リスクヘッジに余念のない女たち
稼ぐ株から、守りの株へ
IT会社に勤務するMさん(29)はコロナ下に株の投資を始めた。コロナが始まった当初、株価全般が暴落し、その後反動で上がり出したのをみて、「このチャンスを逃したくない!」と思った。
会社の仕事はかなり忙しいので、株を選ぶのにはそれほどリサーチ時間がかけられない。ただ仕事柄、IT関連のアンテナは強いため、IT会社、なかでも世界シェアTOP級のアメリカの会社を選んでいる。Mさんは購入した株を今まで一度も売却したことがないが、現在まで堅調に株価は伸び、利益は出ている。「たまに株価をチェックしたときに伸びていると、やっぱり嬉しいですね」とMさんは言う。
最初は、「もっとお金を稼ぎたいし、この株価が上がるチャンスを逃したくない」という気持ちで始めた株だが、今は少し気持ちが変化している。「元々自分は慎重派。そして今はもっと稼ぐというより、“守りの気持ち”でやっています。というのも、今何かやって将来に備えておかないと、老後が怖いんです。また最近進んでいる円安も怖いので、海外の株に投資しようかと」
生涯にかかるお金を計算してみたら……
コンサルティング会社に勤めるSさん(27)は、海外の株にのみ投資している。Sさんが社会人になる頃、世間では「老後のためには2000万円は貯金をしていないといけない」と言われており、老後のお金を準備することを推奨するような流れがあった。先に社会人になっていた友人からは、「積立NISAは着実に伸びている」と聞き、投資について気にはなっていた。
社会人2年目のころ、Sさんは結婚した。そこで夫とお金の共有もするようになり、将来にかかるお金を計算してみることになった。思っていたよりも実際はもっとお金がかかることが分かり、2人とも個別株投資をすることを決意した。
Sさんは会社の規則から国内の株を購入することはできない。また、他にも株購入に規制があり、通常よりも幅が狭い選択肢の中で株を購入することに。本業の仕事の忙しさもあり、それほど多くのリサーチに時間は割けない。とりあえず、時価総額TOP級のアメリカ企業の株に長期投資を行っている。「長期のため、株価の日々の上下にストレスを感じることは今のところないですね。友達と情報共有しながら投資するのも楽しく、気楽にやっています」
やらないデメリットの方が大きい
メーカー勤務のZさん(26)は高校までアメリカの学校に通っていた。アメリカでは社会保障制度が日本に比べて少なく、資産形成は自分で行うものという考えが浸透している。「お金のことは知らないと怖い」という感覚がなんとなく養われ、自然とファイナンスの授業を選択した。株についてのベーシックな知識、例えばいくつかの会社に投資を分配することや、長期的に保持した方がリスクは低い、といったことを学んだ。そして、逆に日々売買することは非常にリスクが高い方法であることも。「私は元々リスク回避思考が強いので、個別株は無理かもしれないと感じていました」
大学では商学部に入り、金融知識に興味を持つ友達ができ、友人達は株投資を始めていた。2020年に社会人になり、資産形成に詳しい同期からも話を聞くようになり、「少なくとも積立NISAはやらないデメリットの方が大きいと感じたのがきっかけとなりました」。個別株は積立NISAを通して勉強しようと思った。
その頃はコロナ禍もあって個別株全体が非常に下がっていたこともあり、株を始めるなら今がチャンスだと感じた。「コロナ禍でお金を使う先もなかったし、NISAも少し勉強してその良さが実感できたので、たとえ全額失っても許せる範囲の額を個別株に投資しました」
投資先は応援したい企業に
Zさんは投資先の企業を「長期的に応援したい企業かどうか」で決めている。全てを調べることは厳しいが、例えば代表者が差別的発言をしたり、ワンマン経営をしていたりしたら絶対に投資しない。「自分のお金が悪いことに使われたくない」という気持ちから、そうしたネガティブチェックをするそうだ。また、その企業が社会に提供する物が長期的に人の役に立つものかどうかも見ているという。
長期的にというのは、Zさんの“リスク回避思考”から来てもいる。「もちろんリスクは怖いですし、お金儲けそのものにそれほど興味があるわけではないので、なるべく社会にいいことに投資したいという思いが強い」とZさんは言う。例えば、コロナで需要が高くなった医療系メーカーや、電子機器に役に立つ半導体などに投資を決めた。
