行こうぜ!性別の向こうへ

ライムスター宇多丸「性差別は悪だけど、染まってしまう人を悪とは言えない」

日本語ラップの先駆けライムスターのメンバーで、ラジオDJや文筆家としても活躍し様々な文化に造詣の深い宇多丸さんに、ジェンダーについてお話を伺ってきたインタビューの第2弾。今回は、日本での女性蔑視の風潮について伺いました。

●行こうぜ!性別の向こうへ

日本の女性蔑視は、社会の意識の遅れが反映されている

――日本のヒップホップシーンはどうでしょうか?

宇多丸: 前回の話はアメリカが中心でしたが、日本はまだちょっと、問題が顕在化する手前というか、無意識的に実社会の性差別意識や無神経さが反映されてしまっているだけ、というような段階じゃないかなぁ。単純に社会全体の意識の遅れが反映されちゃっているだけ、というか。ヒップホップに限らず、例えば「女は待つ側、守られる側」みたいな価値観の歌は、今も普通に聴かれていますよね。

――「古き良き」という、サザエさん的な価値観ですね。

宇多丸: ただ、別に長谷川町子さんが女性蔑視的だったからサザエさんを書いたわけではない、というのも明らかですからね。

どんな表現も、その時その時の時代意識と無縁ではいられないわけで、後世の価値観でそれらを再検証してゆくことはもちろん大事だけど、自分たちだけが高みに立っているかのように一方的に見下したり断罪したりするのも、ちょっと思い上がりなんじゃないかな、という気はします。

言うまでもなく性差別は悪だけど、その時代その場所に生きていたがゆえにそうとしか考えられなかっただけの人たちを、絶対悪みたいにレッテル貼りして済ましていいもんでもないだろう、と思うんですよね。自分たちだって、そういう限界の中に間違いなくいるのに。

エンターテインメントの表現はすべてが「正しい」わけではない

――とはいえ、そういうステレオタイプな表現がずっと存在し続けることは、いいことなのでしょうか?

宇多丸: 大前提として、表現というのは教科書的な「正しさ」だけを追求するものではない、ということがありますよね。

例えば、ヤクザ映画の登場人物はおおむね「正しくない」言動を取りますが、そういうかたちでしか表現し得ない何かというのも、間違いなく存在するわけです。そして言うまでもなく、それらの作品がヤクザを無条件に礼賛しているというわけでもない。

――そうですね。サイコホラーを見た人が全員殺人鬼になってしまったら困ります。

宇多丸: 確かに一部には直接的な影響を受けてしまう人もいるかもしれませんが、そもそも表現というのは受け取る人になんらかのエフェクトを及ぼすことを目的としているわけで、「万人にまったく無害」な表現というのはありえないし、あったとしても存在意義がないということになってしまう。

要はやっぱり、受け取る側がそれをどう考えるか、どう自分にフィードバックしてゆくのか、ということこそが肝心なんです。

――なるほど。そうした中で昔からの価値観の作品と、最近では今っぽい価値観の作品もでてきて、受け手側にも選択肢が広がっているのかもしれません。

宇多丸: その通りだと思います。そうやって選択肢が広がってゆくことこそが、文化の豊かさというものでしょう。その意味で今は、ようやくそのとば口に立った、くらいの感じではないでしょうか。

言うまでもなく、誰かを抑圧したり搾取することで成り立っているような旧態依然としたシステムや考え方に対して、常に批判的検証を加えてゆくという作業はとても重要だし、日本はまだまだそこは遅れている、というのも現実だと思います。

他人の生き方を尊重できるのが成熟した社会

宇多丸: 古風な価値観を持つ側が、後発のいわゆる進歩的な価値観に対して頭ごなしに否定的だったりすることが多いので、ついこちらも敵対的なスタンスで応じてしまうというのもわかるんだけど、本当に成熟した社会というのは、お互いがお互いの選択を否定しないで済む状態、のはずですよね。

――でも、意見が違うと何かと衝突しがちですよね。

宇多丸: 衝突含め、問題が顕在化するというのは悪いことではないんじゃないですか。これは『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を。』という本で知ったエピソードなのですが、かつて朝日新聞で連載されていた『フジ三太郎』という4コママンガが、あるとき女性蔑視的な表現で抗議をうけた、と。実際の内容についても書かれているのですが、確かにこれは酷い、と言うしかないようなものでした。ただ、そこで作者のサトウサンペイさんは、その抗議に彼なりの真摯な回答を返し、後には女性の権利や立場に一定の理解を示すような描写を『フジ三太郎』にもちょいちょい盛り込むようになった、ということらしいんです。

これなんかまさに、衝突から問題が顕在化して、対話の積み重ねからある程度の相互理解までは達したという、なかなか学ぶところの多いケースだと思うんです。立場が対立していても、両者ともに対応がとても成熟していて、文化的だなぁと。

【取材後記】
日本の作品に残る、男女のステレオタイプ。でも、それを描いている作者が必ずしも悪というわけじゃないという考え方を語ってくださった宇多丸さん。次回は、そういう作品と受け手である私たちがどう関わればいいかを語ってくださいます。

●宇多丸(うたまる)さん プロフィール
1969年東京都生まれ。ラッパー、ラジオ・パーソナリティ。89年の大学在学中にヒップホップ・グループ「ライムスター」を結成、日本ヒップホップの黎明期よりシーンを牽引し第一線で活動中。ラジオ・パ一ソナリティとしても人気を博し、09年には第46回ギャラクシー賞「DJパーソナリティ賞」を受賞。18年4月よりTBSラジオで月曜日から金曜日の18時から21時に生放送されるワイド番組「アフター6ジャンクション」でメインパーソナリティを務める。テレビ、雑誌、ウェブなどでも活躍中。
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写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。 コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。
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