あの人たちの目に、世界はどんなふうにうつっているのだろう
●本という贅沢54『私がオバさんになったよ』(ジェーン・スー/幻冬舎)
これさえあれば何杯でもご飯食べられる的なアレってあるじゃないですか。たとえば、明太子とか、塩辛とか、ゆかりとか。私の場合は粒胡椒なんですけれど、なんか、そんな本でした。この本。
8人の妙齢の男女とジェーン・スーさんの対談が収録されているんですけれど、対談1本で、最低でも1週間はご飯食べられる。つまり、この対談の内容について考えるだけで1週間は生きていけるほどのハイカロリーで美味しい一冊でした。
隅から隅まで思考を促してくれるタネだらけ、しかも全部違うテーマにてそれぞれ深く。こんな対談本、いままで出会ったこと、なかった気がします。
光浦靖子さんとの対談を読んだ週は、最初職業としてのブスについてと、当事者じゃない人が当事者をすっ飛ばして議論することのあやうさについて、ずっと考えていた。水曜日くらいに、ブスという言葉がこの世からなくなる確率について考え、木曜日には面白いことを言うことと面白いと感じたことを言うことの違いについて考え、週末は若手とかお局とかいう“雑な主語”について考えていた。
中野信子さんとの対談は、初読ではうまく頭に入ってこなくて、都合3回読んだ。脳の仕組みとよく生きることについて書かれているのだけれど、お二人とも日頃から深く思考していることについて豪速球でキャッチボールしているので、使われている言葉は簡単なのにハイコンテクストすぎて意味がとれない。
中野さんの過去の著書を読み返したりして、少しずつ言葉の輪郭が浮かんでくるようになってきて、やっと思考のスタートラインにたったのが、次の週末。遊びをせんとや生まれけむ。3度目に読んだときに、突然ぱーっと視界がひらけたようになって、AI時代の“人間ならでは”の生き方について考えた。
田中俊之さんの「男性学」については、まさに私にとってホットな話題で……。ちょうど「嫁よりも稼げない俺」についてことのほか病んでる友人の夫の話を聞いたばかりだったの、私。3歳までは母親がつきっきりで子どもを育てるべきという「3歳児神話」の裏にあるのは、父親は生涯稼ぎ続けるべきという「大黒柱神話」だという話が、人ごととは思えず、すぐに友人にこの本を薦める。
男性の“ヒモ”にあたる言葉が女性にはないという話も面白かった。男性の課題は女性の課題だし、コインの裏表だし、そもそもコインの裏と表にせず、男女の問題を考えることはできないんだっけ? みたいなことを、この一週間は考えてきた。
つくづくと思うのは、「いっぱい、考えている人」の思考を、ちゅーっと一度自分の細胞に取り入れて脳の末端や指先や毛先まで流してみて、自分の脳や体がどう反応するかを確認する作業ほど面白いものはないなあ、ということ。
血管がぶわっと膨張する感じ。久しぶりに、にわかに読みこなせない本に出会えて幸せです。
というわけで、まだ5人分、考えが及んでいないので、少なくてもあと5週間はこの本を味わいつくそうと思っています。幸せすぎる。
全パート1回ずつ読書会したいきもち。読んだ人、声かけてください。
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ジェーン・スーさんの本はすべて拝読しているのですが、この本を読んでからの、『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』(幻冬舎文庫)の再読が面白いかもと思っております。
そしてこの本にも出られている酒井順子さんの『負け犬の遠吠え』(講談社文庫)を読み逃していることに気づきました。タイトルだけで今までひよっていたのだけれど、この本の中のジェーン・スーさんの評に、これは読まねば、と思いました。
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それではまた来週水曜日に。