考察『妻、小学生になる。』「おじさん×小学生」の異常さを超える巧みなドラマ構造
おじさん×小学生の異常な関係に乗ったファンタジー
10年前に愛する妻・新島貴恵(にいじま・たかえ/石田ゆり子)を亡くし、抜け殻のようになっていた新島圭介(けいすけ/堤真一)と、20歳になる娘・麻衣(まい/蒔田彩珠)。生きる意味を見失っていた父と娘の前に、小学4年生の白石万理華(しらいし・まりか/毎田暖乃)が現れる。万理華は、自分は貴恵の記憶を持っており、生まれ変わってふたりのもとに帰ってきたのだという。
万理華の主張を、最初は悪い冗談だと思っていた圭介と麻衣。しかし、徐々に万理華が貴恵の生まれ変わりであると信じられるようになり、再び家族としての交流がはじまる。
「きみが18歳になったら結婚しよう! もう一度、家族になろう!」
50代の圭介は小学4年生の万理華にプロポーズした。キモい。キモいけど、でもなんだか可愛くて、笑っちゃうのだ。
圭介と万理華(=貴恵)の関係を、登場人物たちは“ちゃんと気持ち悪がる”。貴恵の弟である古賀友利(こが・ゆうり/神木隆之介)は、圭介と麻衣がおかしくなってしまったのではないかと言い、他人の万理華が新島家に取り入ろうとしていると決めつける。圭介の職場の上司・守屋好美(もりや・このみ/森田望智)とその友人・菊池詩織(きくち・しおり/水谷果穂)は、圭介と万理華の関係を怪しむ。万理華の通う小学校の児童たちは、万理華に近づく圭介を見て防犯ブザーを鳴らす。
はたから見たら「圭介と万理華の関係は異常」だと、これでもかと示してくる。ドラマのなかでは、この関係を社会的に肯定しない。そうした前提のうえで、圭介や麻衣たちは万理華が「貴恵の生まれ変わり」であることを信じていく。
現実に近い社会の描写を下地とし、そこに生まれ変わりというファンタジーの要素を乗せている。社会的要素では登場人物たちと同じように圭介を不審がることができるし、ファンタジーの部分では圭介と万理華たちのやり取りが微笑ましくて笑える。その構造によって、圭介と万理華の関係がドラマの芯として生きてくる。
毎田暖乃の演技が凄まじい
俳優陣の演技も見事だ。堤真一、石田ゆり子らはもちろん、若手の俳優たちの演技がそれぞれに光っている。『万引き家族』(2018年)などの是枝裕和監督作品や、犬童一心監督作品などに出演している実力派俳優の蒔田彩珠。片山慎三監督『さがす』(2022年)で自殺を望む複雑な性格の女性を迫力いっぱいに演じた森田望智。蒔田も森田も凄みのある演技ができる俳優なだけに、無気力だった麻衣や自信なさげな守屋という控えめな女性を演じても小さな言動のひとつひとつに奥行きを感じる。
そして、万理華を演じる毎田暖乃の演技が凄まじい。石田ゆり子が演じる「貴恵」をよく観察して、こどもの万理華とはっきりと演じ分ける。大人のふてぶてしさとこどものあどけなさをどちらも表現し切っている。
また、芸人のワンポイント登場も、現実世界とドラマ内の社会を繋ぐ仕掛けではないかと思う。第1話に登場した岡野陽一と酒井貴士(ザ・マミィ)や、第2話の吉田大吾(POISON GIRL BAND)、第7話の酒井健太(アルコ&ピース)。彼らに役名はない。一瞬しか映らずセリフも少なかったり皆無だったりする。だが、「あ!」と気づけばその実名が浮かぶ。そのときに、見る側がいる世界とドラマの世界が繋がる感覚が不思議で面白いのだ。
サブストーリーは母親たちの再生
ドラマは、万理華の登場によって圭介と麻衣の人生が明るく幸せなものになっていく過程を描いている。その一方で、母たちの人生にも光を当てている。
麻衣の母親である貴恵は、母親として十分に麻衣に関われなかったことを悔やんでいた。万理華の姿ではあるが、麻衣の誕生日を祝ったり恋や就職活動を応援したりするとき、とても生き生きと楽しそうである。
そして、第2話で登場するのは万理華の母・千嘉(ちか/吉田羊)だ。夫と離婚してから万理華にきつく当たるようになった。万理華がいなければ元夫と結婚しなかったと言い、かつて、万理華に「もう消えてくんないかな」と吐き捨ててしまったこともある。元夫の裏切りによって娘まで信じられなくなり、孤独感を抱く女性だ。また、彼女自身にも母親に愛されなかった過去がある。
