専門家がやさしく解説

在宅医療受けている家族が感染したらどうする? 新型コロナで訪問看護の危機

新型コロナウイルスの感染拡大を防ごうとリモートワークが急速に普及し、自宅で仕事をする人が増えています。中には高齢の家族や、障害や病気で医療依存度の高い家族が在宅系のサービスを利用しながら一緒に暮らしている人も多く含まれます。ところがいま、若い女性も多い訪問看護ステーションや往診してくれる診療所のスタッフが「濃厚接触者」となり、サービスが一時的に提供できなかったり制限されたりする事態が起き始めています。「医療崩壊」が身近な在宅医療から始まるかもしれない現状について、横浜在宅看護協議会の栗原美穂子会長に聞きました。

訪問看護ステーションが閉鎖したら残った在宅患者をだれが看るのか

――訪問看護ステーションではどのような新型コロナウイルス対策をされていますか。

栗原会長(以下、栗原): 困っています。訪問看護を利用されている人たちは、それなりのケアが必要な人たちです。訪問看護ステーションによって様々ですが、利用者から「訪問お断り」の連絡が来ているところもあるようです。家に人が来ること自体が、感染リスクを高めるという理由です。ヘルパー事業者も同様です。在宅勤務が増え、食事の支度など、ヘルパーにお願いしていたことを家族が担えるという面もあるとは思いますが……。

経験が浅い若い看護師にかかるストレス

――具体的にはどのような指示をスタッフに出しているのでしょうか。

栗原: スタッフには、電車やバスでの通勤の場合は、マスクと使い捨て手袋をするように徹底しています。利用者ごとに約束している時間があるので、通勤時間をずらすことはできず、朝のラッシュ時に出勤せざるを得ない状況です。リモートワークもできません。どこかで誰かが感染してしまったら、いま抱えている在宅患者を誰も看護できなくなるので、できる限りのことはしているつもりです。

――どのような手法を使っているのでしょうか。

栗原: こまめに手洗いとうがいをすることです。利用者の自宅を訪問するときは必ずせっけんを持参し、タオルも訪問先ごとに変えます。あとはマスク。処置やケアで使い捨て手袋を使うのはいつものことです。

仕事以外のプライベートでも、買い物などで人ごみに行かないとか、マスクと手袋をして外出するといった指導をしています。

通勤時のマスク、使い捨て手袋着用以外は、ノロウイルスなど通常の感染症対策と同じです。どこまでやるのかは、各訪問ステーションの判断によるので濃淡があると思います。マスクと手指消毒がないことに、在宅医療の現場は困っています。病院と比べて在庫が少ないのです。

手指消毒液が足りなくなるかもしれない

閉鎖されれば1ステーションで120人の在宅患者の行き先に迷う

――スタッフが感染者と濃厚接触してしまった場合、訪問看護ステーションではどのように対処するのでしょうか。

栗原: スタッフは事務所の中で時間を共にしているので、全員が「濃厚接触者」だと考える必要があると思います。事務所は病院のように広いスペースではないので仕方がありません。そうなると、訪問看護ステーション全体が機能しなくなります。

――具体的に教えてください。

栗原: 利用者ごとに異なる主治医・ケアマネジャーとの連絡、衛生材料などの必要物品の取得などは、事務所に来なければ難しい。主治医とカルテを見ながらやりとりすることも多いのですが、カルテを自宅に持って帰ることはできません。電子カルテはコスト的にも導入が難しい訪問看護ステーションが多く、紙のカルテが主流だと思います。

私の訪問看護ステーションについて言えば、14人のスタッフが、約60人の主治医、35人ぐらいのケアマネと日常的にやりとりし、120人の在宅患者をケアしています。利用者の平均年齢は81歳。独居と日中独居を合わせると30人ぐらいです。4人に1人は医療依存度が高い医療保険の利用者です。がん末期や循環器疾患の人たちが多いです。

私たちから訪問に行かないという判断はできません。医療依存度が高い利用者は、ヘルパーではお風呂に入れることができず、私たちが医療的な処置のほかに入浴の介助やお通じのお世話、リハビリなども行っています。週1~2日が多いですが、医療依存度の高い方やがん末期になると毎日訪問することも多々あります。

