『逃亡医F』1話に名作の予感。『あな番』脚本家の真骨頂、絶妙な無駄とユーモアを考察
原作をダイナミックにアレンジ
原作つきのドラマには2つのパターンがある。原作になるべく忠実につくられるものと、ダイナミックに脚色されたもの。『逃亡医F』はあきらかに後者だ。
恋人であった同僚医師・八神妙子(桜庭ななみ)殺害の容疑をかけられ、逃亡している藤木圭介(成田凌)。妙子の兄・拓郎(松岡昌宏)は妹の復讐のため藤木を追う。1話では、藤木は身分を偽りアルバイトとして海洋観測船に潜入。漁師の父に憧れて海洋観測士として働き始めた沢井美香子(森七菜)と出会う。その美香子が作業中、大きな怪我を負ってしまう。
「無実の罪を着せられ、逃亡を続ける医者が、行く先々で苦しむ人々を救う」という核は原作のまま、物語のテイストも登場人物もその関係性も大胆にアレンジしたこのドラマは、第1話ですでに名作の予感がする。
思い出の父のアイアンクロー
脚本を務めるのは福原充則。異例の2クールにわたったドラマ『あなたの番です』(日本テレビ系)がヒットした大きな要因のひとつは、福原の描くキャラクターにあった。登場人物が全員それぞれにクセのある、愛すべき人々だったからこそ、視聴者はあれだけの大人数が絡み合う物語をストレスなく受け入れることができたのだろう。
今回の『逃亡医F』でも、福原の筆が冴え渡る。
偽名で乗船する藤木が「今日からアルバイトで入ります、鳴海健介、かに座です」と一気に言うセリフの「かに座」。
指名手配のチラシを見かけて藤木を疑う美香子の「“次の方どうぞ”って言ってもらえます?」から一連の、雑すぎるかまのかけ方。
開始1分そこそこ、拓郎が初めて妹の位牌と対面するシーンで京子(前田敦子)に「誰?」と発したのにも面食らった。ふつうならば京子が最初から挨拶するか、一度会っているという設定なのだから互いに覚えていてもおかしくない。いずれにしてもこんなシーンで「誰?」のセリフを挟み込むドラマはただものではないぞと思わされる。
この脚本を成り立たせる俳優たちも見事だ。
冷えたペットボトルをズボンに突っ込まれたときの情けない叫び声、「捕まったらごめんね」と言いながら冷静に手術する姿。成田はシリアスとユーモアの同居する藤木を見事に演じている。復讐のためにはどんなことでもする妹思いの部分と、それが横暴さとして出るドラマオリジナルの拓郎というキャラは松岡によくハマっている。森七菜演じる美香子のまっすぐさ、軽やかさがまぶしい。1話ラストで登場した佐々木を演じた安田顕は、一瞬の登場にも関わらず相当なインパクトだ。
ほかにも妙子、藤木、拓郎の思い出の時計の絵や、拓郎が刑事の弱みを握るために1万円札に描いた猫ちゃんのタッチもいちいちいい。おまけに、大怪我を負った美香子が藤木を信用する根拠を語るシリアスなシーンで「あなたの手は父の手に似てる」というセリフに重なる回想の、父の手がアイアンクロー!
南沙織の歌声響き渡る手術シーン
ストーリーの大筋としてはとてもシリアスなのに、登場人物の発するセリフ、とる行動の随所に絶妙な無駄とユーモアがちりばめられている。サスペンスや逃亡劇といったら、真犯人はいったい誰なのか、逃げている側の正体が周囲にいつバレるか、追っ手からどう逃れるかといった緊張感とスリルが強調される。けれど、このドラマはそれに加えて、物語を進めるのに一見必要なさそうなキャラクターたちの言動がそれぞれの魅力を増幅させ、見る者を惹き込む。
1話でもっとも衝撃的だったのは、オペシーン。腕を切断しなければならないほど、ひどい怪我を負ってしまった美香子。藤木は美香子に「逃げて」と言われるが、彼女を助けるため船上での手術を決意する。拡大鏡の代わりに氷を使い、難手術に挑む藤木。そこで彼が取り出すのは「南沙織 THE ベスト1」と書かれたカセットテープ!
「僕基本的には天才なんだけどオペの時間配分だけややアレなんで、その都度オペのテンポと展開にあわせて曲を聞いて、誘導してもらってるんです」
一刻も早くオペが必要な美香子の容態、船上の限られた設備、警察が藤木に迫りくる状況。もっとも緊迫感あるシーンで響きわたる昭和歌謡。このミスマッチの面白さよ!先々、手術シーンで藤木がどんな曲を選ぶのか、もうすっかり楽しみになってしまった。
「ふるさとをもたない恋人のふるさとになりたい」という内容を歌った『早春の港』と「嵐でも彼となら楽しい」と歌う『純潔』はもしかして、最愛の人を失い、誰からも疑われて逃げる、寄る辺ない藤木の状況を暗示していたりもするのだろうか。
■日本テレビ系 毎週土曜夜10時〜
出演:成田凌、森七菜、桐山照史、前田敦子、安田顕、松岡昌宏 他
脚本:福原充則
音楽:今堀恒雄
原作:伊月慶悟、佐藤マコト(作画)『逃亡医F』(Jコミックテラス)
主題歌:奥田民生「太陽が見ている」
演出:佐藤東弥、大谷太郎 他
チーフプロデューサー:三上絵里子
統轄プロデューサー:荻野哲弘
プロデューサー:藤村直人、本多繁勝
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