「投資は私にとってはその人の生き方とか信念を投影しているもの。夫とはお互いどこに投資しているかは言い合いたくないと思っています。夫の投資先をみて、自分が良く思っていない企業にもし仮に投資していたら、夫の生き方も否定してしまいかねないので……」
本業をより深く理解するために
建築会社に現在勤めるHさん(27)は大学院で建築デザインを学んだ。会社では不動産を販売したりもするが、お客さんは不動産を購入する理由として資産形成に対する興味が高い人も多い。そこで、Hさんは顧客側の視座に立つためにも資産形成に興味を持った。
Hさんは社会人になってすぐNISAを開始、同時に個別株の取引も開始した。リスク分散のために色々な企業、また国も様々に投資している。やはりガッツリ儲けたいというよりも、将来の生活をちょっと良くするために株投資をしている。「6%ぐらいの利益率でいいと思っています。個別株も長期で持つつもり。自分は建築をライフワークとしておばあちゃんになってもやっていたいので、もしお金儲けがしたいなら本業の方を磨くことで頑張りたいです。株の利益は、例えば将来おばあちゃんになって海外の島国あたりに別荘を持ち、一年中暖かい所を往復する2拠点生活とかのために、補助的に使いたいです」とHさんは笑って言う。
建築に関連しそうな業種をみて、勉強もかねてその業界・業種に投資を行っている。「例えば、IT関連も建築にどんどん密接な関係をもって来ているし、製薬会社の工場を作るから製薬業界のことを知らなきゃ、などと学びながら投資を行っています。色々な業界の構造がわかり、楽しいです。今のところ、株が怖いと思ったことはないです」
お金を銀行に預け入れることでは、将来理想の生活を築くことの補助にほぼならない。であれば株に投資して少しずつでも利益を上げて、その理想の生活の夢にちょっとでも近づきたいくらいの気持ち。だからこそHさんはそんなに焦らない。「逆に、贅沢は配当金の範囲内ですると決めているので、散財癖が今の生活ではつかないので、生活のディフェンスにもなっていると思っています」
投資をしている人は半数近くに
博報堂キャリジョ研プラス「(個別株・投資信託など)投資意識に関する調査」
博報堂キャリジョ研プラスは2024年6月、20-59才の女性150人を対象に「個別株・投資信託など)投資意識に関する調査」を行った。グラフ1の母集団は調査対象者全員150人。グラフ2は、グラフ1で投資をしていると答えた67人を母集団とする。
グラフ1をみると、投資をしている人は半数近くおり、グラフ2では、投資先としては新NISA積立投資枠の割合が最も多くなった。
博報堂キャリジョ研プラス「(個別株・投資信託など)投資意識に関する調査」
グラフ3の母集団はグラフ2同様、グラフ1の「投資をしている」と答えた67人を母集団とする。グラフ4は、グラフ2で「株式投資」や「新NISA成長枠」など企業の株式投資をする人27人を母集団とする。
グラフ3から投資の目的は、「老後のための資金作り」が最も多く、将来への備えを考える人が多いことがわかる。「貯金するだけではもったいないため」と合わせると、長期的にじっくりお金を増やしていきたいという希望が多い。また、グラフ4の投資先の選定理由は、長期投資を目的としているからか配当金を気にして投資をしている人が最も多いことが分かる。
今回インタビューをしたケースは、元々慎重派が多く、リスクは回避したいタイプの人が多かった。しかし、現状、日本は社会保障が世界的にみるとしっかりしている国とはいえ、物価高、少子高齢化は避けられず、かなり先行きが不透明なこともあり、今は本業があっても、そこにプラスアルファで資産形成をしないことは、将来に向けての最大のリスクになっていると、彼女たちは共通して感じているようだ。株という“小さいリスク”を取ることで、将来の大きいリスクを回避する最大のリスクヘッジになっているのだろう。
いま、制度の補助や証券会社のシステムの改善などもあり、株式投資は行いやすくなっている。株自体にリスクがあることは理解しつつ、堅実に投資すれば資産形成は行えると考える人は少なくないようだ。また、今回の調査グラフ4の結果からも、ただ株価が上がりそうな企業をみて投資をするというだけでなく「企業のサービスや商品が気に入ったら投資する」と答える人が29.6%おり、「理念に賛同できる企業を選ぶ」も18.5%と、株の投資を楽しんでいる様子も窺える。自分の学びや社会貢献としての投資がモチベーションへとつながっているようだ。