振付師・竹中夏海さん「アイドルもひとりの人間。健康という観点でアイドルを知ることが大切」

HKT48や私立恵比寿中学などさまざまなアイドルグループに振り付けを提供し、長年アイドルたちと接してきた、振付師の竹中夏海さん。竹中さんの近著『アイドル保健体育』(CDジャーナル)は、女性の生理や避妊、性教育の重要性や具体的解決策をアイドルという切り口で解説する「新しい保健の教科書」と言えます。竹中さんがこの本に込めた思いとは。

日本アイドル界の未来は暗いと思った

――『アイドル保健体育』は女性アイドルの健康課題にスポットを当てています。なぜ、この本を出版しようと思ったのですか?

竹中夏海さん(以下、竹中): もともとは振付師の視点から、アイドルのダンス史50年分を振り返る書籍を作らないかと編集者に声をかけていただいていました。ところが、過去を振り返り、今後について考えれば考えるほど、はっきり言ってしまうと「日本の女性アイドル界の未来が暗かった」のです。
それは、いちアイドルファンとして見ていてもそうでしたし、仕事現場で彼女たちと接する中でも感じていることでした。

成長期の女の子たちが自分の身体と向き合うこともままならず身体を酷使している現状や、「アイドルは恋愛禁止」という漠然とした認識が常識になっていること、摂食障害について、行き届かない性教育によって心や身体が蝕まれてしまう子も少なからずいます。そこから目を背けて「今後のアイドル業界」を語ることは難しいと感じ、行き詰まってしまいました。

私自身、「アイドルは恋愛禁止」のルールにはずっとモヤモヤしていて、その言葉のどこにモヤモヤしているのだろうと考えたときに「恋愛のどの部分をダメと言っているのかをきちんと説明していないこと」だなと思ったんです。

――「恋愛禁止」の意図するところ、ですか。

竹中: アイドルが恋愛をしてもよいのか、よくないのか、それについて答えを出すことよりも、恋愛に付随する「性の問題」についてきちんと教育を受けないまま、突然社会人として大人の世界に放り込まれてしまう子たちに、正しい知識を身につけてもらうことの方が大事なのではないかと。

――たしかに書籍では、性教育の研究者との「若者の性と恋愛」についての対談や、婦人科系の医師によるピルなどの具体的な処方について、また女性が抱える健康問題を科学で解決するアイテムやサービスを指す「フェムテック」の紹介まで、かなり専門的に掘り下げていますよね。

竹中: 健康という観点からアイドルを知ることが今、アイドル自身やアイドルを支えるスタッフ、そしてファンにとって必要だと思っています。

女性も男性も、双方の身体を知ることが大切ですが、日本の性教育の遅れが指摘されていたり、それ以前にどうしてもそういった「お勉強」は、どこか他人事に思えて頭に入ってきづらいんですよね。でも、具体的な相手を思い浮かべて学ぶとまた違う印象になるはず。

女性アイドルの男性ファンの方たちだって、「推しが健康でいてほしい」と当たり前のように願っていると思うのです。その願いへの具体的な解決策をこの本の中で伝えていければと考えました。

――内容はそうした専門性の高いものでありながら、一転、本の表紙はポップでかわいいですよね。

竹中: そうなんです。でも実は、ステージの上でかわいらしく歌って踊るアイドルと声援を送るファンのイラストの帯をめくると「声援」が「彼女たちを追い込む言葉」になっている可能性や、アイドルたちががんじがらめになってしまっている現状のようなものを表現しています。

本の紙も線を引きやすい紙質にしてもらったり、教科書のように長く読んでいただけるような工夫を凝らしています。

それでもアイドル業界と関わり続けていく理由

――竹中さんは、芸能界・アイドル業界から女性たちへの性的搾取問題について警鐘を鳴らしています。振付師として10年以上アイドル業界に携わる竹中さんがこうした問題について触れることで、過去に目にしてきたニュースが「噂」ではなく「本当にあったのかもしれない」と感じざるを得なくなり、読者として少しショックな部分もありました。

竹中: 実際にアイドル界で起きたことを書籍の中でいくつか取り上げています。実際に事件として扱われたものもあれば、当時は演出としておもしろがられたものもたくさんあります。でもいまの感覚で見ればおぞましいものばかりで……。二度と同じようなことを繰り返さないためにも「私はずっと忘れないからな」というつもりで書き残しました。

――同時に、そんなショックなことを目の当たりにしながら、「竹中さんはなぜその業界にい続けられるのだろう」とも思いました。つらい面を見ても、この業界から離れようとは思わなかったのでしょうか?

