「バチェロレッテ・ジャパン」杉田陽平さん「彼女の本当の魅力を、僕なら言葉にできる自信があった」

Amazonプライム・ビデオで配信されている恋愛リアリティーショー「バチェロレッテ・ジャパン」。ひとりの独身女性・バチェロレッテが、複数人の未婚男性の中から運命の人を見つけにいく番組です。番組の中での成長物語が多くの反響を呼んだ画家の杉田陽平さん(37)に、旅の思い出を振り返ってもらいます。

結婚を諦めなければいけないぐらいシビアな世界

――バチェロレッテ・ジャパンに応募したきっかけはなんだったのでしょうか。

杉田陽平(以下、杉田): 画家としてずっとアート業界にいて、この世界で本気でやっていくのは、大きな犠牲を払わなくては大成できないと言われています。結婚も、子どもを持つことも諦める覚悟でやらなくてはいけないという暗黙の了解のようなものがあるんです。

――結婚も、出産もですか?

杉田: もちろんしている人もいるので好きにすればいいんですけど、たとえば「大きなチャレンジをしたいから来月からニューヨークに住みます」なんてこともなくはない。そういう自由が許される相手はとても限られちゃいますよね。本当は結婚したくないわけじゃないし、子どもが欲しいと思うこともあったけれど、仕事上そういうわけにはいかなくて後回しに。優先順位で言ったら、3番目、4番目になっていました。

そんな中、何気ないことなんですけど、一昨年の11月に半ば振られる形で彼女と別れ、翌年のお正月に姪っ子と戯れている時に「あぁ、なんか尊いな」という気持ちになって。今まではアート業界で美術史に刻まれて世界一になるんだと頑張っていたけれど、それとはまた別軸の幸福があるなって思ったわけです。
そんな時にオーディションのことを知って、「真実の愛を見つけにいく旅」というテーマが「ぴったりだな」と。飛び込んでみたんです。

――では、はじめから結婚が目的で受けられたんですね。

杉田: でも、実際のところ、結婚に向けてのプロセスを踏んだ実績がない。だから、オーディションに受かると思ってもなかったし、現場でも1回戦で落ちてしまうと思っていたんですよ。
まして(福田)萌子さんはスポーツトラベラーで。僕は美術の人で、自分が良い絵を書いたからって響かなかったら終わりじゃないですか。博打ですよね。
「自分は絶対残る、自信がある」なんていう方が嘘。
もちろん自己愛がないわけじゃないです。自分に「味」がないとは思ってないです。でも、今までの人生で「杉ちゃんすごい」「杉ちゃん結婚したい」なんて強く言われたことなんてほとんどないので。やっぱり不安の方が大きいのが自然ですよね。
毎回、目の前の事に兎に角、必死でした。そこから、「もうちょっとだけ一緒にいたい」「もうちょっと頑張りたい」が積み重なっていって、あれよあれよと最後まで来ちゃった。戦略とか、テクニックとかではなくて、本当にそれだけの話なんですよ。

萌子さんの本当の魅力を言葉にしたかった。

――萌子さんのどこに惹かれたのですか?

杉田: すごく素直で、天真爛漫で、それでいて責任感が強くて一生懸命なところですね。
番組の最後のスタジオトークで、参加者の男性陣が「萌子さんが曇り空を指して『わぁ、きれい』って言った。曇ってるのに」と突っ込んでいましたけど、僕は「わかるわー」って思った。どっちの言うこともわかるんです。男性陣の意見もわかる。でも、萌子さんはそれを本気で自然に言ってるんですよ。
沖縄の空って初めて見たけど、曇っているのに日差しが入っていて、一筋の光のようになっていて逆にきれいという時もあるんです。でもそれが多くの人には伝わらない。それを言葉にしたいなって思ったんです。僕には彼女の世界をみてる眼差しがなんとなくわかる気がして。
アートって、本来そういうことじゃないですか。みんなが美しいと思わないものをきれいだと感じて注目して描くとか、そういうことだから。みんなが見逃しそうなところに光を当てて、それを主役にする仕事なんです。
だけど萌子さんはそれを人生の中で自然にやっていて、誤解と共感の中で生きてきている、と連想してしまったんです。

小さな頃からダンスをしたり、マラソンをしたりする中で、落ち葉があってきれいだねとか、そよ風があたって気持ちいいって思うのを、自然に受け取れる人。普通だったらだんだんと削がれていってしまうような感性が30代になっても保たれているところが唯一無二だと感じました。普通はそういうわけにはいかないですよね。萌子さんはそういう奇跡の人なんです。

だから、これからの人生で自分なりに彼女を近くで感じてお互い尊重しあったり成長できたりしたらすごくいいよなって思ったんですよね。

――特に印象的だった出来事はありますか?

杉田: 台湾でふたりでランタンを飛ばすデートをした時ですね。ことあるごとに天真爛漫で、本当に少女のようだった。橋があって、少し離れたところにランタンを飛ばす場所があったのですが、橋からその場所までのただまっすぐな300mぐらいの道でも、いろんなものを発見しちゃう。「シーサーがいる、亀がいる、ランタンが木にひっかかっている」って……。彼女は「散歩が特技」だと言ってるんですけど、その通りで。僕としてはデートの時間も限られているし、早くランタンの場所に誘導したいじゃないですか(笑)。でも、発見しすぎて全然進まない。話の腰を折るわけにもいかないから、一緒に「そうだね」「きれいだね」って言いながら少しずつ前に進んでもらう。
本当に美しいものを発見するのが上手いんだなぁって。

自分に嘘がつけない、彼女の真摯さ、それゆえの不器用さを、僕なりの言葉で伝えたかったんですよ。彼女はこういう考えで、こういう行動をとっているんだと感動が多かった。だからこそもっと残りたいなと。もうちょっと時間が欲しいと強く思いましたね。

――不器用で周りに全てのことが伝わっていないところに女性的な魅力を感じたということでしょうか?どこか、父性のような印象も受けます。

杉田: どっちもなんですよね。父性でもあるけど、でも、女性としても見ていましたよ。彼女って、少女みたいな時もあれば、本当に完璧な大人の女性の面も持っているから。見た目は一緒だから「今はどっちのモードか」はわからない(笑)。どっちも嫌いじゃないんだけど、無邪気なところに父性本能みたいなものをくすぐられることもあるし、ミステリアスでアダルトな雰囲気をまとっているところにぐっとくることもあるし。

ライバルの人たちとそれぞれに素敵な時間を過ごしているわけだから、他の人の前でどんな表情をしているかはわからないじゃないですか。だから、もっと女性として知りたいという、父性本能だけに収まらない気持ちはありましたよ。すごく好奇心にかられていました。

――ちなみに今まで好きになった人と、萌子さんには共通点はありましたか?

杉田: 似ているところは、自己愛があって周りに左右されないところ。付き合う人、みんなそうですね。

(後編につづく)次回は杉田さんの過去の恋愛話から、バチェロレッテ・ジャパン最終回での決断についてまで、うかがいます。

現在肩書き無し。30歳の夏、港区での彼氏との同棲を解消、同時に8年マネージャーとして勤務した芸能事務所を退社する。ライター業ではお笑いやサブカルチャーに関するコラムをwebサイトに寄稿など。
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。 コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。