行こうぜ!性別の向こうへ

LGBT当事者の上川あや区議「議員になりたいと思ったことは一度もなかった」

地道な努力で同性パートナーシップ制度を成立に導いた世田谷区議の上川あやさん。性同一性障害を公表してのぞんだ2003年の選挙で初当選し、その後、戸籍上の性を男性から女性に変えています。性の問題だけでなく社会的少数者のための制度改革に熱心に取り組んできたモチベーションはどこから来るのか、素顔に迫りました。

●行こうぜ!性別の向こうへ

「オカマの区議」と嫌がらせされたこともあった

――上川さんは2003年に世田谷区議に初当選して、現在4期目。もう15年以上も議会で活躍していらっしゃいますね。

上川議員(以下、上川): 初めて出馬した時は、見た目が女性で戸籍は男性ということで、どこの馬の骨とも分からない人、という感じで見る人も結構いましたね。「オカマの世田谷区議へ」っていう嫌がらせの貼り紙をされたこともありました。でも今はもう、多くのみなさんは慣れていらっしゃいます。

――これまで世田谷区での同性パートナーシップ制度の成立に尽力しただけでなく、オストメイト(人工肛門や人工膀胱の使用者)対応トイレの設置や点字ブロックの統一、外国人のための広報の充実など、区政から取りこぼされがちな少数者への施策を積極的に実現してきました。

上川: 私もかつては性同一性障害を抱える当事者として、自分のニーズを言葉にせず飲み込むことを何年も強いられました。誰かが目を向けないと救われない少数者がいます。その境遇に私は共感しますし、そこを一足飛びはむずかしくても、絶対に変えてやる、と意気込んでいます。

たとえば同性パートナーシップ制度を使うのは、社会的にはかなりの少数者です。ところが、公共機関がオフィシャルに同性カップルを認める制度ができたことで、制度を使わない人のマインドも変えていく効果がある。LGBTを無視したり排除したりすることは批判されるリスクを伴う行為となり、同じ市民として社会の中で受け入れる方向に進んでいくでしょう。社会的なインパクトは非常に大きいのです。

無理解な人にエネルギーを割くのは無駄

――LGBTであるかないかに関わらず、周囲から結婚を押しつけられたり、子供を産むように促されたりしてストレスを抱えている人は少なくありません。異なる考え方の人に自分の考えを理解してもらうことは可能なのでしょうか。あまりにも無理解な意見を見ると、大きな断絶があるように感じてしまうのですが。

上川: 議員としてと、個人としてでは身の処し方は別かもしれません。個人としての私は、意見の異なる人をどうしても納得させたいとは思わない。人生で割けるエネルギーは限られているから、石頭を相手に消耗したくない。どうせエネルギーを使うなら、説明したら「誤解していて悪かったね」と言ってくれるような人に使ったほうが生産的です。

ただ、政治家としては違います。議会では他の議員や役人を説得して政策を実現していかなければいけないので、反対者をゼロに持っていくためにグリグリやっていますね(笑)。

政治を遠ざけても、無関係ではいられない

――上川さんの著書『変えてゆく勇気』には、選挙に初めて出馬した時のことが書かれています。

性同一性障害の当事者として、性別変更を可能にするための立法を求めて活動をされていましたが、世間の理解が進まなかったそうですね。その状況を打開するためにやむを得ないという思いで立候補されました。

それからずっと区議として走り続けていらっしゃいますが、議員をやめたいと思ったことはありますか。

上川: 議員でいることのやりがいもあるし、人のためになって良かったなと思うこともあります。でも、一つひとつやりきるのは手を抜けないから大変。自分自身が追いつめられて、叫び出したいくらいストレスが溜まる時があります。

週に何回も質疑がある時は、同時に進めているいくつものゲームを全部勝たなければいけないような感覚です。きちんと勉強しておかないと、ちゃんとした議論ができないんです。

議員ってすばらしい仕事だと思います。でも、私の人生で議員になりたいと思ったことは一度もないんですね。本当は、市民として静かに暮らしたい。でもそれができない人がいるからやっぱり戦わなきゃ、と思って選挙に出ています。いつまでやるのかな、と考えることもありますね。

支援してくださる方々や友人たちなどとは、できれば楽しみながら社会を変えていこう、と話しています。どんな人にも人生の困難はあります。本当のハッピーってなかなかない。でも、前進をあきらめない人生でありたいと思っています。

――この記事の読者も含め、市民に対して期待することはありますか。

上川: 市民の権利がうまく機能しない時に怒り、変えさせるのは本当は市民です。日本国憲法にも「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」と書かれていますよね。民主主義を守り育てていくのは市民。いま選ばれている政治家たちがおかしいのだとしたら、私たちが選んだ結果です。

あきらめてしまうのは簡単に見えるけれど、無関心で政治を遠ざけても、無関係ではいられません。権利も義務も否応なしに決められてしまうくらいなら、政治に参加しましょうよ、と思います。

●上川あや(かみかわ・あや)さんのプロフィール
1968年生まれ。世田谷区議。公益法人などで勤務した後、2003年に日本で初めて性同一性障害を公表して立候補した世田谷区議選で初当選し、現在4期目。一貫して無所属。05年には戸籍上の性を男性から女性に変更した。性の問題に限らず、多様な社会的少数者の環境改善に取り組む。

フリーランスライター。元国語教師。本や人をめぐるあれこれを記事にしています。
フォトグラファー。岡山県出身。東京工芸大学工学部写真工学科卒業後スタジオエビス入社、稲越功一氏に師事。2003年フリーランスに。 ライフワークとして毎日写真を撮り続ける。
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