専門家がやさしく解説

新型コロナで緊急事態宣言の前に備えておきたい「医療崩壊」へのトラップ

新型コロナウイルスの感染者増加に伴い、緊急事態宣言が出るかどうかに注目が集まっています。一方で東京都の人口を考えると「まだその時期ではない」として、オーバーシュート(爆発的な感染拡大)に向けた備えを急ぐべきだと考える専門家もいます。国立国際医療研究センターの大曲貴夫・国際感染症センター長に聞きました。

救急患者の中に感染者がいるかもしれない

――緊急事態宣言の行方に注目が集まっていますが、大曲さんは今後、新型コロナウイルス以外の病気やけがで救急搬送されてくる患者が感染者と気付くまでに時間がかかり、各地で院内感染が起きかねない状況になりつつあると警鐘を鳴らしています。どういう状況なのでしょうか。

大曲医師(以下、大曲): これは、季節性のインフルエンザでも同じことです。人間は体調を崩したときに転ぶことはよくあるし、頭を打つこともあります。そういうとき、「骨折」という情報で運ばれてくる人もいます。救急で調べてみると発熱していて、さらに調べるとインフルエンザだったということがあります。同じようなことが新型コロナウイルスでも起こります。

――感染拡大が懸念される状況の中で、一般の患者や家族が医療機関にアクセスする際はどのような点に注意したらいいのでしょうか。

大曲: 人が転んだときは「転んで頭を打った」という情報で運び込まれてきます。患者や家族が注意すると言っても気が動転している本人たちには、「熱がある」などの情報を積極的に伝えるのは難しい気がします。「かぜの症状があるからコロナかも」というように考える余裕はないと思います。むしろ医療従事者の方からどうして転んだのか、なんで動けないのか、想像力を巡らせ、新型コロナウイルス感染症の可能性があるかもしれないと考えて対処していく方が安全だと思います。

国立国際医療研究センターは、地域の救急を受け入れるERも併設しています。感染爆発はこのような救急やがん患者の治療などにも影響を与えてしまう可能性があります=岩崎撮影

一般の医療機関が診なければ間に合わない

――大曲さんは、「すでに流行している地域では“突貫工事”で対策が必要です。クラスター(集団感染)はいきなり来ます」という警鐘も出しています。どのような懸念からでしょうか。

大曲: 東京都内には10万床を越える既存の病床があります(編集部注:2019年4月1日現在10万6790床、感染症病床124床、結核病床412床、精神病床21943床)。患者を入院させるスペースはあるわけです。

ただ、実際に患者を診るためには、誰が診るか担当を決めたり、必要な物品をそろえたり、どの病棟を使うのかを決めたり、患者をどうやって病室に運ぶかという動線を定めたり、感染者と接した医療従事者の体調が悪くなったときにどうするのか準備をしたりします。2009年に流行した新型インフルエンザ対策を準用できますが、新型コロナウイルス患者の増加ぶりを考えると、特に東京では各医療機関がすぐに整えないと間に合いません。

新型コロナウイルスとの闘いが国内で始まって3カ月近くになりますが、感染症指定医療機関かどうかで、医療従事者の意識に差があるのではないかと思います。

最近も、「ああいうのは感染症指定医療機関の人たちが診るものでしょ」「なんでうちが診ないといけないの?」というような話がかなりなされていることを知りました。「コロナの患者らしき人がいたら全部送るから。そちらが大変になったらそちらが診ているコロナ患者以外の患者を送ってくれ」というニュアンスの話をされる人もいます。

明らかになってきた新型コロナウイルスの特性を考えれば、どの医療機関も逃れることはできないのですが、そういう病院の準備が間に合うのか大変心配です。

緊急事態宣言でがん治療など一般の高度医療が縮小される恐れ

――国立国際医療研究センターは国際感染症の治療の中心であると同時に、がん治療や救命救急センターなど一般の高度医療も提供しています。緊急事態宣言が出たとき、それらを併存させていくことは可能でしょうか。

大曲: 緊急事態宣言が出ると、一般の高度医療はできなくなっていくと思います。ICUの病床を新型コロナウイルスの患者で埋めていくとなると、日々行われている手術は減らさないといけなくなります。大きな手術をした患者は、術後にICUに入って状態の管理をする必要があり、それが難しくなるからです。各専門外来も、忙しくなれば制限をかけないといけなくなると思います。

