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「感染爆発の重大局面」は長期戦――小池都知事会見を読み解く

新型コロナウイルスの感染者が東京都内で急増し、オーバーシュート(感染爆発)を防ぐために小池百合子知事が週末・夜間の外出自粛や在宅ワークを要請しました。これを受け社会の雰囲気は大きく変わりました。25日夜の緊急会見での自粛要請を「事実上の緊急事態宣言」と受け取る人たちもいます。この「感染爆発の重大局面」はいつまで続くのでしょうか。イタリアのような医療崩壊を防ぎながら、どうなったら終息していくのでしょうか。新型インフルエンザで首都東京の対策を指揮した元東京都福祉保健局技監に読み解いてもらいました。

感染者が倍々に増えていくのか? 注視される東京

小池知事が25日夜、都民や都内で働いたり学んだりしている人たちに要請したのは、「換気の悪い密閉空間」、「多くの人の密集する場所」、「近距離での密接した会話」を避けるなど、一人一人が予防行動をとることでした。具体的な自粛要請も多く述べています。

・屋内・屋外を問わずイベント等への参加を控える
・ライブハウスなどについても自粛をお願いする
・少人数でも飲食を伴う集まりはできるだけ控える
・平日でも可能な限り自宅でのリモートワークに切り替える
・夜間の外出は控える
・週末は不要な外出を控える
・帰国者から感染が確認される事例が大変増えているので、帰国後14日間は外出を自粛する
・大学は授業の開始を後ろ倒しにするなど効果のある対策をとる

東京都のサイト。26日現在の東京都内の感染者数の推移

知事が緊急会見で外出自粛を要請するとのニュース速報がインターネットなどで流れると、ドラッグストアやスーパーマーケットに食料品を求める人が押し寄せるという現象が起きました。近隣自治体ではトイレットペーパーの不足は解消しているところもありますが、都内ではまだ在庫切れのところも多いようです。

新型コロナウイルス対策は、新型インフルエンザ対策が大きな参考になります。2002年~2003年にかけて流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)発生時に八王子保健所長、2009年の新型インフルエンザ発生時に東京都福祉保健局技監(医系トップ)として首都東京の医療崩壊を防ぐ対策にあたった桜山豊夫さんに、26日午前にお話を伺いました。

医療崩壊を防ぐためには、医療従事者が働ける環境を整えることも大切です

対策の中心は「医療崩壊を防ぐ」にシフト

――小池知事が25日夜に緊急会見し、「感染爆発の重大局面にある」として自粛要請を出しました。知事のメッセージをどう読み解きますか。

桜山さん(以下、桜山): オーバーシュートを防ぐ、急速な感染拡大を防ぐ、という意味だと思います。そのために、どのような予防対策を取るべきかを具体的に示されました。まず、今回の新型コロナウイルス感染症の特性を見てみましょう。

・症状があまりない時期から感染力を持っている
・若い人を中心に感染者の8割程度は軽症や無症状
・高齢者や基礎疾患を持つ人は重症にもなる
・致死率は、SARSほどではないがさほど低くはない

ここから浮かぶのは、「水際で止める」「完全に封じ込める」ことがかなり難しい疾患であるということです。ただ、その一方で、重症者であっても、医療崩壊が怒らなければかなりの程度、救命されているのも事実です。とすれば、対策の基本は明らかで、医療崩壊を起こさないことに尽きます。

SARSは、新型コロナウイルス感染症に比べて感染力は弱く、重症者が多い疾患でした。これは、ある意味、封じ込めがしやすい疾患だったと思います。残念ながら、新型コロナウイルスは、すでに世界中に広がっています。

ウイルスの特性の一つに、無症状でも感染するということが挙げられます。一般論ですが、最低限3割、だいたい6~7割の人が感染すれば、「集団免疫」が得られ、その後は普通の感染症になっていくでしょう。裏を返せば、それまでは感染者が発生し続けるということです。これからは持続可能な予防行動を取らなければいけません。

渋谷のスクランブル交差点。自粛要請はどこまで効果を発揮するのでしょうか

2月24日、政府の専門家会議は会見で、「1~2週間が山場」としました。感染爆発が起これば、そこが山場になります。つまり、イタリアはいま山場を迎えていると言えます。一方、日本について言えば、感染爆発が起こらなければ、小池知事が言っていた「重大局面」がずっと続いていくことになります。

自粛要請でとりあえず感染爆発を抑えられても、外国から日本に入国してくる人たちはいます。永続的に外国への渡航を止めることはできません。要するに、日本は感染を抑えているがために、なかなか終息に至らないともいえます。とはいえ、感染爆発を抑えなければ、医療崩壊を招いてしまいます。とても難しい局面なのです。

――医療崩壊を防ぐために、いま必要なことは何ですか。

桜山: 最も重要なのは、重症者の入院確保です。新型コロナウイルス感染症は、指定感染症のため、症状が治まってもPCR検査で2回陰性にならないと退院させられません。このフェーズを転換し、入院する感染者は重症者中心にし、無症状や症状が改善した人には自宅待機を求め、保健所が訪問や電話でチェックしていくような態勢への切り替えが必要でしょう。

もう一つは、患者数を増やさずに社会機能を維持することを考えれば、25日夜に小池知事が緊急会見で求めたような、平日の在宅勤務や夜間の外出自粛をいつまでも続けることにも無理があります。結局、小池知事が緊急会見の冒頭で言っていたように、個人衛生の積み重ねで感染を防ぐ、つまり一人一人の努力の積み重ねが大切になります。100%確実な方法はないのです。

