アカデミー賞受賞Netflix『オクトパスの神秘:海の賢者は語る』一匹のタコが世界を変えるかもしれない
●熱烈鑑賞Netflix 68
タコと人間の交流、観たことのない映像
猫と暮らすようになっておよそ7年経つ。猫は約1年ほどで成人まで達し、そこからは人間の年齢に換算すると、1年に4歳ずつ歳をとるのだという。生後半年でわが家にやってきた猫は、もう飼い主である私の歳を追い越していることになる。1日不在にした日は、彼女にとって4日放っておかれたのと同じことになるのだと思うと少しつらい。
タコの寿命はおよそ1年だそうだ。だとすればタコにとっての1日は人間でいうところの数十日分に当たるのだろうか。
Netflixの映画『オクトパスの神秘:海の賢者は語る』は、2021年のアカデミー賞最優秀ドキュメンタリー賞を獲得した作品だ。
ケープタウンに面する、波の荒い海。しかしいちど潜ってみると、ケルプという海藻が生い茂り、海の中に森を作っているのだという。南アフリカの映像作家、クレイグ・フォスターが自身の疲れ切った心と身体を癒やすために選んだのが、この幼い頃に暮らした岬に住み、目の前に広がる海に潜ることだった。
ある日、彼は一匹のタコと出会う。海藻を体に巻きつけて身を隠すその生態に魅了されたフォスターは、そこから毎日彼女に会いにいくことに。タコも少しずつ彼を認識し、やがて吸盤のついた足を伸ばしてその手に巻きつき、やがて全身で彼の胸に寄り添うまでになる。タコと人間がこんなにも親密に交流する映像を、ちょっと観たことがない。そもそも相手を認識し、好意をもつ、信頼するということがタコの世界にあるとさえ思っていなかった。観たことのないものがそこにあるというシンプルで強い魅力がこの作品にはある。
撮影者の真摯な姿勢
一匹のタコを人格(タコ格?)を持った存在として認識した記憶があまりない。頭の中を探してみても思い浮かぶのはサッカーの勝敗予想をしていたパウルくんくらいだ。あれだって、タコの動きを人間が勝手に意味づけていただけだった。でもこの作品を観たあとならわかる、タコには確固たる意志があって行動をしているのだと。
前半で特に見どころは、フォスターの失敗とリカバリーぶりだ。せっかく毎日潜って少しずつタコとの距離が近づいていたタイミングで、海の中にレンズを落としてしまい、その衝撃で彼女は逃げてしまう。そこで若い頃撮影した、カラハリ砂漠の狩猟民族が野生生物の痕跡を丁寧に見つけて追う方法を思い出し、少しずつ彼女の痕跡をたどってとうとう再会する。その執念、いちど興味を持った対象に対する真摯な姿勢。フォスターは作家として信頼に足る人物だし、そのことをタコも理解しているのだ。人生でタコに共感することがあるなんて!
一匹のタコが世界を変えるかもしれない
二足歩行をするさま、戦略的な餌の捕まえ方、魚と遊んでいるかのようなようす。彼女は主人公にふさわしい知性と魅力を兼ね備えたタコだ。とくにサメに襲われるという危機に瀕したときの思いがけない逃げ方とかわし方は、アクション映画を観ているかのようなスリリングさに満ち溢れていた。
フォスターは毎日、彼女を撮影し続ける。サメが襲ってきたときも、追い払うことはしない。生態系を壊すような余計な干渉はせず、ただ見守る。これだけ親密になっておきながら、名前をつけない(もし密かにつけていたのだとしても、少なくともこの作品の中では明かされない)。その距離感の絶妙さが、この作品の肝になっている。観る側がすっかり彼女に夢中になってしまうのは、フォスターが計り知れないほどの情熱と膨大な時間をかけて彼女と向き合ってきたからだ。そしてその思いをストレートに語りながらも、決して一定の距離を崩さない。彼女に出会ったことで変化した自分や、自分の息子についても、同じように徹底的に客観視している。
1年にわたる密着、つまり彼女の生涯の大半に寄り添い、カメラに収めてきたフォスターは、いま海の生態系を守るための環境保護団体「シー・チェンジ・プロジェクト」を立ち上げているという。多くの人がこの作品を観て問題意識をもつことがあるならば、一匹のタコが世界を変えるという偉大な功績が現実のものとなるのかもしれない。
『オクトパスの神秘:海の賢者は語る』
監督:ピッパ・エアリック、ジェームズ・リード
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