高尾美穂医師
高尾美穂“ことばの処方箋 ”

【高尾美穂医師に聞く#9】「自分らしさ」がわからないあなたへ。天職を見つけるには

女性の人生は、体調のリズムやその変化と密接な関係があります。生理、PMS、妊娠、出産、不妊治療、更年期……。そうした女性の心と体に長年寄り添ってきた産婦人科医・高尾美穂さんによる連載コラム。お悩み相談から生き方のヒントまで、明快かつ温かな言葉で語りかけます。今回のテーマは「自分らしさを見つけるには」。自分らしいとは、どういうことなのでしょうか。
【高尾美穂医師に聞く#8】生理前に激しく落ち込む……PMSやPMDDに振り回されています。 【高尾美穂医師に聞く#1】「出産か、仕事か。私はどちらを選ぶべき?」

Q. 「自分らしく好きなことをやろう」というメッセージをあちこちで目にしますが、「自分らしさ」って何でしょうか。好きなことややりたいこと、自分らしい天職はどうすれば見つかるのでしょう。医師でヨガの指導者でもある先生は、どのように「自分らしさ」を見つけましたか。(telling,編集部)

高尾美穂医師(以下、高尾): 「自分らしくいよう」というメッセージが伝えたい意図は、よくわかります。あなたそのものが大事なのだから、まわりと同じじゃなくていいし、誰かに何かを決められる必要はないよっていうことだと思うんですよね。でも、自分らしさを求めていくという考え自体が、窮屈でもありますよね。

私は、物事が過ぎていって、あとから振り返ったときに初めて「自分らしかったな」と感じるものだと思っているんですよ。ある意味、感想みたいなものですね。

例えば、私に関して言えば、日焼けしているとかモヒカンヘアとか、わかりやすくて手に入れやすいものも「らしさ」の要素のひとつだとは思います。でも、簡単に手に入れられるものは、自分の中の太い軸や人生の指針のようにはなりにくい。あくまで付随する要素だと思います。

Zbynek Pospisil/iStock/Getty Images Plus
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じゃあ、自分らしさって何だろうって考えると、「自分が望んでいることを比較的多く選んでこられた」ということではないかと。こう言うと、一生懸命自分らしい人生を過ごそうとやりたいことを模索し始める方がいるかもしれないですが、まずは今、目の前にある選択肢から丁寧に選んでいくことだと思うんですね。

改めて一つ一つの選択肢を見てみると、仕方なしに加わっているものがいっぱいあるわけです。別に好きな仕事じゃないけど食べていくにはやらないといけない、とか。そういうものがたくさんある中で、結果的に多くの部分を自分で選んでこられたと将来的に感じるかどうか。それが、自分らしさではないでしょうか。

「やりたいことが見つからない」のは、まだ出合ってない?

──自分の望みや、やりたいことがわからないという声もあります。

高尾: やりたいことが見つからない方は、やりたいことに出合っていない状態だと思います。だからそれを見つけたい場合は、まずは出合うことが必要ですよね。出合うためには、ある程度の数を経験してみることも大事なんですよ。今までやったことがないことを、手当たり次第でもいいからやってみる。だいたいはやりたいこととは違うことばかりだから期待せず、目の前に流れてきたものをなんでも一生懸命やってみるといいと思います。

私も産婦人科医になるとは全然考えていなかったんですよ。研修医だった頃は、スキルが身について、スパッと診断を下す消化器内科で内視鏡診断をやってみたかった。でも実際にローテーションで勤務してみたら、がんが見つかったら外科にお願いするし、患者さんをずっと診ていく科ではないと感じたんです。それがなんだか寂しかった。その後、産婦人科での診療を経験して、患者さんの人生をずっと診ていく仕事だと知り、これが私がしたいことだと納得しました。

あとは、今も尊敬している当時の部長に「看護師さんや助産師さんたちとうまくやれる女医さんは本当にまれだよ」と言われたことも大きかった。私にとって当たり前なことだけどみんなにできるわけじゃないんだと知って、その気になって産婦人科に決めました。

そこから時間と経験を積み上げた今、振り返ると、この仕事が自分に合っていたんだなと思うわけです。でも、当時はわからなかったし、本当に産婦人科でいいのかなと思ったこともありましたよ。だから、ダーツの矢が真ん中にぴったり刺さるみたいにビビッと天職に出合える人って多くないんじゃないかな。まずは選んだものを一生懸命やってみて、そうしているうちに違う流れが生まれるかもしれないですよね。

maruco/iStock/Getty Images Plus
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新境地に挑むきっかけとは

──先生は、ヨガの指導者という道も見つけていますね。

高尾: ヨガは完全にプライベートの趣味で、2003年に自分のけがをきっかけに始めました。始めたらすっかり夢中になって、もっと深めたくなり、指導者養成講座に通って資格を取ったんです。しばらくは資格を持っていても生徒のままでしたが、そのうち「生理痛にヨガが効くかもしれない」などと言われるようになり、これは産婦人科医として正しい知識を広めないと、と思い、2013年からヨガと体の仕組みについて教えるような仕事もするようになりました。だから、私の中ではキャリアを広げたというよりも、地続きのものというイメージですね。

──新しい分野で仕事を始めるきっかけは何でしたか。

高尾: 私はいつも自分から提案しています。2011年にスポーツブランドの「アンダーアーマー」と仕事を始めたときも、雑誌の特集を見ておもしろい会社だなと思い、公式サイトから応募しました。

高尾美穂医師

スポーツドクターでもある私は当時、女性アスリートの生理周期とパフォーマンスの関係についての情報が世の中に全然ないと感じていました。そういう知識があれば、もっと効率的にトレーニングできるんじゃないかと。ここから、国立スポーツ科学センターで女性アスリートを育成・支援するプロジェクトメンバーになるなど、今の活動につながっています。

ですので、私の場合、軸は産婦人科医であることに置かれています。そこを一生懸命やってきたから、趣味であるヨガと産婦人科医の仕事がつながったり、医師として企業と組んだり、メディアに出させてもらうようになったりしたわけです。

だからね、何かを一生懸命やったりハマったりするって本当に大事だと思っているんです。仕事でも趣味でも子育てでもなんでもいいと思います。時間とエネルギーを注げるものに出合うまで、興味を持ったものや何か新しいものに触れ続けることをおすすめしたいです。こういう日常の積み重ねこそが、ゆくゆくは自分らしさにつながるのではないでしょうか。

【高尾美穂医師に聞く#8】生理前に激しく落ち込む……PMSやPMDDに振り回されています。 【高尾美穂医師に聞く#1】「出産か、仕事か。私はどちらを選ぶべき?」
医学博士・産婦人科専門医。日本スポーツ協会公認スポーツドクター。イーク表参道副院長。ヨガ指導者。医師としてライフステージ・ライフスタイルに合った治療法を提示し、女性の選択をサポート。テレビ出演やWEBマガジンでの連載、SNSでの発信の他、stand.fmで毎日配信している番組『高尾美穂からのリアルボイス』では、体と心にまつわるリスナーの多様な悩みに回答し、910万回再生を超える人気番組に。著書に『大丈夫だよ 女性ホルモンと人生のお話111』(講談社)など。
編集・ライター。ウェルネス&ビューティー、ライフスタイル、キャリア系などの複数媒体で副編集長職をつとめて独立。ウェブ編集者歴は12年以上。パーソナルカラー診断と顔診断を東京でおこなうイメージコンサルタントでもある。
カメラマン。1981年新潟生まれ。大学で社会学を学んだのち、写真の道へ。出版社の写真部勤務を経て2009年からフリーランス活動開始。