漫画家の鳥飼茜さん
「寂しい」は「恥ずかしい」じゃない

鳥飼茜さん「“失った若さ”に対して感じるのは“寂しさ”ではなく“侘び寂び”」

小学館『週刊ビックコミックスピリッツ』にて「サターンリターン 」を連載中の漫画家・鳥飼茜さん。社会問題や女性の抱える鬱屈とした感情を作品にし、話題を呼んでいます。プライベートでは2018年に同じく漫画家の浅野いにおさんと再婚するも、浅野さんの希望で別居婚をしています。インタビュー後編は、「若さ」問題に対する素直な気持ちを語ってくださいました。

●「寂しい」は「恥ずかしい」じゃない

人間の出来として、30歳すぎになってくると何かしらの不安を抱えるようにできている

――引き続き「寂しさ」についてのお話と、連載中の漫画についても伺いたいと思います。

鳥飼茜(以下、鳥飼): この『「寂しい」は「恥ずかしい」じゃない』って、良い企画ですよね、開き直っていて。

――世間では10代20代前半のyoutuberやインフルエンサーなどの若い子たちがとにかく底抜けに明るいキャラクターで注目を浴びています。それなのに30代の自分がまだ「寂しい……」などとグジグジ悩んでるのか、と、さらに気持ちを暗くさせることもある。そんな感情を受け入れてみよう、という企画趣旨です。

鳥飼: 「若い子」ってどういう子たちのことを言うんだろう。視野が狭まってそこにこだわって勝手に苦しくなっているだけの可能性もありますが。
たしかに20歳前後の世代の人とたまに会うと「合理的」で「頭がいい」と感じはしますね。
考えてもしょうがないことに手を出さない。最初から多くを求めない。だから「寂しい」とか「孤独」にいちいち時間を割かないでいる印象があります。

漫画家の鳥飼茜さん

――「寂しい」という感情を、無駄だと切り捨てることができる人が増えてきているということでしょうか。

鳥飼: どうでしょうね、SNSや情勢によって時代が変化したとも言えるけど、単純な「年齢による差」という気もします。人間の出来として、30歳すぎになってくるとみんな何かしらの不安を抱えるようにできていると私は思います。
だって、自分の20歳前後を振り返ると、正直「無敵だ」って思っていたような気もするので(笑)。

先日、大勢の飲み会に一人、とびきり若い女の子がいて。キラキラしていておもしろい子で、良い気持ちで帰ってもらいたいなって思って、「あなたすごく良いね」とか、意識的にずっと言っていたんです。
でもその時にふと「あぁ、若い時はわたしが“そっち”だったな」って気持ちが降ってきて。

――輪の中心にいたのは自分だった頃がたしかにあったと

鳥飼: 当時自分の周りにいた大人たちが、悪意や甘やかしじゃなく、良さを伸ばしていって欲しいからスポットライトを当ててくれていたということに嘘はないはずで。でも、それだけ周りが自分に気を遣ってくれていたんだということに、その頃は気づかなかったんですよね。
「私がおもしろくて魅力的だからだ」と疑いなく思っていました(笑)。でも、それはその歳だからこその魅力があったのだろうし、若さゆえに得られた栄光だったんだよなぁって。

――そういう状況の何が、私たち年上世代の心をチクリとさせるのだと思いますか。

鳥飼: 単純に「相手にされなくて孤独」みたいなこととは違って、精神的に遠い場所からその光景を眺めていると、なんだか「風流」みたいな感情さえ湧いていたんです。悔しさとかひがみを越えて、「侘び寂び(わびさび)」を感じているような。
「若い子が憎いなんて思ったらおしまいだ」って、頭ではわかってるんですけどね。全然自分の気持ち、処理しきれていないです。あの日会った彼女が持っていたきらめきは、もう自分にはないんだということを否が応でも痛感します。

――若さと引き換えに得たものもあるはずですが、それでも割り切ることはできないのでしょうか。

鳥飼: むしろ、だからこその「侘び寂び」なんですよね。
老いって、怖いです。鏡を見るのが本当に嫌になるんですよ。「あれ?ちょっと自分のこと好きかも、みたいな時期、前はあったよね?どうしちゃった?」って。胸もげっそりしていくし、自信は奪われ続ける一方で。
でもじゃあ、「あの頃の、飲み会の主役だった私」に戻りたいかと言われると全くそうではないんです。それはそれで、中心にいたことを心から楽しんでいたわけじゃなかったように思うんですよ。
楽しくて楽しくて戻りたいというわけじゃないのに、もう二度と得られないとわかると、それを強く意識してしまう。
「あったものが、失くなる」、喪失に対する寂しさはあるかもしれません。