さらに第7話では、貴恵と友利の母・礼子(れいこ/由紀さおり)が登場した。結婚と離婚を繰り返してきた礼子は、以前は精神的に不安定なところがあった。そんな礼子を支えていたのが貴恵だった。友利は「姉ちゃんが、母ちゃんの母ちゃんみたいだった」と言う。認知症になり自分のこどもたちの記憶もあやふやになってしまった礼子だったが、万理華には「来てくれてありがとう」と伝えた。
貴恵は、千嘉と礼子は似ていると感じている。だから、千嘉にも「わたしだけはお母さんの味方だから」と万理華の姿で言った。礼子に尽くしたが報われなかった貴恵。愛するひとを信じられなくなった千嘉。夫たちとの別れや貴恵の死など喪失の多い人生を歩んだ礼子。ある点では愛に恵まれなかった母親たちが、貴恵になった万理華の登場によってひととき交わり、理解し合う。そんな母親たちの交差も改めて見返したいところだ。
生まれ変わりではなく「入れ替わり」だった
さて、ここまでドラマでの圭介らの発言に沿って万理華を貴恵の「生まれ変わり」としてきた。しかし、第5話での「謎の男」(空気階段・水川かたまり)の登場により、生まれ変わりではなく「入れ替わり」が起こっていたと徐々にわかってくる。
謎の男には前髪を指にくるくると巻きつけていじる癖がある。彼はすれ違うひとや自転車をすり抜けていく。おそらく亡くなったか、あるいはそれに近い状態の人だと考えられる。そして、彼と同じように髪をいじりながら小説を書いていたのが、中学生の出雲凛音(いずも・りおん/當真あみ)だ。
生まれ変わりをテーマに凛音が書いた小説はベストセラーになり、「中学生とは思えぬ死生観」と賞賛される。ところが、小説を書き終えた凛音は突然意識を失い、その直前までの記憶をなくしてしまう。その様子を、謎の男が見つめていた。
また、圭介たちがよく行く寺カフェ「喫茶タイム」では、僧侶でもあるマスター(柳家喬太郎)が店内でパジャマを着た万理華を見かける。万理華はテーブルや壁をすり抜けながらカフェのなかを歩いていく。
貴恵や謎の男は、別の人間として生まれ変わったのではない。貴恵が入っている万理華や、謎の男が入っていた凛音の意識は別のところに残っており、「生まれ変わり」ではなく「入れ替わり」が起きているのだろう。
細かいところではあるが、第1話の時点でも「入れ替わり」が示唆されていた。寺カフェのなかで一瞬、RADWIMPSの『前前前世』が流れるのだ。この曲は、高校生の男女・瀧と三葉の入れ替わりをカギとした映画『君の名は。』(2016年公開)の主題歌である。瀧と三葉が須賀神社の階段ですれ違うキービジュアルを知るひとは多いと思う。第1話での圭介と万理華(=貴恵)も、場所は違うが似た階段で顔を合わせていた。
第7話のラストでは、大みそかの夜に万理華が倒れ、目が覚めると圭介に「おじさん、誰?」と問う。貴恵の記憶が消え、万理華の人格が戻ってきたのだ。
「最後まで読んでくれればわかります。再び出会ったひとたちがどんな結末を迎えるのか」
謎の男は、凛音の姿で友利にそう言っていた。彼が書ききった小説の結末は、圭介と貴恵、麻衣たちのどんな結末を示しているのか。3月11日(金)放送の第8話では、謎の男と凛音が再び登場し圭介たちと出会う。
動画配信サービスのParaviでは、過去の放送分やスピンオフドラマ『ヤコ、ショウがクセになる。』が配信されている。
TBS系 毎週金曜よる10時〜
出演:堤真一、石田ゆり子、蒔田彩珠、森田望智、毎田暖乃、柳家喬太郎、飯塚悟志(東京03)、馬場徹、田中俊介、水谷果穂、小椋梨央、當真あみ、水川かたまり(空気階段)、杉野遥亮、神木隆之介、吉田羊 他
脚本:大島里美
音楽:パスカルズ
主題歌:優河『灯火』
原作:村田椰融 「妻、小学生になる。」 (芳文社「週刊漫画 TIMES」連載中)
演出:坪井敏雄、山本剛義、大内舞子、加藤尚樹
プロデュース:中井芳彦、益田千愛
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