岸井ゆきの×高橋一生『恋せぬふたり』が提示したアロマ・アセクに限らない幸福論

岸井ゆきのと高橋一生のダブル主演ドラマ『恋せぬふたり』は恋愛もセックスもしたくない男女の物語。前途多難に見えた咲子(岸井)と羽(高橋)の共同生活は、ある選択をきっかけに普遍的な幸せに向かって開かれていきます。
岸井ゆきの×高橋一生『恋せぬふたり』で考える。性的指向の「アウティング」はなぜいけないのか

よるドラ『恋せぬふたり』(NHK総合)の最終話が3月21日(月)に放送された。他者に恋愛的に惹かれない「アロマンティック」、他者に性的に惹かれない「アセクシュアル」というセクシュアリティを持った主人公・兒玉咲子(こだま・さくこ/岸井ゆきの)。咲子は、自分のセクシュアリティに気がつくきっかけとなった高橋羽(たかはし・さとる/高橋一生)と「家族(仮)」(カゾクカッコカリ)として一緒に暮らしている。

他人同士が家族になるには「恋愛」や「結婚」を経ることが一般的なこの日本で、性的・恋愛的に惹かれ合わない男女である咲子と羽は「家族」になれるのか。そんな実験をしていたふたりの前に、第7話で羽の元恋人である猪塚遥(いのつか・はるか/菊池亜希子)が登場する。遥は羽に、いまの家を離れ、夢だった農業をやらないかと提案をする。

「ぼくはこの暮らしが良いんです」

羽は野菜に囲まれて暮らす夢を諦め、咲子と「家族」であり続けようとする。しかし、咲子は羽に夢を諦めてほしくないと思う。これまでドラマなどで取り上げられる機会の少なかったアロマンティック・アセクシュアル(アロマ・アセク)という性的マイノリティの姿を描き、それを通して家族とは何なのかを問い直す最終話となった。

家族とは「帰る場所」、幸せとは「我慢しないこと」

2月21日に放送された第5話、咲子と羽、そして咲子の元恋人であるカズ(濱正悟)は小田原へ小旅行に出かけた。そのとき、羽はカズに「あなたは、恋愛感情を抜きにして家族になるっていうことは、どういうことだと思いますか」と問いかける。

「たぶん、“相手の帰る場所になる”的な感じじゃないすかね」

カズはしばらく考えた末に、正直な考えを羽に伝えた。カズの言葉を咲子に伝えるとき、羽は「良い答えだと思いました。咲子さんの思うような“家族”に近いんじゃないですかね」と肯定している。

ただ、この「相手の帰る場所になる」という言葉を、この時点で羽は「ともに暮らし続けること」と解釈したのかもしれない。そのため、「家を離れて農業をやらないか」という話を受けて、羽は咲子と暮らし続けることを選ぼうとする。咲子と離れて暮らすのは「家族(仮)」の関係の終わりだと考え、さみしく感じていた。

同じ第5話には、咲子とカズの「恋愛関係(仮)」の解散の話も出てくる。カズは、咲子と一緒にいるためならば恋愛的な接触は望まないと提案していた。一般的に恋人同士がするような、キスや性的接触、結婚、咲子が自分を恋愛的に好きになることなどは我慢する。咲子を理解する努力をし、嫌がることはしない。だから恋愛抜きで家族にならないか、と提案していた。

羽はその提案を「悪い話じゃない」と言う。しかし、咲子は結局カズの申し出を断る。アロマ・アセクを自認する以前にカズと交際していた咲子は、自分が何者なのかわからなかったせいでカズを傷つけ、我慢を強いていたことを申し訳なく思っていた。彼が大切に思い、幸せを感じる要素である恋愛的接触を我慢させることは、互いにとって幸せではない。

「心から幸せになってほしいから、だから、わたしたち、解散しよう」

家族は恋愛的繋がりのみで形成されるわけではないこと。そして、家族になるために誰かが我慢をし続けるのは幸福ではないこと。その価値観が、第5話の時点で示されていた。

恋愛的な愛情に支配されない軽やかな選択

第5話で提示された価値観は、最終話での咲子と羽の選択にも効いてくる。夢を諦め咲子と「家族(仮)」で居続けようとする羽に、咲子は納得がいかない。祖母を亡くした経験や、心が通じ合っていた遥と別れた経験から、羽は「もう戻りたくないです、ひとりには」と孤独に怯える。

第6話で、庭に出していた南天の鉢を保護するかのようにタオルにくるんで、羽が家のなかに入れるシーンがあった。南天の花言葉は「良い家族」。羽は、気に入っている咲子との暮らしを家のなかに大切にしまっておきたかったのだ。そんな羽に咲子は言う。

「わたしは高橋さんの家で、高橋さんはお野菜王国で暮らせばいいんですよ!」

咲子が羽の祖母の家を守り、羽は夢を叶える。離れて暮らしていても、羽は好きなときに咲子のいる家に帰ることができる。咲子は気に入っている羽の家で暮らし続けることができる。「諦めるんじゃなくて両方取り」と咲子は笑う。どちらか一方が我慢することなく、お互いの「帰る場所」は守られる。