竹中: それは、「健やかにしようと思えばできる世界だ」と思っているからです。私が動こうと声をあげようと変わらない構造だとわかっていたら、悲しくて離れていたかもしれない。でも「いやいや、本当はやろうと思えばできることができていないでしょ」というジレンマがあって、ずっとずっとモヤモヤして、イライラしてきました。

私の立場からできることは、女性アイドルたちの健康についてスポットを当て、彼女たちや関わるさまざまな方に身体や心について知識をつけてもらうこと、発信をしていくことだと考えています。アイドルたちの“保健の先生”になれたらと思っているのです。

――アイドルのファンでありながら、仕事にも携わってきた竹中さんが「保健の先生」を名乗ることはとても心強いです。

竹中: ただ、「アイドルだから、女性だからといってみんなが声をあげなくてはいけない」と思っているわけではありません。当事者たちがプレッシャーを感じてほしくないと強く思っています。自分の健康状態や身体のことについて話したくない人もいる。アイドルという職業に絞って言えば、「こういうアイドル像でいたい」というものを持っている子もたくさんいます。声をあげるもあげないも、どちらも同じように選択できる状態になってほしいですね。

人はルールよりもムードに弱い。ファンの「NO!」が空気を変える

――SNSなどを通してアイドルや彼女たちを取り巻く環境について、ファンも知る機会が増えました。そうしたなかで、ファンができることはあるのでしょうか。

竹中: 私が振付師を始めた12年前とは業界の環境も変わってきています。かつてはおかしいと指摘しても「うるさいな」と跳ね返されてしまう雰囲気があったけれど、元アイドルの子や長く活動を続けている現役アイドルたちが賛同してくれるようになって、希望を見出せている感覚があります。

以前ジェーン・スーさんとお話させていただいた時に「人はルールよりもムードに弱い」とおっしゃっていて、すごく納得したんです。

アイドルたちがデビューやCDの売り上げのために無理な目標設定のもと、過酷な挑戦をする姿がドキュメンタリーのように発信されたり、ライブで過呼吸になる姿が報道されることがありますよね。それでも、「アイドルだからしょうがない」「あのグループは無理してなんぼだから」「芸能界ってそういうところ」……と、ファン自体が受け入れたり、どこかおもしろがったりしてしまっているケースもあるように感じます。そういったものも全て「ムード」なんだな、と。

――そこで疑問を呈すると、ファンからも「ノリが悪い」と言われたり……。

竹中: そうなんです。何かが起きるたびにルールの改善を試みても、なかなか浸透しない歴史があったように感じていて。それなら、「それはダメ」というムードを作っていきたい。女性アイドルの安全や健康に配慮された仕事なのかを見極めて、おかしいと思った時にファンが一丸となってそのムードに“乗らない”のも大切だと思います。

この世界には、卒業してアイドルの肩書きを名乗ることを辞めた子もいるし、業界自体を辞めた子もいますが、どの子に対しても願っているのが「アイドルなんてやらなきゃよかった」と思ってほしくないということなんです。

アイドルになるのは、若い子が夢を持ってこの世界に入ること。でも、夢は人質になりやすいのです。自分で望んでこの業界に入って来たんだから、と弱みを握られる構図に陥ってしまうことがあります。やりたくないことをやった過去や、発言や写真も全て、デジタルタトゥーとして残る時代だから尚更です。「あの時のことは思い出したくもない」と口にしている子がいると苦しくなります。
まだまだ改善の余地がある世界だからこそ、口うるさくいることが今の私の使命だと思っています。

  •  後編もお楽しみに!

■竹中夏海(たけなか・なつみ)さんのプロフィール
1984年生まれ、埼玉県出身。2007年日本女子体育大学ダンス学科卒業。2009年よりコレオグラファーとして活動。国民的大型グループから、実力派ライブアイドルまで担当したアイドルは300人にも及ぶ。ほかにも藤井隆やテレビ東京『ゴッドタン』内「マジ歌選手権」ヒム子(バナナマン・日村勇紀)など、性別や年齢、ジャンルを問わず踊り手のアイドル性を引き出す“全方位型”振付師として定評がある。広告やTVMVの振付・ポージングも多く手掛ける。自身のアイドル愛にあふれる視点や女性の健康問題を扱う連載も数多く持つ。著書に『IDOL DANCE!!!〜歌って踊るカワイイ女の子がいる限り、世界は楽しい〜』(ポット出版)など。

「私以外の振付で輝いている彼女たちを見た時はつらかった」振付師・竹中夏海さんが年を重ねて見つけた使命感

『アイドル保健体育』

著者:竹中夏海
発行:CDジャーナル
価格:1,650円(税込)

現在肩書き無し。30歳の夏、港区での彼氏との同棲を解消、同時に8年マネージャーとして勤務した芸能事務所を退社する。ライター業ではお笑いやサブカルチャーに関するコラムをwebサイトに寄稿など。
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。 コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。