ジェーン・スーさん「30代、女友達と徹底的に会話したことが、今の私をつくった」(中編)
人生後半で悶絶しないための「全力投球」
――結婚や出産をするかどうかや、どんな風に働くか。「この人のようにすればいい」というお手本になる女性像は現代にはないとスーさんはおっしゃっています。ただ、私にはそうしたスーさんのような自立した考えを持つ女性こそがミレニアル世代の“ロールモデル”だと思えてなりません。
ジェーン・スー(以下、スー): 私がロールモデルでいいのか?という感じですが(笑)。
初めての著書『私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな』(ポプラ社)が出てから7年ほどになりますが、あの頃「スーさんがロールモデルです」と言ってくれた人に数年後「あの本を読んで結婚できました!」なんて言われて、「全然ロールモデルじゃないじゃん」って(笑)。
誰かの人生のある一瞬一点、その人と交わることができたことは光栄なことですが、放っておいたって、みんなどんどんその「ロールモデル」とは違う道を歩んでいくようになるんですよ。
――結婚や出産などの環境の違いはあれど、自分の考えを持ち、それを言葉にできて、さらにそれらが多くの人の心を動かし、支え合える友達がいて、ユーモアがあって……。みんなそんな風になりたいと思うのです。
スー: 思い当たるとすれば、仕事にしても、人付き合いにしても、全力投球していこうとは考えています。
24歳の時に母が他界していて、その時できる看病は全部やったつもりでした。それでも、22年経った今も、「わーーー!」って、「あの時、なんでもっと優しくしてあげられなかったんだろう!」と、何かの折に思い出して震え上がることがあるんです。
あんなに全力を尽くしてもこうなる。それならば他のことも「できることは全部やった」状態にしておかないと、人生後半「わーーー!」って言い続けるばかりになるのではないかと思うようになりました。
とりあえず生きていられる、が「ロールモデル」
――全力投球、ものすごいエネルギーが必要そうです。
スー: ただ、私が20代後半ごろまで勘違いしていたのは、「全力投球」とは、相手を詰め、とことん話し合って、全部答え合わせすることだと思ってたところ。
実は全然そうではなく、同じ「詰める」でも相手ではなく、自分がやるべき「ミッションを」詰めておくことなのだと気付きました。答えを出し切らずふわっとさせておくことも時には必要で、今まで自分が使っていた筋肉を“全力を注いで”使わないということも必要だったんですよね。
――なんでも力いっぱい!という全力とはまた違うんですね。
スー: 若い頃はとにかく「朝までやります!」とか「あの分かり合えない人と絶対にわかりあってやる!」とか思っていたんですけど、「今はあえて触れないでおく」みたいな、力の入れどころと抜きどころのコツをつかんでいくことが必要だと思います。
「どれぐらいその人とわかり合いたいか」に敏感に。たとえば仕事上、意思疎通をしておくべき相手だったら懇切丁寧に話をしていくけど、そうじゃない人とすべてのことにおいてわかり合う必要はないと思うので。
でも、今すぐそうなるのはきっと無理ですよね。私もいっぱい失敗しながら、手を抜く感覚を覚えていきました。きっとその前には無駄な全力投球もたくさんあったのかもしれないですね。
――スーさんもそんな時期を経ていたんですね。
スー: 私がお伝えできるのは「こうやったらうまくいく」というライフハックや時短術ではなく、そこそこ失敗してもとりあえず生きてられますよ、ということだけなんです。
結構な失敗をしてきましたけど、まあまあ、死にはしなかったし、性格もひん曲がりはしなかった。そんなサンプルの一つだと思ってもらえるとありがたいですね。
悩んでいる人ほど、動かない
――スーさんのように身軽に自由に生きていらっしゃる方に憧れる一方で、そうなるためには知性をつけなくてはいけないのでは、と、焦りもあります。素敵に生きる権利を手にいれるためには、当たり前だけれど、ものすごい努力が必要なのだと……。
スー: 今はネットがあるから、他人との差が可視化されてしまったり、自分に何が足りていないかにすぐにたどり着けてしまうのかもしれません。
自分はどうしたらいいのか不安に思うこともあると思います。でも、ネットの情報は玉石混交ですからね。あまり振り回されすぎないで。
私が30代の頃にしてきてよかったと思うのは、女友達と徹底的に会話をしたこと。
話をしていると、自分の知らないことを知っている友達が必ずいて、知見を広げてくれる。気になればさらに本を読んだり、もっと深く考えてみたりと、自分の価値観の幅がそこで随分広がりました。
あの頃の仲間たちに出会っていなかったら、全然違っていた、もっと偏った考え方になっていたと思います。
――たとえばどんなことをお話されていたのですか?
スー: かつては「痴漢をされたくないならミニスカートなんて履かなければいい」なんてことを平気で思っていた時期もあったんです。
でもそこで周りの友人たちはそんな無知な私を馬鹿にするでも怒るでもなく、
「主な痴漢被害者が派手な身なりだという根拠は?」「どう考えても痴漢する方が悪い」「好きな服を着るのが悪いこと?」と、私を冷静に諭してくれる。
そうやって話し合うことでだんだんと自分の考えを改めていけたんですよ。
人と話す、わからないことは調べる、それを繰り返す。それだけでも自らの無知への不安は少なからず取り除けると思います。
――少し気持ちが軽くなりました。
スー: 悩んでいる人ほど、動かないで部屋の中で膝を抱えてるんですよ。頭の中に何も新しいことが入ってこないから悩みが解決できないのだと、気づいていない。
外に出て、人と交わる、書物と交わる、ラジオで時事問題のことを噛み砕いている番組を聴いてみてもいいし、新聞を読むでもいい。そういうことをしてみるだけで、がらっと見えるものが変わり、もんもんとした気持ちも晴れてくるのではないでしょうか。
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「ああなりたい!」「こうなれない!」とその場で足踏みをしているだけではなく、まずは会話し、思考することで自分の中にある無根拠な不安を取り除いていきたい。お話を聞いて、私も前を向くことができました。
次回は、日常で出会う無礼な人や、女性を蔑視する人にスーさんがどう対処 しているのかをうかがいます。実は戦う相手はその人自身ではなく……?
後編はこちら:ジェーン・スーさん「社会を変えるには、私みたいなのがしぶとく生き残ることが大事」(後編)
- ジェーン・スーさんのインタビューはこちら
- 前編はこちら:ジェーン・スーさん「自分にご褒美を与えるためには、自尊感情が必要です」(前編)
- 中編はこちら:ジェーン・スーさん「30代、女友達と徹底的に会話したことが、今の私をつくった」(中編)
- 後編はこちら:ジェーン・スーさん「社会を変えるには、私みたいなのがしぶとく生き残ることが大事」(後編)
著者:ジェーン・スー
出版社:朝日新聞出版
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