庭の南天の鉢を見つめる羽は「夢」と「家族(=咲子との暮らし)」のどちらを諦めるか悩んでいた。

田嶋陽子『愛という名の支配』(新潮文庫)の「第五章 抑圧のファミリー・チェーンをどう断ち切るか」に、このような文章がある。

〈お互いにわがままをしたり、甘えあったり、侵しあったりすることさえも恋人同士のあいだでは許されているし、それが愛だし、だからこそ恋人なのですが、でも、それが一方的になって、一方だけがいつも我慢しなければならない状況になったら、なぜいっしょにいなければならないのかわからなくなります。〉

これは同じ家に住んでいる恋人、つまり家族としての恋人について書かれた章である。我慢しているならば一緒にいる意味がない。咲子の価値観と同じだ。恋愛的な愛情にとらわれて支配されると、なかなか相手から離れることができない。その鎖にとらわれていないアロマ・アセクの咲子だからこそ「両方取り」を軽やかに選択できる。

新しい世界への咲子のひと漕ぎ

「わたしたちは別々に暮らしていたってひとりじゃない。家族じゃなくなったりしません」

離れて暮らしていても、お互いに帰る場所でいられればそれは「家族」である。改めて考えると、それはアロマ・アセクのふたりに限らない価値観だ。たとえば、東京に住んでいるわたしは、ルームシェア相手のことを家族だと思っており、また、地元に暮らす親や兄弟のことも変わらず家族だと思っている。

一方で、暴力や過干渉などで我慢する生活を強いてきた者については、どんなに一緒に暮らしていたとしても家族だとは思いたくない。だが、一緒に住んでいるからとか血縁だからという理由で、諦めの気持ちを持って「家族」と呼ばざるを得ないケースも多い。

アロマ・アセクではなくても、似た悩みを持つひとはいるのではないか。咲子は我慢をして一緒に暮らしていた家族のもとを離れ(物語後半ではその家族にも本音を言えるようになる)、そして我慢することなく幸せを追求できる相手・羽と新しい家族になった。家族を構成しているのは、それぞれ個性を持ち自立したひとりひとりの個人であることに、アロマ・アセクのふたりを通して改めて思い至ることができた。

「でも、絶対忘れちゃいけない。
わたしの人生に何か言っていいのは、わたしだけ。
わたしの幸せを決めるのは、わたしだけ」

恋愛的価値観に馴染めず世界が青白く暗く見えていた咲子は、ラストシーンでは意気揚々と自転車を漕ぎ、笑顔であたたかい光の差すほうへ向かっていく。向かう先は羽の家という「帰る場所」だ。

アロマ・アセクであることで、幸せを諦めて生きてきた咲子と羽。『恋せぬふたり』は、ふたりが生きていくこの世界のつらさと優しさ、そして「アロマ・アセク」とカテゴライズされても、ふたりはそれぞれ別個の価値観を持つ個人であることを描いてきた。生きづらさを抱えた彼らが選んだ家族のかたち、幸せの掴み方は、性的マイノリティに限らず普遍的な幸福論でもあったのではないか。

多様な価値観に戸惑ったり、自分のアイデンティティに迷ったりしたとき、咲子の晴れ晴れとした顔を思い出すだろう。孤独感に悩んでいた咲子が選んだ生き方は、「(仮)」ばかりで地に足がついているようには見えない。しかし、多少フラフラとして見えたとしても、ひと漕ぎひと漕ぎ自転車を前に進ませるように、自分を見つめ、相手と話し合って、着実にあたたかい場所に向かっていく。咲子の姿に、ひとりひとりが幸福を追求できる世界への希望を見た。

岸井ゆきの×高橋一生『恋せぬふたり』で考える。性的指向の「アウティング」はなぜいけないのか

よるドラ『恋せぬふたり』

■NHK総合 毎週月曜夜10時45分~
出演:岸井ゆきの、高橋一生、濱正悟、小島藤子、菊池亜希子、北香耶、アベラヒデノブ、西田尚美、小市慢太郎 ほか
作:吉田恵里香
音楽:阿部海太郎
主題歌:CHAI「まるごと」
アロマンティック・アセクシュアル考証:中村健、三宅大二郎、今徳はる香
制作統括:尾崎裕和
プロデューサー:大橋守、上田明子
演出:野口雄大、押田友太、土井祥

ライター・編集者。エキレビ!などでドラマ・写真集レビュー、インタビュー記事、エッセイなどを執筆。性とおじさんと手ごねパンに興味があります。宮城県生まれ。
フリーイラストレーター。ドラマ・バラエティなどテレビ番組のイラストレビューの他、和文化に関する記事制作・編集も行う。趣味はお笑いライブに行くこと(年間100本ほど)。金沢市出身、東京在住。
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