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「自分にしかできないことを考える。自分以外の人には、逆立ちしても、なれないのだから」株式会社東横イン 代表執行役社長/黒田麻衣子

日本のみならず海外にも進出し、現在は310店舗を展開する「東横INN」。女性支配人の割合はなんと97%です。黒田麻衣子さんは、この誰もが知るビジネスホテルを運営する株式会社東横インの代表執行役社長です。そんな黒田さんは、父親の会社のピンチを救うために、専業主婦から突然副社長になったという経歴の持ち主。「日本一女性が働きがいのある職場」を目標にまい進する黒田さんにお話をうかがいました。

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父への反発が強かった幼少期。将来の夢は「先生」

物心がついた頃から、将来の夢を聞かれたときは「先生かお嫁さん」と答えていました。というのも父親が嫌いだったんです(笑)。父が電話で従業員を怒鳴るのをよく見ていましたし、イライラを家に持ち込むことなんてしょっちゅう。そんな父の姿を見ていたので、父の仕事をまっとうな商売とは思えず、「まっとうな道といえば先生でしょう」と考えたのです。

しかし大学院で学びながら非常勤講師として学校に勤めたものの、かわいいと思う生徒をひいきしてしまいそうになる自分に気づいたんです。当時は「先生とはみんなを平等に愛する聖人であるべき」と考えていたので、自分はダメだと思いました。とはいえ、修士論文を書くのに忙しく、就職活動もままならない…。結局、父の会社である東横インに就職しました。入社の段階で婚約していたので、「子どもが生まれるまで」という腰かけ気分でした。仕事は楽しかったのですが、妊娠を機に予定通り退社し、専業主婦になりました。

業績不振に苦しむ会社に副社長として復帰

私が出産した2003年は、ちょうど専業主婦の数と働くママの数が逆転した頃。私の友だちも専業主婦と働くママが半分ずつくらいで、私も「いつか仕事はしたいな」と考えていました。そんな悠長なことを考えていた2008年、人生が急展開しました。不祥事の責任を取って父が代表を下りることになり、その後、私は思わず「やらせてください」と申し出ました。不祥事とリーマンショック後の不景気で、東横インは創業以来最大の苦境に追い込まれたのです。

そもそも数年しかいなかった会社ですし、父から経営について教わったこともありません。昔からいる役員の方に教わろうとしても、皆さん経験したことのない事態を前に唖然としていました。私自身も、何かを大きく変えなくてはいけないと思うものの、何をどう変えればいいのか分からない。今思えば冷静さを失っていたと思います。

でも、現場はそれ以上にパニックだったと思います。当時は直接耳に入ることはありませんでしたが、当時は支配人で、現在は本社で役員に就いている方から「“なんだこの小娘は“と思っていた」と教えてもらったことがありますから(笑)。ただワンマン経営者である父と直接話ができるのは私だけだったので、現場と父との橋渡しをするなかで仕事を覚えていきました。

どん底状態は2011年くらいまで続きました。人員削減をはじめ、いろいろと取り組みましたが、状況はなかなか好転しませんでした。そんなある日、ふと見回すと、現場が疲弊していることに気づいたんです。当たり前ですよね。人手が足りていないのですから。このとき、このままではダメだ、人を大切にする会社にしようと決意しました。父からはいつも「答えは現場にある」と言われていましたから、支配人一人ひとりと面談をすることに決めたのです。

回復のきっかけになったのは「現場の声」

私は支配人たちに元気がないと感じていました。東横インの支配人は97%が女性ですが、これは創業当初からの方針です。私が出産前に働いていた頃は、支配人は憧れの存在で、みんなキラキラしていたんです。それなのに当時の支配人たちはみんな下を向いてしまっていました。
そもそも「各ホテルのかじとりは支配人に任せる」というのは父が始めたこと。支配人との話し合いを通じて、「一棟任せられている」という責任が働きがいにつながっていることがよく分かりました。そして支配人に元気がないのは、業績不振以外に理由はないと分かりました。この頃、父の正しさに気づくことも多かったです。会社の基本方針は何ひとつ変える必要はないと思いました。

「日本一、女性が働きがいのある職場を目指す」というビジョンを掲げてからは、いっそう現場の声に耳を傾けるように努めました。フロントの人数を元に戻したり、宿泊料金を下げたりしたのも、その一環です。折りしも東日本大震災の復興需要もあり、徐々に稼働率に回復の兆しが見え始め、2012年には初めて経常利益が100億円を突破。2015年のゴールデンウイークには当時の全店全客室48,831室を一晩で満室にしたとして、ギネスに認定されました。

創業者にはなれないことを自覚しよう

当時をふり返って思うことなのですが、子どもがすでに大きかったからできたというのはありますね。もしあの時小さい子どもを抱えていたら、正直言って厳しかったと思います。ずいぶん前なのですが、仕事で連日遅くなってしまったときに「ごめんね」と言うと、娘が「お母ちゃま、仕事楽しいんでしょ?」と言ってくれたことがありました。その言葉はその後もずっと、私の力になりました。ただ、裏を返せばこれは弱みでもありまして、若い時の仕事経験が少ないので、ビジネスソフトが得意ではありません(笑)。

私は起業したわけではないので、女性経営者へのメッセージなんておこがましくてできないのですが、私のように事業を承継した方に送るとすると、「創業者にはなれないことを自覚しよう」という言葉でしょうか。私は父には逆立ちしてもかなわないと思っているのですが、同時に、私にしかできないことはあるはずだとも思っています。創業者を超えようとしても無理。その時間と労力は、自分にできることは何かを考えることにまわしましょう。

●黒田 麻衣子さんプロフィール
立教大学大学院で19世紀のドイツ史を専攻。2002年東横イン入社。出産・育児のため退社後、08年に副社長として復帰し、12年に社長就任。東横イン創業者である西田憲正氏の長女。東横インは1986年の創業以来、支配人には女性を登用。女性の感性を活かしたホテル運営をしてきた。前職は問わず、妻であり母である‘業界未経験の’30代後半~40代後半の女性を積極的に採用している。社長ヴィジョンとして「日本一女性が働きがいのある職場を目指して」を掲げている。東横インは2015年5月2日~3日に全店全室(日本243店舗と韓国6店舗で48,831室)を満室にしたとして、ギネス世界記録に認定された。日本国内285店舗、海外6カ国16店舗の合計301店舗で、総客室64,795室は国内最大級である(2019年8月末日現在)。

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