通常の医療の中でも、今すぐやらなくてもいい治療は先送りになり、一般診療はだんだん縮小していかざるをえないと思います。自宅で療養可能な人は早く退院してもらうようなこともあるでしょう。そうやって病床を確保することになります。

花見など少しの気の緩みが感染につながってきてしまう

コロナ患者が難民化

――まだ「緊急事態」ではないということですか。

大曲: まだ、その域にはいっていないと思います。いま私たち感染症医療機関が抱える大きな課題は、東京都全体では新規の感染者数が増える傾向なのに、一般の医療機関での患者の受け入れが進んでいないことです。コロナ患者が難民化し、保健所の方々が入院を受け入れてくれそうな医療機関を本当に苦労して探しまくっているという現状です。自宅で入院を待っている患者もいます。

感染爆発になればトリアージされる心構えが必要

――イタリアなどでは感染爆発や医療崩壊が起こると患者数が急激に増えるため、地域によっては医療現場で患者の重症度に基づいて治療の優先度を決定して選別を行うトリアージが行われる事態も起きているようです。

大曲: 国内ではできていません。いざというときは、それぞれの医療現場の従事者が「災害医療」という考え方に立って対応していくことになると思います。災害医療に従事してきた医師たちと相談しながら、現在あるリソースで誰を助けていくのか、冷徹な判断をすることになります。そのような経験やトレーニングが豊富な救急医療の医師たちと一緒に対応していきたいと思います。

――現場ごとの判断になるわけですね。

大曲: たとえば、地域で感染が蔓延したら、病院では人工心肺装置である「エクモ」を使う余力さえなくなるかもしれません。エクモは管理に多くの医師や看護師を必要とします。エクモで患者1人を助けている間に10人が亡くなってしまっては意味がありません。

エクモを使っている患者やエクモが必要な患者は、航空搬送で感染が蔓延していない別の地域の医療機関に運んでエクモで治療をしてもらい、私たちは目の前にいる人工呼吸器の10人の命を救うということに全力を尽くすことになります。あるいは、他の地域から医療者にお手伝いに来て頂く方法もあるかもしれません。

在宅医療・介護から「医療崩壊」が始まる可能性

――日本では在宅医療・介護が急速に広まりました。しかし、患者や家族、医療や介護の従事者の誰かが感染者となると、最悪の場合、訪問看護ステーション全体や診療所全体のスタッフが「濃厚接触者」として自宅で長期間の経過観察になってしまいます。誰がどうカバーしていけばいいのでしょうか。

大曲: ある地域では障害者施設で職員の感染が見つかりました。日本も病院の外に「医療の場」が色々あります。在宅医療や介護の現場にはハイリスクの患者が多くいます。そこで何か起きてくると、急性期医療機関にものすごく大きな負荷がかかることにつながっていきます。いまのところ地域の資源を使って病院でないところで療養している患者が病院に戻るような事態になれば、相当大変なことになるでしょう。

在宅への対策は想像力を張り巡らせて相当重厚に準備する必要があると思います。

(変数部注:このインタビューは4月1日に行われました)

プロフィール

大曲貴夫(おおまがり・のりお)

国立国際医療研究センター・国際感染症センター長、総合感染症科科長
厚生労働省 厚生科学審議会 感染症部会委員
日本感染症学会専門医、インフェクションコントロールドクター

緊急事態宣言の前に遅れがちな医療体制の準備を呼びかける大曲さん=岩崎撮影

お知らせ

インタビュー完全版は、朝日新聞のweb「論座」で読むことができます。(telling,は抜粋版です)

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※東京都の新型コロナウイルス感染症に関するページ

※日本感染症学会―水際対策から感染蔓延期に移行するときの注意点(2月28日)

※新型コロナウイルス感染症対策の基本方針(2020年2月25日

【編集部注】この記事では、患者が必ずしも肺炎を発症しているわけではないことから「新型肺炎」という表記はせず、「新型コロナウイルスの感染」などの表記をしています。

医療や暮らしを中心に幅広いテーマを生活者の視点から取材。テレビ局ディレクターやweb編集者を経てノマド中。withnewsにも執筆中。