市民の価値観が一番正しい! 香山リカさんに聞く「コロナとココロ」(前編)
新型コロナウイルスで浮上するココロの問題
── 香山さんは現在、新型コロナウイルスについての相談に携わっていると聞きました。
香山リカさん(以下、香山): 厚生労働省からの委託を受け、「新型コロナウイルス感染症関連 SNS心の相談」という心の悩み相談に関わっています。私は10人弱の相談員のやりとりを見ながら助言するスーパーバイザーをしています。
── 相談はどういったものが多いのでしょう。
香山: 個別の相談についてはお話できないので、傾向としてお話しますね。今年の3月に始まった「SNS心の相談」では当初は、「自分が感染しているのでは」という不安の声が多かったです。最近はPCR検査を受けやすくなったこともあり、この種の相談は落ち着いてきました。一方、いまだに多いのが「職場で十分な感染対策が取られておらず『3密』の状態で仕事をしているのだけど、大丈夫でしょうか」といった職場環境に関する相談ですね。
家族での価値観の違いについての相談も多いです。「自分は気をつけて、手を洗うしマスクをしているのに、夫はそうでもない。注意したら不機嫌になってしまう」といったものですね。「コロナ離婚」が話題になりましたけど、新型コロナウイルスへの対応で価値観の違いが、浮き彫りになっているのでしょうね。
── 相談には、どう答えているのですか?
香山: チャットでの相談なので直接、働きかけることはできません。それでも、話を十分に聞くという寄り添い方でも落ち着かれる方もいらっしゃる。「リラックスできる時間はありますか?」とコロナの情報から離れる時間をとるように、アドバイスすることもありますね。情報を集めすぎて神経質になってしまう方もいるので。
向学心のある人、リテラシーが高い人ほど、ネットなども駆使してコロナの情報をよく調べている印象です。普段の診察でも、驚くほど詳しい医学知識を持っていたり、専門用語を話したりする人がいます。(1人の感染者が平均何人にうつすかを示す指標である)実効再生産率とか、疫学の勉強をしている人も。悪いことではないんですけど、調べすぎて疲れてしまうこともあるので、ほどほどでいいんじゃないですかね。
日本に求められる医療コミュニケーター
── 感染症の専門家によって発信する情報が異なり、不安になる人もいると思います。たとえばPCR検査の数でも増やすべきか否かで意見が割れていました。
香山: 信頼する医師らと「市民の感覚が一番正しいよね」と話しています。この時期に熱があったら、コロナの検査をしてほしいと思うのは当然。それなのに専門家から「PCR検査は意味ない!感度(感染者を検査で陽性を示す確率)と特異度(感染していない人を陰性と示す確率)が100%ではないから……」と言われても、ピンとこないですよね。
偉くて立派な人というイメージがあるかもしれませんが、感染症の専門家だからといって、人格的に成熟しているとは限りません。一人の医師として状況を見ていると、専門家どうしで議論が袋小路になっているように感じます。それぞれの立場のマウンティングをしている場合もある。専門家が必ずしも市民に必要な、生活に役立つことを言ってるわけではありません。
── 専門家と市民との間に距離があるように感じます。
香山: 日本には専門家と市民をつなぐ「医療コミュニケーター」が圧倒的に不足していると思います。アメリカの『CNN』には医師の資格を持つキャスターがいて、専門家や政府による医療に関する専門的な発信を丁寧に解説してくれます。海外が良いと言うつもりではありませんが、日本にもこういう役割を担う人が、出てきてほしいですね。
日本においては、社会性のある人が話す内容は、信用できると考えています。たとえば、ノーベル賞受賞の京都大学iPS細胞研究所所長の山中伸弥さん。広い視野でものごとを捉え、一般の市民にも分かるように伝える努力をされている。研究資金を自身で集めたり、テレビの情報番組に出たりと、社会性を身につけざるを得ない環境に身を置いたことが関係しているかもしれませんね。
──山中さんはコミュニケーターの役割を果たしている。
香山: そうなんですよ。山中さんの役割は本当に大きいと思います。海外の論文を調べて政府に対策をいち早く提言したり、コロナについて一般の人も理解できるようホームページを立ち上げたり、YouTubeでも発信したり――。煽るのではなく、一般の人に寄り添った伝え方も信頼できますね。
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