた天才外科医・藤木(成田凌)が、警察や追っ手から逃げながら、行く先々で人々を助けて来た『逃亡医F』。死んだはずの恋人が生きていた! 恋人・妙子(桜庭ななみ)の奪還に成功した藤木だが、まだ警察に追われていて……。最終話を振り返ります。
考察『逃亡医F』8〜9話「そんなにちいさな世界くらい清く正しく保ちたいな」藤木の悔恨

周りを固める人々の成長

恋人・妙子(桜庭ななみ)を殺した容疑で追われ、逃げる天才外科医・藤木(成田凌)が、ゆく先々で人々を助けてきた『逃亡医F』。1話で藤木と出会った美香子(森七菜)は藤木を信じ、支え続けてきた。途中まで妹を殺された恨みを晴らすべく藤木を追っていた妙子の兄・拓郎(松岡昌宏)は彼と過ごす中でその無実を信じるようになった。そして多くの協力者を得た藤木は、実は生きていた妙子をバイオネオの佐々木(安田顕)のもとから奪還することに成功した。

妙子は藤木の手術の甲斐あり、意識を取り戻す。藤木の無実を証明するため、少しずつ真実を話していく。佐々木との共同研究を断った結果、佐々木側の追っ手(倉本剛)に自白剤を打たれて追い詰められ、逃げた結果屋上から転落したのだった。

これまで警察らしからぬ振る舞いで、拓郎に協力したり、裏切ったりの筋川(和田聰宏)は佐々木逮捕のために尽力。後輩に「あんなに手のかかる先輩が成長したんですね」と言われるまでになった。主人公ではなく、周りを固める人々の成長まで描かれるなんて! と思いきや、その直後に追い詰めたはずの佐々木を逃してしまうあたり、最後まで憎めない。

「誰かを救いたい」というエゴ

佐々木は部下の幹(堺小春)に、真実を知る留置所内の長谷川(桐山照史)を殺させたことで、これまで味方だった警察や政治家などから見放され、一転逃亡の旅を続けることとなる。最終回にして追う側と追われる側が逆転し、まさかの『逃亡医S』が生まれる展開に。

佐々木に逃亡先の展望台に呼び出された藤木と拓郎は、新薬・ガイストを人質に「自首するから有利な証言をしろ」と迫られる。大切な妙子か、これから助かるであろう何百万人かを選ばせようとする佐々木に、藤木は言う。

「誰かを救いたいという欲求は、私は決していいものだと思いません。他人の生き死にに、人生を左右する出来事に深く関わりたいというとても大それた、おこがましい、もっと言えば卑しい考えだとすら思うときがあります。その卑しさにおいて、俺もあなたも同じだ」

これまで幾多の命を救ってきた藤木が、それを「欲求」であり「卑しい」と言う衝撃。これはこのドラマの前提を根底から覆さんばかりの主張にも見える。けれど、人を救いたいという欲求を最大に肥大化させた佐々木という存在を思うと、その卑しさに気づいている人間にこそ、人を救う資格があるのかもしれない、とさえ思えてくる。

藤木は展望台から飛び降りた佐々木を「救いたい」という欲求に従って救う。これまでも追っ手が迫る中で手術を行ってきた藤木だが、今回に至ってはドアの外で警察が待機している状況。その中で難手術を成功させ、佐々木に向かって「さて、お互い出頭しましょうか」と声をかける。

最後の手術中、藤木が聴いていたのは、西城秀樹の「若き獅子たち」。「太陽が見ている」と真実を探し続けてきた彼が「太陽に向かい歩いている」歌を聴きながら、佐々木の命をつなごうとしていたのだ。

「忘れてほしい」という願い

拓郎と警察をやめた筋川は、災害ボランティアとして海外に行くことに。旅立ちの日、美香子に「ハグしていいか?」と言う拓郎。そして最後に写真を撮る面々。拓郎と藤木は、ともに妙子に贈ったはずが交換した状態でずっとつけていた時計を再び交換している。拓郎と筋川、拓郎と美香子、そして拓郎と藤木、それぞれに絆が見えたのはうれしい終わり方だった。

新薬を使った藤木と妙子には、「楽しい記憶だけが思い出せなくなる」という副作用が現れていた。けれど二人は深刻そうではない。藤木にとっては、このまま記憶の中にだけ留まり、存在を失ったままのはずの妙子がそばにいるのだから、記憶のほうが消えていったとしても構わないという気持ちなのかもしれない。藤木の疑いが晴れ、妙子とも再び暮らせるようになり、美香子が藤木と離れて元の生活に戻る。その中で藤木のあの逃亡の日々をともに戦った美香子が一瞬でも願うのが「私のこと全部忘れてくれたなら、どんなに幸せだろう」なのは、最後にあまりにも切ない展開だった。けれども、そんな美香子にも新しい日々が待っているのだ。

極限状態の緊急手術や夢のような新薬、そして佐々木の極端なキャラクターと、突飛な部分も多かった『逃亡医F』。けれど、設定が現実からどれだけ飛躍していようと、そこに描かれているのは愛する人への思い、目の前の人を救う使命感(と、そのことに対する引け目!)、そしてともに過ごす相手への信頼だった。始まった頃は、主人公の孤独と極限状態での天才的な手術の緊迫感が主軸かと思っていた。けれど、終わってみれば主人公と、その周りにいる仲間たちへの愛着が1話ごとに増すドラマだった。

考察『逃亡医F』8〜9話「そんなにちいさな世界くらい清く正しく保ちたいな」藤木の悔恨

『逃亡医F』

■日本テレビ系 毎週土曜夜10時〜

出演:成田凌、森七菜、桐山照史、前田敦子、安田顕、松岡昌宏 他
脚本:福原充則
音楽:今堀恒雄
原作:伊月慶悟、佐藤マコト(作画)『逃亡医F』(Jコミックテラス)
主題歌:奥田民生「太陽が見ている」
演出:佐藤東弥、大谷太郎 他
チーフプロデューサー:三上絵里子
統轄プロデューサー:荻野哲弘
プロデューサー:藤村直人、本多繁勝



ライター。名古屋出身。演劇、お笑いなどを中心にインタビューやレビューを執筆。
イラスト、イラストレビュー、ときどき粘土をつくる人。京都府出身。
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