岸井ゆきの×高橋一生『恋せぬふたり』で考える。性的指向の「アウティング」はなぜいけないのか
恋愛至上主義だから気づけることがある?
『恋せぬふたり』第4話が1月31日に放送された。主人公の兒玉咲子(岸井ゆきの)と高橋羽(たかはし・さとる/高橋一生)は、他者に恋愛的な魅力を感じない「アロマンティック」、性的魅力を感じない「アセクシュアル」というセクシュアリティを自認している。さみしがりなふたりは、恋愛や性的な関係を持たなくても「幸せな家族」をつくる試みとして同居をスタートさせた。
第3話では、咲子と羽が恋愛関係にあるのではないかと疑っている、咲子の元彼・松岡一(カズ/濱正悟)が登場。男女が仲良くしていれば「付き合っている」ように見えてしまうカズは、ふたりの同居や関係にどうしても納得できない。真実を確かめたくて羽の家まで押しかけた彼の不注意によって、羽が階段から落ち、腕と腰に怪我を負った。
「おれ、ここ住むわ」
第4話、羽の怪我に責任を感じたカズは、羽と咲子が暮らす家に住み込み介助をすると言い出す。他人との接触に不快感を抱く羽は嫌がるが、咲子だけではサポートが難しい場合があるとわかり、渋々受け入れる。アロマンティック・アセクシュアル(アロマ・アセク)のふたりと、恋愛至上主義者のカズ。3人の同居生活がはじまった。
「カップルみエグいって!」
カズは、男女を見れば「付き合っている」「お互い好き合っている」ように見えてしまう。咲子と羽が互いに思いやりを持って暮らしているだけで、カップルだと決めつける。さらに、女性である咲子に料理や洗濯など家事をするように押しつけ、「妻み(妻っぽさ)」や「良い奥さん感」を感じると言い、無邪気にジェンダー的役割を強要していく。
「わたし、身近なひとなら誰の役に立ててもうれしいけど」
咲子は、特別に大好きだから羽を思いやっているわけではない。たとえ職場のスーパーを訪れるお客さんであっても、自分のしたことで喜んでもらえたならうれしい。そんな性格だ。その分け隔てない優しさは、かつて咲子と交際していたカズにとってはさみしいことだっただろう。
カズは、好きなひと、特に恋人であれば「独占したい」という気持ちが湧くと考えている。実際、世の中の多くのひとが、同じように無意識にそう感じているのではないだろうか。
羽に好意を持つ職場の女性がお見舞いに来て、咲子に「かわいらしい」などと嫌味を言って帰っていった。誰かを独占したいと思わない咲子と羽はその嫌味に気づかないが、恋愛に敏感なカズは感じ取る。大人同士なのに不躾に「かわいらしい」と言うことや、咲子の家事能力の低さへの指摘を含んだ物言いが、嫌味でマウンティングだとカズは気づく。そして、咲子のために怒りを覚えてくれる。
わからないならいいじゃないか、とも考えられる。しかし、馬鹿にされ尊厳を傷つけられたことに後から気づき、咲子が傷つく可能性もある。そんなとき、「自分のために怒ってくれるひとがいた」という経験は小さな支えになる。無邪気で無遠慮ではあるが、知識がないだけで悪い奴ではない。
「居心地の悪いもの」から「当たり前」への変化を願う
高橋家のなかにおいてはアロマ・アセクがふたり、ヘテロセクシュアル・ヘテロロマンティック(ストレート)がひとりで、カズのほうが少数派。悪意のない言動をふたりに指摘されていき、カズは「えっ、おれがおかしいのか?」と自分の無理解を知る。
男女が一緒にいたら、恋愛的に気になる瞬間があるはずだ。優しくし合うのは、互いに好き合っているからだ。わたしもそんな風に他人を見てしまう瞬間がある。恋愛ドラマを見ていて「このひとは絶対主人公のことが好きだ!」と確信するときにドキドキと高揚する感覚は、たのしみですらある。
『恋せぬふたり』では、咲子が恋愛について何か言われたり考えたりすると、耳鳴りがして画面が青っぽく褪せた印象になる。世界が鮮やかに輝いて見える恋愛を描くドラマとはまったく違う演出だ。
深刻さは比べられないが、女性のわたしが「女性アイドルのファンだ」と言ったとき、15~20年ほど前は必ずと言っていいほど「レズビアンなの?」と返された。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。若い自分にはまだわからなかった。どのように答えてもレズビアン自認のひとに失礼な気がして何も言えないことがあった。
アロマ・アセクに関するカズの質問や断言に咲子が困り黙っているとき、あの居心地の悪さを思い出す。女性が女性アイドルのファンであることは、いまの時代においては「当たり前のこと」という認識が広まった。カズのなかでも、アロマ・アセクについての感覚的理解が広がっていく。カズのような素直さでさまざまなセクシュアリティが知られていけばいいのに、と願う。
「アウティング」になぜ気をつけるべきなのか
冒頭、咲子がカズに羽との関係について説明したとき、「アウティングには気をつけましょう」と羽に注意される場面がある。咲子は、羽の許可を取らずに自分たちがアロマ・アセクを自認していると話してしまったのだ。咲子が謝ってさらりと終わってしまったやり取り。しかし、性的マイノリティを扱う作品において、「アウティング」は作中に必ず登場させたい大切なワードであったはずだ。
アウティングについては、松岡宗嗣・著『あいつゲイだって アウティングはなぜ問題なのか?』(柏書房)が詳しく、わかりやすい。本書のなかでは、アウティングとは「本人の性のあり方を同意なく第三者に暴露すること」と定義されている。
なぜアウティングをしてはいけないのか。それは、本人が恥ずかしいからとか秘密だからとか、そういった個人の問題に留まらない。著者はこの問いに対して「この社会に性的マイノリティに対する差別や偏見が根強く残っており、「いないこと」にされている当事者の性のあり方が暴露されることで、不利益につながる可能性があるから」と記している。不利益とは、ちょっとした生活の不自由さというレベルではない。ときには、居場所や命すら奪ってしまうのがアウティングなのだと、著者は実際の事件や体験を踏まえて訴える。
咲子は長年の自分の悩みが解消されつつあるために、アロマ・アセクである自分をポジティブに捉えているところがある。そのため、カズや家族に対して自分や羽のセクシュアリティをつい開示してしまう。反対に、羽はカミングアウトする場や相手を慎重に選んできた。負い目や社会への不信感があるからだろう。今後、咲子やカズが“つい”とか“良かれと思って”で誰かにアウティングをしてしまう展開が不安だ。
羽の家のなか、大好きなサニーサイドアップ(ドラマ『だから私は推しました』(2019年/NHK)に登場したアイドルグループ)の曲に合わせて踊る咲子とカズ。それを唖然としながらも少し笑って見守る羽。知り合いのようで、友だちのようで、家族のような、グラデーションのなかにいる3人がいとおしいシーンだった。
彼らを守ってくれる家を出たとき、咲子や羽はどのようにして外の世界にアプローチしていくのか。第5話は2月21日(月)放送予定だ。
■NHK総合 毎週月曜夜10時45分~(再放送・金曜深夜0時50分〜)
出演:岸井ゆきの、高橋一生、濱正悟、小島藤子、菊池亜希子、北香耶、アベラヒデノブ、西田尚美、小市慢太郎 ほか
作:吉田恵里香
音楽:阿部海太郎
主題歌:CHAI「まるごと」
アロマンティック・アセクシュアル考証:中村健、三宅大二郎、今徳はる香
制作統括:尾崎裕和
プロデューサー:大橋守、上田明子
演出:野口雄大、押田友太、土井祥
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