「麒麟がくる」全話レビュー41

【麒麟がくる】第41話。信長が雑に扱った平蜘蛛は軽い音をたてた。本能寺の変まであと4年!

新型コロナウイルスによる放送一時休止から3カ月弱、NHK大河ドラマ「麒麟がくる」が帰ってきました。本能寺の変を起こした明智光秀を通して戦国絵巻が描かれる壮大なドラマもいよいよ後半戦、人気ライター木俣冬さんが徹底解説し、ドラマの裏側を考察、紹介してくれます。本能寺の変まであと4年。茶釜・平蜘蛛の強烈な呪いによって、光秀と信長の関係の亀裂も深くなっていきます。

大河ドラマ「麒麟がくる」(NHK総合日曜夜8時〜)第41回「月にのぼる者」(脚本:池端俊策 演出:佐々木善春)。この回のラストで光秀(長谷川博己)の娘・たま(芦田愛菜)の輿入れが天正6年秋に行われ、本能寺の変までのカウントダウンはあと4年となった。

信長が道を間違えぬよう

松永久秀(吉田鋼太郎)の残した茶釜・平蜘蛛の呪いのようなものの威力は強烈で、光秀と織田信長(染谷将太)の関係を蝕んでいく。一時は行方を誤魔化した信長に平蜘蛛を差し出した光秀は、持つ者の覚悟(「いかなる折も 誇りを失わぬ者。志高き者。心美しき者」)を説く。すると信長はそれをお金に代えると言う。あれほど共に闘ってきた同志のような相手がいまはもう遠い。
月明かりのまばゆいある夜、正親町天皇(坂東玉三郎)が光秀の前に姿を現す。その神々しいお姿で帝が語った言葉が光秀にのしかかる。
「この後 信長が道を間違えぬよう しかと見届けよ」

オンエア後、話題になったのは帝が語った「桂男」。この意味と語源はすでにネットニュースなどで読めるので、ここではもう少し考察を楽しんでみたい。「桂」の香りに注目してみる。
信長の果てない野心を帝は、中国の伝説にある月に昇った「桂男」に例えた。この奇妙な名前の男はすでに36回に登場していた。光秀が妻の煕子(木村文乃)とできたばかりの坂本城で琵琶湖を眺めながら歌った「梁塵秘抄」の今様のひとつ「月は船 星は白波 雲は海 いかに漕ぐらん桂男は ただ一人して」のなかに。こちらは中国の伝説をもとに、いまでいう「イケメン」的な呼び方になったものだ。なににしても手の届かないもの。

中国では月に桂の木があるという。桂の木は中国では木犀のこと。桂自体にも香りはあるが、木犀といえば香り高い樹木の代表格。キンモクセイにギンモクセイ。あの月に、いい香りを漂わせる木があるという想像力はとてもロマンティック。蘭奢待をはじめとして、この時代(16世紀)、香りはたしなみだった。香遊びが香道として発達した。帝と光秀の間を取り持つ教養人・三条西実澄(石橋蓮司)の祖父・三条西実隆は御香所の職についていた。

信長と帝の関係が不穏になったのは、蘭奢待がきっかけ。これを所望し獲得した信長が、半分を帝と分かち合おうとしたことで帝の機嫌を損ねた。帝が信長を月と桂男に例えたのは、蘭奢待のことがまだ尾を引いているような気もするし、それだけ信長が踏みこんではいけない部分に踏み込んでしまったこと、表現を変えながら繰り返し述べているのだと考えることができる。なぜこうも繰り返し描くのか。信長のその野心こそが戦の種であるからだろうか。

蘭奢待、月と桂、平蜘蛛……玉三郎

平蜘蛛もまた、果てなき野望の象徴。「いかなる折も 誇りを失わぬ者。志高き者。心美しき者」だけが持つことを許される。平蜘蛛自体は、見た目に簡素で、照明で金色に光って見えるときもあるが、受け取った信長が雑に扱ったときはじつに軽い音をさせていた。そのもの自体の価値というよりも心持ち次第なのだと思わせる演出。まさしく虚いやすい実体のない権力そのものである。
野心を抱くな、みたいな漠然としたメッセージ性一本で押していくのではなく、蘭奢待、月と桂、平蜘蛛……と次々、当時の文化に言い換えていく。そういう丹念な行為が物語を広く、強く、美しいものにしていく。
「麒麟がくる」の時代、かろうじて権力者に誇りや気高い心が残っている。それが信長の台頭により次第に失われつつある。帝はそれを憂う。

人間国宝・玉三郎が演じる帝が、上に立つものに求められる高貴さ、美しき心の象徴として圧倒的な説得力を示してみせる。水に浮かぶ白い椿とそこに映る月の美しさは玉三郎そのもののようだった。月と帝の顔を重ねるカットもあった。年齢も性別も国境もその至芸によって超越した玉三郎こそ、蘭奢待であり月であり平蜘蛛である。

