高尾美穂“ことばの処方箋 ”

【高尾美穂医師に聞く#7】世の中は妊婦や子連れに優しくない? SNS炎上を通して考える

女性の人生は、体調のリズムやその変化と密接な関係があります。生理、PMS、妊娠、出産、不妊治療、更年期……。そうした女性の心と体に長年寄り添ってきた産婦人科医・高尾美穂さんによる連載コラム。お悩み相談から生き方のヒントまで、明快かつ温かな言葉で語りかけます。今回は、妊婦や子連れを取り巻く話題が、たびたびSNS上で炎上することを通して、世の中の不寛容さについて考えます。子どもがいる女性と子どもがいない女性の対立構造として語られがちな面もあるようです。
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Q.スープ専門店「スープストックトーキョー」が離乳食の無料提供を始めると発表したことに対し、一部の利用者から反対意見が上がり、SNS等で注目されました。最近も、おなかをなでていた妊婦を非難するような「妊婦アピール」という言葉が、ツイッタートレンドに。妊婦や子連れに風当たりの強い風潮がクローズアップされることが気になっています。産婦人科医としてさまざまな立場の女性に寄り添ってきた先生のお考えを聞かせてください(telling,編集部)。

高尾美穂医師(以下、高尾): 寛容さがない反応ですよね。社会をみていて、いろんなことが許されにくい感覚が育っているなと感じています。スープ専門店への反応も過敏というか過剰ですよね。もともと一人で利用する人が多いイメージのお店ということで、「自分たちが出入りする場所に子どもを連れた人は来ないでほしい」という意見があったようですが、権利意識から生まれた事象なのかなと。

子連れだけじゃなく車椅子の方や年配の方など、誰かが困っていたり何かを求めていたりといったときに、その方たちをサポートすることが行われる。まわりはそれを受け入れたらいいと思うんですね。どんなお店でもどの場所でもみんなが使えるのがいいよね、という方向に議論が繰り広げられるのが、本来あるべき姿なのかなと。

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でも、そうではなく「自分が損をした」という感覚を持ってしまうのではないでしょうか。自分が満たされていないから、特定の人たちを優遇している、ずるい、という気持ちが生まれてしまう。こういった意見がSNSを通じて表に出ることで、目に触れる機会が増えたと言えるとも思います。

受け取る側の余裕のなさが不寛容さを生む

──妊娠中の方の中には、「マタニティーマーク」をつけづらいという声もあります。厚生労働省によると、「妊産婦が交通機関等を利用する際に身につけ、周囲が妊産婦への配慮を示しやすくする」ためのものということですが。

高尾: 妊婦さんには、お腹が重い、動きにくい、いろいろ痛いところがあるといったフィジカル面の困りごとがあるということは、できれば周りのみんなに理解しておいてほしいことです。マタニティーマークをつけることで、突発的な体調の変化があるかもしれない、まわりの人の手助けが必要かもしれないという可能性を知ってもらう意味は大きいと思います。

妊娠していない誰かがマタニティーマークを見て、ちょっとした圧力に感じるとしたら、受け取る側の余裕のなさが関係していると思います。心の余裕、時間や経済的理由での余裕のなさが、不寛容さに繋がっているのではないでしょうか。もうこれは社会の課題だとも思います。

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人生は選択の積み重ね。手に入れたものはそれぞれ

──こういった話題は、子どもがいる女性といない女性、専業主婦と働く女性など、女性同士の対立構造として語られる側面もあります。

高尾: 社会は対立構造として語りたがるかもしれないけど、当事者たちが対立を望んでいるかといったら、そんなことはないのでは。個々を見たら、子どもの有無などに関係なく仲が良い人もいるのに、ひとくくりにカテゴライズされてしまうと、対立の構造が作られやすい。子どもの有無やライフスタイルの選択で分断を生む必要は本来なくて、お互いに困っていることが違うので、むしろ協力し合うことが絶対に必要だと思います。

自分とは違う人生を歩む人をうらやましく思うことがあるのは当然。お互いに持っていないものを持っているように見えるから生まれる気持ちですよね。でも、振り返ってほしいのは、自分もこれまでに何かを選択して優先して生きてきている側面があること。その選択の繰り返しの中で、少なからず何かを手に入れてきているんですよね。自分の道はある程度は自分が選んできた、という意識を持つことが大事なのだと思います。そして、今の状況で何ができるか、これからどういう状況にしていきたいのか。

社会が生み出す対立構造に乗っからないためにできることは、まずは、お互いの立場を理解すること。理解するっていうと、まるごと全部を知ることだと思うかもしれないけど、そうではなく、「自分とは違う状況が起こり得る、違う立場の人がいる」とただ知ること。それが大切だと思います。

――どうすれば妊婦や子連れに優しい世の中になるのでしょう?

やっぱり社会全体が幸せでいることですよね。社会とは何かといったら、家庭、職場などそれぞれの小さなコミュニティーのこと。そして、そこに属する個人も幸せでいるための努力をしないといけないと思います。幸せは運ばれてくるものではないですから、自分はどういう状態が幸せなのかということを考えなくてはいけないですよね。

自分のことは変えられるけど、人のことは変えられない。一番身近にいるパートナーのことだって変えられないし、SNSで何かを書き込んでいる人の考えは、なおさら変えられない。自分が快適でいるために、「そういうことを言う人がいるんだ」と受け流す姿勢も大切です。

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医学博士・産婦人科専門医。日本スポーツ協会公認スポーツドクター。イーク表参道副院長。ヨガ指導者。医師としてライフステージ・ライフスタイルに合った治療法を提示し、女性の選択をサポート。テレビ出演やWEBマガジンでの連載、SNSでの発信の他、stand.fmで毎日配信している番組『高尾美穂からのリアルボイス』では、体と心にまつわるリスナーの多様な悩みに回答し、910万回再生を超える人気番組に。著書に『大丈夫だよ 女性ホルモンと人生のお話111』(講談社)など。
編集・ライター。ウェルネス&ビューティー、ライフスタイル、キャリア系などの複数媒体で副編集長職をつとめて独立。ウェブ編集者歴は12年以上。パーソナルカラー診断と顔診断を東京でおこなうイメージコンサルタントでもある。
カメラマン。1981年新潟生まれ。大学で社会学を学んだのち、写真の道へ。出版社の写真部勤務を経て2009年からフリーランス活動開始。