行こうぜ!性別の向こうへ

ライムスター宇多丸「かっこよければ男も女も関係ないのがヒップホップ」

「行こうぜ!性別の向こうへ」の企画を考えている時に、「歌詞の中で女性がディスられがちなヒップホップの世界はどうなんだろう?」と思った。そんな時、私の頭に思い浮かんだのは、日本語ラップの先駆けとも言えるグループ「ライムスター」の宇多丸さん。私は宇多丸さんがMCをしているラジオをよく聞いていて、特に鋭い映画評にはいつも勉強させてもらっていた。映画評やラジオMCとしての発言の中ではフェミニズムに理解が深い発言を繰り返しつつも、ヒップホップの表現で第一線を走り続ける宇多丸さんは、女性の立場や権利についてどう考えているんだろうと思い、お話を聞いてみることにしました。

●行こうぜ!性別の向こうへ

ヒップホップの世界も変化が起きている

――ヒップホップの世界は、女性蔑視のイメージがあるんですが、実態はどうなのでしょうか?

宇多丸さん(以下、宇多丸): おっしゃるようなヒップホップのマチズモ(男性優位主義)的な側面は、要は乱暴な環境にいる道端のあんちゃんたちが、その中で生き残るためにはナメられちゃいけない、だからより男らしさを誇示する、というような話ですよね。ただ、そういうストリートの世界では、女性も負けず劣らず強い、という側面もある。

たとえば、1984年に14歳でデビューしたロクサーヌ・シャンテという女性ラッパーがいますが、彼女は若くして圧倒的なラップのスキルで周囲の強面の男たちを黙らせていたし、その後も実力と人気を兼ね備えたフィーメイル・ラッパーというのはたくさん登場しています。今は特に、女性ラッパーが脚光を浴びる時代になってきてますね。
なので、確かにマッチョな世界ではあるんですけど、「かっこよくさえあれば、男も女も関係なく評価される」というヒップホップならではの美点もある、ということはお伝えしておきたいところです。

――そうだったんですね!1984年からそんな動きが。特に近年で変わってきていることはありますか?

宇多丸: フランク・オーシャンという人気ヒップホップ・シンガーがいるのですが、彼は2012年に自身の初恋の相手が男性だったというカミングアウトをしました。
そこから、ヒップホップの世界では根強かった「ホモフォビア(同性愛嫌悪)」から、ついに脱却しようという流れも出てきました。

かつては、生き残るために悪ぶらないといけなかった

――昔は差別がかっこいいという世界だったのでしょうか?

宇多丸: いや、もちろん差別がかっこいいというわけではなく、「こんな乱暴な俺かっこいい」という感じですね。「男らしさを誇示しなきゃ、自分がやられてしまう」という世界の中で、どうにか生き延びるために、悪ぶっていかざるをえない、という面もある。まさにそのあたりの機微をずばり描いたのが、映画『ムーンライト』でした。

あとは、リスナーの共感を得るために、社会の歪みをあえてダイレクトに表現しているという面も、特にラップには間違いなくあります。

――社会の歪み、ですか?

宇多丸: 女性蔑視という観点からは離れますが、たとえばアイスキューブというアーティストが1991年に発表した『Black Korea』という曲は、アメリカ系韓国人に対して「目の細い外人が商売している」「俺たちを泥棒扱いするな」「店を放火してやろうか」というような、差別的表現を含む歌詞でした。
しかしそれは同時に、当時のアフリカ系アメリカ人が感じていた「リアルな」フラストレーションの表れでもあって、翌年のロス暴動を予言するかのようでもある、とも言えるわけです。

――世論をストレートに表しているから、共感を呼びヒット曲になるという部分もあるかもしれませんね。

SNSのおかげで、当事者が声を挙げられるようになった

――社会の空気の変化が、表現者へ影響を与えているということはありますか?

宇多丸: 作り手が社会の雰囲気を察知して、アウトプットが変わっていくという流れはあるかもしれませんね。

理由のひとつとして、やはりSNSの普及が大きいと思います。SNSがあることで、いろんな表現が当事者に届きやすくなった。そして当事者も声をあげやすくなった。そのおかげで、もともと言うべきじゃなかったような差別表現が、アーティスト側でもある程度セーブされるようになってきている、という傾向はあるんじゃないでしょうかね。
ちなみに、ここまでは主にアメリカの話で、日本におけるヒップホップ表現の話はまたちょっと違った角度で話す必要があるかと思いますが。

【取材後記】
ヒップホップの世界は、全然女性蔑視ではなく、むしろ平等ささえ感じるというお話にびっくりしました。次回は日本のヒップホップシーンの話から、日本で配信されているコンテンツ全体についてのお話を伺います。

●宇多丸(うたまる)さん プロフィール
1969年東京都生まれ。ラッパー、ラジオ・パーソナリティ。89年の大学在学中にヒップホップ・グループ「ライムスター」を結成、日本ヒップホップの黎明期よりシーンを牽引し第一線で活動中。ラジオ・パ一ソナリティとしても人気を博し、09年には第46回ギャラクシー賞「DJパーソナリティ賞」を受賞。18年4月よりTBSラジオで月曜日から金曜日の18時から21時に生放送されるワイド番組「アフター6ジャンクション」でメインパーソナリティを務める。テレビ、雑誌、ウェブなどでも活躍中。
Official Site: https://www.rhymester.jp/
Official Twitter: @_RHYMESTER_

写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。 コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。
行こうぜ!性別の向こうへ

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