劇作家の根本宗子さん

根本宗子さん「車椅子になったことで、腐っていたら。そんなイメージの女性を描いています」

12月13日から新国立劇場で初日を迎える舞台「今、出来る、精一杯。」。思春期の怪我によって車椅子生活を余儀なくされた女性とヒモの彼氏、そして彼女たちをとりまく登場人物たちの様々な愛や死を描いた作品です。 脚本、演出をつとめるのは、月刊「根本宗子」主宰、劇作家の根本宗子さん(30)。体育祭でのケガがきっかけで患った「外傷性大腿骨頭(だいたいこっとう)壊死症」のこと、劇団10周年の今思うことなどについてお話してくれました。

故・十八代目中村勘三郎さんに委ねた決断

不慮の事故によって患った「外傷性大腿骨頭壊死症」。大腿骨頭の壊死を止めるためのいくつかの手術のうち、どれを選ぶかを決めきれずにいた母と私。
「再びスキーができようになるかもしれないけれどリスクを伴う手術」と「歩ける可能性がより高い手術」のどちらを選ぶのか、最後の大事な決断を、家族のように心配してくれていた中村勘三郎さんのコイントスに委ねた……。
重大な決断をある種の「あそび」で決めたようなものなわけですが、その時の勘三郎さんは、私たち以上に真剣にコインに願いを込めていたように見えました。とても「あそび」だとは思えなかった。その姿が心強い後押しになりました。

telling,の取材に答える根本宗子さん

この芝居を車椅子の方が観たらどう思うだろう

19歳で劇団を立ち上げて10年。ずっと芝居を作ることでいっぱいいっぱいだったけれど、演劇を観に来るか来ないかは別として、病気の話を積極的にしていくことで、こんなことをやっている人がいる、というのを知ってもらうのも大事かなと思う時期になってきました。

車椅子の女性が登場する本作「今、出来る、精一杯。」の脚本を書いた23歳当時は、自分の思いを書くことに夢中でしたが、3度目の上演をできることになって、だいぶ作品を俯瞰して見られるようになったと思います。
同じような境遇の方に観てほしいなぁとか、車椅子の方が観たらどう思うんだろうと考えながら演出をしています。

ただ、「こういう気持ちになってほしい」みたいな明確なものはありません。自分が想像もしていない部分に客席の誰かが救われているというのも面白さだと思いますし、あまり「感動させたい」みたいな計算をして作らないようにはしています。

作品に登場する車椅子の女性は、性格的にいやな部分も持っています。「私が事故に遭ったあと、腐っていったらああいう風になっただろうな」という姿をイメージして書きました。

私が腐らずいられたのは様々な人の助けや言葉や協力がありました。
そして、勘三郎さんのように、いくらだってその場にあぐらをかいていてもいい立場にいながら、全くあぐらをかかず、常に新しい演劇や歌舞伎を作ろうとしているような方が身近にいたことはかなり幸運だったと思います。
怪我をして、歩けなくなるかもしれないという状況で何もしないでいるのが良いことではない、「今、自分が何をやりたいのか」をしっかり考えなくてはいけないし、腐っている時間はもったいないと思えました。

ある時、病院で勘三郎さんを見かけたご老人たちが手を合わせて拝んでいたんです(笑)。まるで仏様。会えただけで元気がでると思わせる人。一人一人と握手して「ありがとう」ってフラットに接している姿を見た時に、いまだに努力をおこたらない姿勢に強く心を打たれました。

自分が生きやすいから、手術をした

骨折直後の手術があまりにも大変で、実は二度目の手術をすること自体、とても迷いがありました。「もうこのまま車椅子でもいい……」そう思わせるぐらい、つらいものだったんです。
それでも手術を決断したのは「自分が生きやすい方を選んだ」という感覚がどこかにあります。車椅子生活は、どうしたって物理的にも精神的にも生きづらいわけで。寒かったら足は痛むし、雨だったら移動だけでも大変だし。そんな中で、なるべく楽しくいられる方を選んでいくと、今のところに行き着いた、という感じはあります。

telling,の取材に応じた根本宗子さん

命に関わる病気ではないけれど、歩けなくなるというのは生活する上ですごく大きいこと。手術を決断しなくてはいけない人がたくさんいる病気です。
「手術をした方がいいか、しないほうがいいか」どちらが良いなんて私には言えません。私自身どちらが良かったのか、一生を生きてみないと答えはわからないから。ただ、手術をして、復活して、演劇と出会って、その道に進んだ人間が、10年こうやってキャリアを積んで、芝居をやっているということを知ってもらえたら、大袈裟かもしれないけど同じ病気の方の救いになるかもしれないとは思っています。当時の自分が今の私を見たら勇気もらったかもなという方が言葉が正しいかもしれませんが。

今回、音楽劇として生まれ変わるにあたり、初演、再演に比べて「車椅子の人の暮らし」の見せ方をかなり変えています。今までは「車椅子の女の子という役がある」という感じだったのですが、もう少し目線を変えて、車椅子の人が日常生活を送るとはどういうことなのかをただただ見せるシーンを作りました。
これを成立させるには、音楽監督もつとめてくださっている清竜人さんの曲の力もかなり大事。竜人さんの音楽があるから、そのシーンを生むことができました。ぜひ劇場で観ていただきたいです。

車椅子での日常生活って当たり前ですが、本当に大変です。手すりの少なさ、もっとリアルなところで言うと、手すりの“冷たさ”ですね。公共機関などの手すりが、日本は金属製なんです。あれが本当に冷たくて、冬場なんてつかまっていられないぐらい。
この金属製の手すりを温かい素材に変えていきたい。劇作家としてまだまだやりたいことややるべきことがあるのですが、これも目標のひとつですね。

演劇をやり続けながら、これからも「私にとって生きやすい方」の道を切り拓き続けていきたいです。

●根本宗子(ねもとしゅうこ)さんプロフィール
1989年生まれ、東京都出身。ラジオが大好きな劇作家。2009年の劇団旗揚げ以来、全公演の作・演出を担当。2016年に第60回、2018年に第63回岸田國士戯曲賞最終候補に選出。近年の主な作品に【舞台】『プレイハウス』(作・演出)、別冊「根本宗子」『墓場、女子高生』(演出・出演)がある。
今年の4月までは夢だったオールナイトニッポンゼロの月曜日パーソナリティーを務めていた。

telling,読者のみなさまへ

12/1に公開したこの記事の本文で、「国指定の難病『大腿骨頭(だいたいこっとう)壊死症』」としていたのは誤りでした。
根本宗子さんが中学生の頃の骨折をきっかけに罹患したのは「外傷性大腿骨頭壊死症」で、国が難病指定している「特発性大腿骨頭壊死症」とは異なります。
記事の誤りを修正し、再度公開いたします。

根本さん、関係者の方々、また読者のみなさまへご迷惑をおかけしましたことをおわび申し上げます。

今後はさらにチェック体制を徹底してまいります。

 telling,編集部一同

現在肩書き無し。30歳の夏、港区での彼氏との同棲を解消、同時に8年マネージャーとして勤務した芸能事務所を退社する。ライター業ではお笑いやサブカルチャーに関するコラムをwebサイトに寄稿など。
1990年生まれ、埼玉県出身、東京都在住。 フリーランスフォトグラファー・デザイナーとして雑誌、広告、カタログ、アーティスト写真など幅広く活動。
好きを仕事に