漫画家の鳥飼茜さん

失ったものと、それでも続いている現在の両面を描く

――現在「スピリッツ」で連載中の漫画『サターンリターン 』。主人公の理津子はかつて名作を生み出した小説家ながら現在は“書けない”日々の中で悶々としています。そんな折、若い頃にもっとも心を許した男友達アオイの訃報を受け、彼の人生を振り返ることで物語が動き出します。友人の死というのも、まさに喪失と言えますよね。

鳥飼: こうしたテーマを題材に選んだのは、まずは単に「死ぬ」ということが怖いというのが心にあったからです。
かつて、自分は若くてなんでもできると思っていた頃に、同世代なのに人生に希望を持っていない知人がいたんです。「いずれはあなたの人生にも楽しい瞬間がくるよ」って思っていたんですけど、後に彼は自死という道を選びました。

私は今38歳。40代を目前に、何を本気で書けるだろうと思った時に、それこそ20年前には自分が持っていた「キラキラと無敵な部分」と、失ったもの、失った上でも続いていかざるを得ない現状の生活、この両面を同時に描きたいと思いました。

――今作品のストーリーはそうした過去の出来事がベースになっているということですが、主人公・理津子のキャラクターも鳥飼さんに寄せている部分はあるのでしょうか

鳥飼: 私の場合は「キャラクターは全員私の子どもです」みたいな考え方ではないんです。単に「この人はこういうことを言いそうだ」と描いていく。でもそれって私自身の考えと必ずしも一致していないこともあるので、読んでいる方がどこまでついてきてくれるのか不安でもあります。
今は共感の世の中だから、「この主人公の考え、わかんないからムリ!」と拒絶されたら終わりだろうと。
「おもしろい」と言ってもらっても、それはあなたの読解力が高いからだよって思ってしまうこともあるんです(笑)。

笑顔を見せる漫画家の鳥飼茜さん

――作品の中では、不倫の末の略奪婚や、子どもを作るためだけにセックスをする夫婦を描いたりと、「友人の死」というセンセーショナルなテーマとともに、一見幸せそうに見える人々が密かに抱える問題もちりばめられています。

鳥飼: キャラクターが大きく動くような展開を意識してはいますね。そんな中で、主人公の理津子のことは、描きながら私自身嫌いになったり好きになったりしてる感じ。
まだ連載中なのでこの先どうなっていくかわかりませんが。
私、もともとホラー漫画を描きたかったんです。なので人をびっくりさせたいというか、揺さぶりたいという気持ちが根底にあるんだと思います。

――激しいストーリー展開と、繊細な心理描写。そのぐらつきは読んでいて「寂しさへの荒療治」をされている感覚があります。『サターンリターン 』単行本2巻は2019年11月29日発売です。

●鳥飼茜(とりかい あかね)さんプロフィール
大阪府出身。2004年に「別冊少女フレンドDXジュリエット」でデビュー。
『おんなのいえ』や『先生の白い噓』など社会における女性の在り方に問題提起した作品で話題を呼ぶ。また、2018年に漫画家の浅野いにおさんと再婚。結婚や子育て、仕事の悩みを赤裸々に綴った日記をおさめた『漫画みたいな恋ください』を発売するなど執筆業でも活躍している。現在『週刊ビックコミックスピリッツ』にてサターンリターンを連載中。

大学卒業後、芸能事務所のマネージャーとして俳優・アイドル・漫画家や作家などのマネージメントを行う。その後、未経験からフリーライターの道へ。
写真家。1991年、東京都生まれ。お酒とアニメと女の子をこの上なく愛している。 多摩美術大学卒後、作品制作をしながらも、フリーランスフォトグラファーとして、幅広く活動。 被写体の魅力を引き出すポートレートを得意とし、アーティスト写真や、様々なメディアでインタビュー撮影などをしている。
「寂しい」は「恥ずかしい」じゃない