単細胞的幸福論のすゝめ 04

私もきっとキミを悲しませた。「元カレ」というモンスター

偶然乗った電車、めちゃくちゃ抱き合っているカップルがいた。「こんな青臭い時間、私にはなかったなあ」なんて初老の人間のような目で眺めていたら、男の人は私の元カレだった。「元カレ」ってなんなんだろう。うまくいえないけれど、誰にとっても生涯つきまとってくるものなのかも。

●単細胞的幸福論のすゝめ 04

今日偶然乗った電車にめちゃくちゃ抱き合っているカップルがいた。

“めちゃくちゃ抱き合ってる”って変な言葉なのはわかってる。でも、本当にめちゃくちゃ抱き合ってた。

――満員電車のなかで、彼氏が彼女を守ってたんじゃないの?

――いや、聞いてくれよ。車内はめちゃくちゃ空いてたんだ。

――でもまあ、私はそんな道をかすりもしなかったけど、世の中には星の数だけカップルがいて、その分だけ時間の過ごし方があるんだよ。

そんな風に頭のなかで自問自答を繰り返し、「うんうん」と納得いった頃合いで、彼女を抱く彼氏のバッグに目がいった。

「あれ、どっかでみたな」
「ん…!!??」

元カレだった。高校時代に付き合ってた元カレだった。

いや、お前。そんな、あの頃から愛用してるバッグ変わってないんかい。物持ち良すぎかい。てか、電車のなかでそんな、はちゃめちゃに彼女抱きしめるようなやつだったんかい。おいおい、ちょっと待て。そういえば、私といちゃついたのは善福寺公園だったな。言われてみればあそこも公共の場だな!!!!!

元カレってなんなんだろう

夫と一緒になって丸8年。失礼ながらも幾度となく元カレを思った。
「そういえば元気かな」とか他愛もないことから「あぁ、こういうときあいつだったらこうしてくれるんだろうな」と比べてしまうこともあった。

たまに街を一人で歩いていると、記憶のあるニオイをキャッチすることがある。
そういうときは大抵元カレが使っていた香水をつけた人とすれ違ったときだ。

――何してんだろ、元気でやってるかな。
――そういえば、今ぐらいの時期に一緒にどこそこ行ったな……。

なんて、芋づる式に記憶が蘇る。不必要な切なさにかられる。

元カレって本当に謎な存在だ。

そんなに混んでない電車の中、昨日ゲットしたばかりのモコモコのフード付きアウターのフードをかぶる。「はやくこの謎空間とオサラバしたいぜ」と、バッグからマスクを取り出す。

今外から見える私の顔は目元だけ。

きっと彼は私に気づかない。だって、当時着ていたような洋服じゃないし。雰囲気だって年をとって変わったはずだ。そう簡単に気づかれてたまるか。

そんなことを思ったとき、乗り換える駅に着いた。

「幸せそうでよかった。彼女を大事にしてやれよ」という気持ちを込めて、降り際に彼を見つめた。

目があった。少し動揺しているような顔をみせる。

「ちょっ!公共の場でいちゃこらする年齢でもないだろ、メーン!」なんて声をかけることもできた。

でも、私は立ち止まらない。
戦友と再会したかのように、小さな会釈をして私は電車を降りた。

恋愛って煩わしさしかない

好きな人と一緒に行った大好きなレストランは、好きな人との思い出がいっぱいになってもっとに好きになる。
大好きレストランが大大好きレストランになる。
一緒に買い物に行った大好きなお店も、好きな人と行けば「大大好きお店」になる。
大好きな映画も好きな人と見れば「大大好き映画」になる。
大好きが「大大好き」に進化して、街中がキラキラして見える。
大嫌いなものだって、好きな人と一緒だったら「嫌い」になる。もしかしたら、「好き」になるかもしれない。

これがきっと恋愛が持つパワーだ。
でも、好きな人に対する「好き」がずっと続くかなんてわからない。
もし、続かなくて別れが訪れたり、好きな人に好きになってもらえなかったら。
好きな人のおかげで「大大好きレストラン」に進化した「大好きレストラン」は「寂しいレストラン」になる。

同じように「大大好きお店」は「寂しいお店」になるし、「大大好き映画」は「寂しい映画」になる。

街中のキラキラもどっかいっちゃうんだ。
好きな人のおかげで嫌いじゃなくなったものは、きっと大嫌いになる。
街中が全部大嫌いになるかも。

こう見てみると、恋愛って煩わしさしかない。
でも、なんでか知らないけど、彼らを嫌いになんてなれない。
嫌いになるというか、うまく言えないけれど、街なかで察知した香水の匂いや、一緒にいったお店とか、そういった「思い出」に手を伸ばそうとしちゃうんだ。

今の私はきっと過去によって生み出されている。悔しいけど、彼らのおかげなんだ。

きっと私も悲しませた

だから私も願うよ。きみたちの幸せを。きっと私が傷つけてしまったことも、悲しませてしまったこともあるだろう。
きみが大好きだったお店を、大嫌いなお店に変えてしまったかもしれない。
きみが大嫌いだった場所を、もっともっと嫌いにさせてしまったかもしれない。
きみにとって私も、煩わしいものの一つなんだろうな。特段良い彼女だったわけじゃないけど。

でもな、きっときみも私と同じように顔をみてモヤモヤしているのだろう。
そう思うと笑えてくる。というか、そう思わないと笑えない。

外の世界は治安が悪い。家に帰って夫というシェルターに身を潜めるのだ。

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1990年生まれ。保育士、BuzzFeed Japanを経てフリーランスへ。あんぱんと羊羹が好きです。
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