矢部太郎さんが新作、『ぼくのお父さん』発売「お父さんとの時間が、今の僕を形づくった」

初の漫画『大家さんと僕』で、第22回手塚治虫文化賞短編賞を受けたお笑い芸人の矢部太郎さん。新潮社より先日、刊行された新作『ぼくのお父さん』では、実の父である絵本作家のやべみつのりさんと過ごした幼少期を独特のタッチで描いています。そんな矢部さんに、作品やお父さんのことを中心にお話を聞きました。

――お父さんとの日々を題材に選んだ理由を教えてください。

矢部: 「お父さんと、自分の子どもの頃について書くのはどうですか?」と僕から編集の方に提案させてもらったのですが・・・・・・そもそもはお父さんから「『大家さんと僕』の後は『お父さんと僕』を書いたらどう?」という話があって。

――描くにあたり、どのようにエピソードを選ばれたのですか?

矢部: お父さんが、僕の幼少期を描いた絵日記「たろうノート」にあった内容なども取り入れています。最初は僕の記憶や目線だけで幼少期を描こうと思ったのですが、「ノート」にある僕の姿やお父さんの考え方も入り、立体的になり作品にできたという感じですね。

矢部太郎さん『ぼくのお父さん』より=新潮社提供

もう少し成長した矢部さんは、お父さんに対して……

――お父さんは、カメラを買ったのに「写真には写り過ぎる」と絵にも残したり、一緒に流れるプールで遊んでいるときに、水流に抵抗して「流れるプールじゃない流されるプールだ」と言ったり。度々出てくるお父さんと、つくしの話も印象的です。

矢部: 自分なりの考え方、信念を持っているので、そういうことを言いがち。お母さんはいつも「はぁ?」という感じでした。野生のつくしは当時、みんな採って食べていたと思っていたけど、そうじゃなかったですね。お金をかけずに幸せを目指すのは、お父さんの一面でもあります。

――絵本作家のお父さんは自宅にいる一方、お母さんは働きに出ていた。

矢部: 子どもながらに他の家とは「何か違うな」と思っていました。友達のお父さんはちゃんと働いているのに、うちは貧乏だし。ただお父さんが創作している自宅にあるプレハブのアトリエに出入りし、一緒にいたり、モノをつくったりという時間が、今の僕を形づくったとは思っています。

40年前、5歳くらいの僕を想定して描いているのですが、当時はやっぱり、いろんな楽しかったことがいっぱいありましたね。東京と言っても郊外の東村山なので、自然も豊かでしたし。勉強もないし宿題もないし、遊んだり好きなことをしたりができた時間。それにもう少し成長した僕は、普通の家と違い過ぎることで本格的に「お父さん嫌だな」と思い始めますし・・・。

お父さんにあった“自分自身が育てられているという意識”

――誕生日プレゼントは手づくりのびっくり箱だったり、「テレビゲームをしましょう」とお父さんが出してきたコントローラーは段ボールでつくられていたり。

矢部: 「手づくりしたものや、つくる過程を楽しもう」みたいな考えだったんでしょうね。僕は友達の家でテレビゲームをやり、友達が僕の家で様々なモノを手づくりするという感じでした。

――お父さんはインタビューで「一般的な『子育て』って何もしていないんですよ。どっちかと言うと『親育て』の時間でした」と語っています。

矢部: お父さんの日記を読んだら「子どもが生まれて、子どもを好きになることで初めて人を好きになれた」「自分と似ているところがあって、自分を見つめなおして生き直している」みたいなことが書いてありました。自分自身が育てられているという意識が、すごくあったと思いますね。

――今回の『ぼくのお父さん』についてお父さんは?

矢部: 連載が始まったころは、「理想のお父さんみたいに描かないで、てへへへへ」みたいな感じだったんですけれど、完成したのを読んだら「こりゃあ変なお父さんだね」って。「絵はシンプルだけど、ポエジーもあっていいんじゃないか」という評価もいただきました。

――どことなく無常感も漂います。

矢部: 父は子どもの頃、お寺に住んでたことがあったそうなので、その影響を受けているのかもしれません。常に一定のものはないと僕自身思っています。

この漫画は大人になっちゃった僕が描く、自分の子ども時代の世界の見え方。鮮やかにと思ったので、全編カラーにしました。

続くコロナ禍。変わる日々の感染状況、そして自粛生活へ新たな視座も

――新型コロナの新規感染者数に一喜一憂したり、自粛生活でストレスをためていたりの日々に、この作品は別の視点を与えてくれるような気がします。

矢部: 流れのなかに身を置いたら流されていってしまう日々。「ずれていてもいいし、どんなふうでもいいんじゃないか」ということを、感じながら描いていたかもしれないですね。

――改めて『ぼくのお父さん』について一言、お願いします。

矢部: 優しいタッチや色で描いています。「本当に疲れたな」という日でも読める漫画になっていると思いますので、読んでいただけたらうれしいです。

●矢部太郎(やべ・たろう)さんのプロフィール
1977年東京都東村山市生まれ。お笑い芸人としてだけでなく、舞台やドラマ、映画で俳優としても活動。初めて描いた漫画『大家さんと僕』で第22回手塚治虫文化賞短編賞。同書は80万部超と大ヒットし、シリーズ累計では120万部を突破した。吉本興業所属。

『ぼくのお父さん』

著者:矢部太郎
発行:新潮社
価格:1265円(税込)

ハイボールと阪神タイガースを愛するアラフォーおひとりさま。神戸で生まれ育ち、学生時代は高知、千葉、名古屋と国内を転々……。雑誌で週刊朝日とAERA、新聞では文化部と社会部などを経験し、現在telling,編集部。20年以上の1人暮らしを経て、そろそろ限界を感じています。
1989年東京生まれ、神奈川育ち。写真学校卒業後、出版社カメラマンとして勤務。現在フリーランス。
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