ネットで連絡すればカバーをしてくれる関係性が高い仲間が地域にいるのか

患者を肩代わりしてもらうには医師の指示書が必要

――横浜在宅看護協議会や医師会などで対応を検討されていないのでしょうか。

栗原: 訪問看護は医師の指示書がないと動けません。私たちの利用者を別の訪問看護ステーションにお願いするとき、別の訪問看護ステーションも医師の指示書がなければ動けません。つまり利用者を別なところでお願いする場合、バラバラな主治医ごとに新たな指示書を作ってもらう手続きが必要になります。申し送りだけで、2、3週間お願いできればいいですが、受ける側の訪問看護ステーションも余裕がないでしょうから、厳しい状況が想像されます。こうなると自治体の救急隊にもしわ寄せがいくと思います。

ベッドの上で過ごす時間が長い人たちに滞りなくサービスは届くのか

すでに1週間の休診をするところも出ている

――シミュレーションはされているのでしょうか。

栗原: 横浜市の場合、各区に訪問看護ステーション連絡会というものがあります。パソコンでのメールやLINEのグループでつながっています。情報の共有はLINEかメーリングリストで行っており、助け合ってやっていこうという輪はあります。ネックは指示書の問題です。これがなければ、すぐ別の訪問看護ステーションが行くのは難しい状況です。

――在宅医が2週間外出できなくなることもあります。

栗原: 主治医が動けなくなったらどうバトンタッチするのか、訪問看護ステーションと同じ問題を抱えていると思います。1人だけで在宅医療をやっている医師がたくさんいます。また、その診療所のスタッフも「濃厚接触者」でつながっていきます。

最近、往診してもらっている在宅医の診療所のスタッフに熱と呼吸器症状があり、PCR検査をして陰性だったものの、1週間休みになったらしいのです。もちろん、訪問看護も往診も休診になったという知らせが来ました。

人生の最期に新型コロナウイルスとの闘いがあった

自宅で治療か病院へ搬送か迷う選択

――新型コロナウイルスの場合、急激にウイルスが増殖して悪化していきます。一方、平時でも肺炎になって命を落とす高齢者が多くいます。家族も見分けられるのか不安です。厚労省が推奨してきた最期の医療を家族で事前に話しておく「人生会議」で、自宅での最期を選択している患者の家族はどうすればいいのでしょうか。

栗原: 肺炎といっても、誤嚥性肺炎もあります。高齢者の在宅患者の多くは、家で抗生剤を打って様子を見ていく人たちもおり、すぐ新型コロナウイルスの感染を疑うかというと、その判断は難しいと思います。高齢者は自分の唾液で肺炎を起こすこともあります。家で検査をせず、そのまま在宅でできる範囲の治療をして最期を迎えるという人たちもでてくると思います。

――厚生労働省や自治体に要望はありますか。

栗原: 「緊急事態宣言」が発出されれば、期限付きでもいいので、指示書がなくても情報提供で動けるようにしてほしいと思います。小さな訪問看護ステーションほど衛生材料が逼迫しています。充足できる資源の調査をお願いしたいです。また、迅速診断キットも早く開発してもらえたらと思います。

プロフィール

栗原美穂子(くりはら・みほこ)
看護師、主任介護支援専門員
よりそい看護ケアセンター 代表取締役・管理者
横浜在宅看護協議会会長

栗原美穂子さん=岩崎撮影

お知らせ

インタビュー完全版は、朝日新聞のweb「論座」で読むことができます。(telling,は抜粋版です)

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※東京都の新型コロナウイルス感染症に関するページ

※日本感染症学会―水際対策から感染蔓延期に移行するときの注意点(2月28日)

※新型コロナウイルス感染症対策の基本方針(2020年2月25日)

【編集部注】この記事では、患者が必ずしも肺炎を発症しているわけではないことから「新型肺炎」という表記はせず、「新型コロナウイルスの感染」などの表記をしています。

医療や暮らしを中心に幅広いテーマを生活者の視点から取材。テレビ局ディレクターやweb編集者を経てノマド中。withnewsにも執筆中。

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