telling,の取材に応じたエッセイストの犬山紙子さん

憧れバトン

犬山紙子さん「“無知”が自分に呪いをかける」もやもやから脱却して自分なりの幸せを見つける方法

容姿に恵まれながらも残念な恋愛に陥りがちな友人たちのエピソードをまとめた『負け美女』の著者でコラムニストの犬山紙子さん。書籍の発売から8年、現在は自らのnoteやSNSなどで「あの頃の自分の考えには間違った部分もあった」と綴ることも。 「こうあるべき」の呪いにかかっていたという20代から30代前半、どのようにそこから抜け出したのか、お話をうかがいました。

●憧れバトン05-02

――2011年に出版された『負け美女』が注目を浴びた犬山さん。当時ちょうど30歳前後の年齢で綴っていた過去のご自身の文章について、近年、noteやブログ内で訂正したり反省したりされることがありますよね。

犬山紙子(以下、犬山): デビュー当時の自分は悪気があって「あの子は美女“なのに”」というテーマを取り扱っていたわけではなく、それが正しいと思って書いていました。ただ、世間に出てたくさんの人に出会い、たくさんの本を読んでいくうちに、いかに自分が未熟だったかに気づきました。
美女だとかそうでないとか、人を見た目でジャッジするいわゆる「ルッキズム」の呪縛から自分自身を解放することを意識しています。
未熟な中で発表した作品の中にもちろん光るものもあっただろうし宝物のような思い出もたくさんあるのですが、「これは誰かを傷つける表現だったんじゃないか?」と思うものもでてきました。

――ある種の自分の“間違い”を、堂々と後から訂正することは勇気がいると思います。

犬山: 誰しも「過去のあれ、間違ってたんじゃないかな?」っていうこと、あると思うんです。ただ、私の場合は文章として残る活動をしている。そうであれば、ちゃんと反省して表明しないと読者の方に対して誠実じゃないなと。
今考えていることを作品として発表して、「お前それ、昔言ってたことと違うだろう」とつじつまが合わなくなってしまわないように。
あとは子どもが読んで「お母さん、なにこれ」って言った時に、「実は反省をしていて」って話しができるようになっておきたいなと思ったんです。

telling,の取材に応じたエッセイストの犬山紙子さん

――時間を経て、考えや書くものに変化が訪れた犬山さん。現在のコラムからは霧が晴れたようなすがすがしさを感じることもあります。『負け美女』発表当時のような「もやもやした期間」をどのように脱したのでしょうか。

犬山: まさにこの取材のテーマがそうなのかもしれないんですけど「憧れの人に会うこと」が私に与えてくれた影響は大きいと思います。
尊敬している方々と話すことの良さって、自分の中の自由度がぐんと上がるところ。かっこいいなと思う方々のように生きてみてもいいかもって思えます。自分の中にある保守的な檻の鍵を憧れの人たちがどんどん開けていってくれるんです。

読者の中には「もう30歳なんだから」とか「女なんだから」と、いまだに言われてしまう人もいるかもしれないけれど、知性をつければ、年齢を重ねることが「自由になること」だとわかります。他人からの心ない言葉に根拠なんてないことにも気づける。そうすると憑き物もおちていくんじゃないでしょうか。

――ものを知らないということが自分を傷つきやすくさせてしまうことがありますよね。

犬山: 呪いって、無知だから内面化してしまうことは多いと思います。知らないから「こうあるべき」にとらわれてしまう。何に傷ついているのかもわからなくて、モヤモヤが溜まるだけの日々。わからないから対処もできない。
過去の私は無知だったし、それゆえ呪いにかかっていました。“女とはこうあるべき”とか、“恋愛ってこうだ!”とか。
そういう決めつけは、本を読んだりいろんな人と話していくことでなくなっていきました。友達とお互い寄り添い合うことを覚え、変わりました。

――ブログや連載コラムなどで、尊敬できる女友達をたくさん紹介していますが、どうすればそのような仲間に出会えますか?

犬山: 実は20代前半、心から自分のしたい話ができる女友達がいなかったんです。彼氏よりも、信頼しあえる女友達がほしいとずっと思っていました。友達に求める要素すべてを、男性に求めてばかりでした。

telling,の取材に応じたエッセイストの犬山紙子さん

――女友達を作れなかった自分を振り返ってどう思われますか?

犬山: 自分が全然心を開いていなかったので、当たり前だったんですよね。自分の本当の趣味やオタクであることも人に言えずにいた。そういうことを言うもんじゃないって思っていたのかもしれません。

――どのように考えていたのでしょうか。

犬山: これは世代の問題なのかは定かではありませんが、私は20代の頃「女子会=『SEX AND THE CITY』のうわずみみたいな会話をしなくてはならない」と勝手に思っていました。SATCの芯である支え合う姿の部分というより、あけすけだったり、毒っ気があればあるほど良い、ズバズバ相手のダメなところを指摘してこそ友人みたいな。
でも、私が女友達に求めていたのは実はそれではなかった。それなのに「そうあるべきだ、そうでなきゃ親友じゃない」と自分で勝手に窮屈に思っていたのです。
本当はいろいろなテーマで議論を交わしたり、お互いの幼少期の話や、時には政治の話だってしたかった。そういう会話のできる相手がほしかった。
でも自分でそういう話から遠ざけていた。

――考えが変わったきっかけは何だったのでしょうか。

犬山: 『負け美女』ブログを書き始めた当時、すごく孤独で辛かったんです。その時初めて友人にその辛さを吐き出すことができて、同時に友人たちの辛さを知ることもできました。
それを機に「友達に本当の気持ちを話しても良いんだ」とわかってきました。

――深い話=下ネタや彼氏の話では全然なかったと。

犬山: 自分の考えてることや疑問に思っていることについて意見を交換するようになってからは友達をどんどん大好きになっていって、尊敬しあえる関係も構築できて、老後も楽しいだろうなって(笑)。

今は、読んだ本の感想をシェアしあえたりすることが本当に楽しいです。
それってすごく幸せなことですよね。
長年連れ添った友達ばかりではなく、ここ1、2年ですごく濃厚な関係になった友人もたくさんいるんですよ。大好きなハロプロやBL作品について語り合ったり、趣味のボードゲームを一緒にやったり。友達って一生でき続けるものなんだなって感じています。30代後半になっても、こんな嬉しい出会いがあるんだなぁって思うことばかり。そういう人たちの存在が自分を自由にしてくれるんです。

現在肩書き無し。30歳の夏、港区での彼氏との同棲を解消、同時に8年マネージャーとして勤務した芸能事務所を退社する。ライター業ではお笑いやサブカルチャーに関するコラムをwebサイトに寄稿など。
写真家。1991年、東京都生まれ。お酒とアニメと女の子をこの上なく愛している。 多摩美術大学卒後、作品制作をしながらも、フリーランスフォトグラファーとして、幅広く活動。 被写体の魅力を引き出すポートレートを得意とし、アーティスト写真や、様々なメディアでインタビュー撮影などをしている。
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