新型コロナウイルスは接触感染が多いと推定されるので、手洗いの励行は重要です。流水とせっけんで30秒ほどかけて手洗いをすることをおすすめします。マスクはエビデンスがないとされていますが、みんながマスクを付けていれば、無症状の感染者からの感染リスクを何割か下げることができるでしょう。新規感染者数のグラフの曲線を緩やかにするには、個人衛生を積み重ねるしかないのです。オーバーシュートを防ぐ、急速な感染拡大を防ぐという意味だと思います。そのためにどのような予防対策を取るべきなのかということを示されました。今回の新型コロナウイルスの特性を冷静に判断しなくてはいけません。

流水による手洗いは引き続き重要です

少数での飲食の自粛まで求めた背景とは

――マスクはドラッグストアやスーパーになかなか入荷せず、使い回しをしている人も多くいるのが実情だと思います。

桜山: マスクはリスクの違いによって使い分けが必要です。医療従事者が標準予防でするマスクと、感染症病棟の医療従事者が感染予防に付けるマスクの性能が異なるのは、リスクの違いによるものです。一般の人が医療従事者と同じマスクを付ける必要はありません。医療現場にマスクが行き渡らないという状況は改善しなくてはいけません。一般の人たちは、医療崩壊さえ起きなければ、たとえ重症化したとしても適切な治療を受けられます。そう考えて行動することが大切だと思います。

――在宅医療や在宅介護が浸透し、通院で化学療法をするがん患者や日常的に免疫抑制剤を服用する人がいるなど、SARSや新型インフルエンザが起きたときとは社会の構造も変化してきています。

桜山: 日本でも市中感染が起こっていると思いますが、現段階ではイタリアほどリスクが高い状況ではないと考えます。職場に通勤しても人の出入りが少なければ感染リスクはさほど高くありません。しかし、仕事帰りに人が密集している飲食店でお酒を飲み、翌日、出社すればオフィスの感染リスクは高まります。小池都知事が少数での飲食の自粛を求めたのは、一人一人がそこまで考えて行動しなくてはいけませんという意味合いだと思います。

個人個人の予防への努力の積み重ねで感染爆発を防ぐしかないのでしょうか

これからは持続可能な予防行動にシフトを

――新型コロナウイルスの対策もフェーズによって変わります。これから必要なことは何でしょうか。

桜山: イタリアは医療崩壊を起こすほどの感染拡大をしていますが、集団免疫を獲得していけば急速に収まっていく可能性があります。

日本はいまこそ持続可能な予防行動にシフトしていくべきです。学校を再開すれば、感染者が広がるリスクは休校時より高くなります。すべての社会機能をいつまで止めておけばいいのでしょうか。重大局面は続きますが、予防行動を続けることで感染爆発へのリスクは下がり、その間に有効な治療薬が見つかったり、2年ほど経てば有効なワクチンが開発されたりする可能性があります。

「トイレットペーパー難民」が東京ではいつまで続くのでしょうか

患者個人にとって致死率は0%か100%しかない

――小池知事は若い人へのメッセージも打ち出しました。海外でも若い人たちの感染対策を無視するような行動への批判が強まっています。

桜山: 自分自身が感染しない努力をするということは、結果的に他人にうつさないことにもつながります。個人衛生の積み重ねによって、公衆衛生を守ることです。個人に注目すると、その人にとっては感染していなければ致死率は0%です。しかし、若くても重症化して亡くなる人もいます。その人にとっては致死率100%になります。患者個人にとって致死率は0%か100%しかないのです。それを意識して感染しない努力をしていただきたいものです。

――女性が気をつける点はありますか。

桜山: 妊娠をされている人は、免疫状態が変化します。免疫が弱まる場合もあります。妊娠をされている人が感染すると、薬も使いにくいので人ごみには出ないようにした方がいいと思います。

――今後、子どもが注意する点はあるでしょうか。

桜山: 小児科の医師は広い意味で感染症に慣れています。インフルエンザやノロウイルスなどで受診したときに、クリニックに入る前にインターフォンや電話で指示された別の入り口から入室して個室で待つ経験をした人も多いでしょう。日常の手洗いなどでは、大人が子どもを手助けする必要もあります。

――社会機能を維持する人たちは通常時に近い形で働き続けられる環境が重要だと思います。新型インフルエンザ対策の検討でもそうでした。

桜山: 私が東京都で新型インフルエンザ対策をしたとき、力を入れた施策の一つは、都内の市区町村に学校・保育園・幼稚園を継続的に閉鎖しないようお願いしたことです。看護師や小児医療の現場は女性が多く、保育園が閉鎖されると出勤できなくなり、医療崩壊が起きてしまうためです。当時の石原慎太郎知事にもご理解いただいて市区町村を説得しました。

プロフィール

桜山豊夫(さくらややま・とよお)
東京都結核予防会理事長、医師

インタビューに答える桜山豊夫さん=岩崎撮影

2002~2003年のSARS発生時に八王子保健所長。その後、東京都医療計画部参事、保健政策部参事、健康安全室長を経て、2009年の新型インフルエンザ流行時には医系トップの福祉保健局技監。退官後、東京都児童相談センター所長を経て現職。2011~2017年、公衆衛生学会理事長代行。

おしらせ

インタビュー完全版は、朝日新聞のweb「論座」で読むことができます。(telling,は抜粋版です)

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※東京都の新型コロナウイルス感染症に関するページ

※日本感染症学会―水際対策から感染蔓延期に移行するときの注意点(2月28日)

※新型コロナウイルス感染症対策の基本方針(2020年2月25日)

【編集部注】この記事では、患者が必ずしも肺炎を発症しているわけではないことから「新型肺炎」という表記はせず、「新型コロナウイルスの感染」などの表記をしています。

医療や暮らしを中心に幅広いテーマを生活者の視点から取材。テレビ局ディレクターやweb編集者を経てノマド中。withnewsにも執筆中。