これまでテレビドラマに出たことのなかった玉三郎が今回、出演した理由は、長谷川博己の父と旧知であったからと語られている。もちろんそれが一番の理由なのだろうけれど、コロナ禍がなければいつものように舞台出演が続き、出演も叶わなかったかもしれないと思う。舞台を中心に仕事をする方々はそれでなかなかテレビに出演しない。「麒麟がくる」はずいぶん撮影スケジュールが変更になったが、一回きりのゲストでなく、何回も連続して出演しているのは歌舞伎がのきなみ公演中止になった2020年だったからこその奇跡ではなかったか。

だが光秀の行動の規範は

41話の冒頭、光秀は、足利義昭(滝藤賢一)の恩に報うために闘いをやめない国衆たちに手を焼き、闘っている相手は国衆では義昭なのだと気づく。以前は、信長に、義昭に従うと発言していたこともある光秀だが、いまや義昭も、そして信長さえも、彼にとっては付き従う存在ではなくなっていた。
秀吉(佐々木蔵之介)が、光秀と久秀が平蜘蛛に関して密談していることを、弟の辰吾郎(加藤啓)に探らせていたことを指摘し、同じように情報を仕入れている菊丸(岡村隆史)に三河の家康(風間俊介)のもとに戻るように進言する。この光秀の一連の言動は、見方によっては、機を見て相手を乗り換えたり態度を変えたりしているようにも思えるものだ。だが光秀の行動の規範は、自分の力を増幅するためではなく、戦を止めること。義理人情より目的第一。だからこそ彼はひどく苦しむのだ。この苦しみに耐え信念を最後まで貫き続けることができるのか。あと3回。本能寺の変は最終回で描かれると番組が発表している。

菊丸は秀吉の手の者に狙われるが、すんでのところで逃げおおせる。岡村の身体能力がようやく生かせたことも楽しませてくれたのと同時に、忍びの仕事をやめ駒(門脇麦)のいるこの地で暮らしていきたいと本音を語るしみじみした芝居もしっかりできる人なのだということも示した。美濃にはもう家族がいないと菊丸は言う。長く続く戦(いくさ)によって帰る場を失くした者はたくさんいる。消えていく菊丸の後ろ姿に哀愁があった。

〜登場人物〜
明智光秀(長谷川博己)…麒麟がくる世の中を目指し、戦をなくそうと奮闘している。

【将軍家】
足利義輝(向井理)…室町幕府13代将軍。三好一派に暗殺される。
足利義昭(滝藤賢一)…義輝の弟。室町幕府15代将軍。信長に追放される。

細川藤孝(眞島秀和)…室町幕府幕臣。義昭を見限った。
三淵藤英(谷原章介)…室町幕府幕臣。藤孝の兄。最期まで義昭に殉じた。

【朝廷】
正親町天皇(坂東玉三郎)…第106代天皇。光秀を気に入っている。
三条西実澄(石橋蓮司)…公卿、古典学者。光秀と帝を引き合わせる。
近衛前久(本郷奏多)…前関白。京都を追われている。

【大名たち】
織田信長(染谷将太)…尾張の大名からのし上がり右大将となる。
帰蝶(川口春奈)…信長の正室。信長を見捨て美濃に戻る。斎藤道三の娘。
木下藤吉郎(佐々木蔵之介)…信長の家臣。
柴田勝家(安藤政信)…信長の家臣。
佐久間信盛(金子ノブアキ)…信長の家臣。
徳川家康(風間俊介)…三河の大名。信長の娘が嫡男の嫁。
菊丸(岡村隆史)…家康の忍び。
松永久秀(吉田鋼太郎)…大和を支配していたが、筒井順慶に座を奪われ、信長に反旗を翻す。

【明智家】
煕子(木村文乃)…光秀の妻。病死。
たま(芦田愛菜)…細川ガラシャ。光秀の次女。藤孝の嫡男・忠興に嫁ぐ。
岸…光秀の長女。
明智左馬助(間宮祥太朗)…光秀のいとこ。
藤田伝吾(徳重聡)…光秀の忠実な部下。
斎藤利三(須賀貴匡)…明智家家臣。

【庶民たち】
伊呂波太夫(尾野真千子)…近衛家で育てられたが、いまは家を出て旅芸人をしている。
駒(門脇麦)…光秀の父に火事から救われ、その後、伊呂波に世話になり、今は東庵の助手。よく効く丸薬を作っている。
東庵(堺正章)…医師。敵味方関係なく、帝から戦国大名から庶民まで誰でも治療する。

ドラマ、演劇、映画等を得意ジャンルとするライター。著書に『みんなの朝ドラ』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』など。
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