高尾美穂“ことばの処方箋 ”

【高尾美穂医師に聞く#5】不妊治療のつらさや夫婦関係の亀裂とどう向き合う?

女性の人生は、体調のリズムやその変化と密接な関係があります。生理、PMS、妊娠、出産、不妊治療、更年期……。そうした女性の心と体に長年寄り添ってきた産婦人科医・高尾美穂さんによる連載コラム。お悩み相談から生き方のヒントまで、明快かつ温かな言葉で語りかけます。今回のテーマは「不妊治療と人間関係」。身体的、精神的、そして経済的にも負荷がかかる不妊治療と、そこにまつわる人間関係のお悩みです。
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Q. 不妊治療を始めて3年が経ちました。なかなか思うようにいかずに40代を迎え、ますます焦っています。一方で、仕事との両立も大変で、経済的、精神的にもいつまで続けられるのだろうと思う自分がいます。夫も子どもを授かりたいという気持ちはあるものの、不妊治療に対してはどこか他人事であまり理解がありません。もっと協力して欲しいのですが……。(40歳、会社員)

高尾美穂医師(以下、高尾): 近年、「不妊治療」という言葉をメディアなどで聞く機会がぐっと増えました。これは、女性の社会進出が進んで出産する年齢が高くなってきていることが挙げられると思いますが、2015年に不妊症という言葉の定義が変わったことも関係していると思います。

不妊症とは、妊娠を望む健康な男女が避妊をせず性交をしているが、「一定期間」妊娠に至っていないことを指します。2015年以前は、妊娠が成立していない「一定期間」を2年と定義づけていましたが、2015年以降は1年に変わりました。

1年間でカップルが妊娠する確率はおおよそ8割、2年間で妊娠する確率はおおよそ9割と考えられており、定義が変わったことで不妊症とされる人が増えた、とも考えられるのです。

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前置きが長くなりましたが、相談者さんは不妊治療にトライして3年とのこと。相談文を拝読すると、自分だけが不妊治療をがんばっているような感覚があり、つらさや孤独を感じていらっしゃる様子が伝わってきました。

以前の相談でもお答えした内容ですが、「どのくらい強く子どもを持つことを望んでいるか」「なぜ子どもが欲しいのか」について、今のタイミングでもう一度考えてもいいかもしれませんね。私は、女性の体に関することは女性自身に決定権があると思っています。どんなに夫が、親が、子どもや孫を望んでも、最後は自分で決めるのがいいのではないかと。ご自身の体に関わることですからね。

不妊治療のつらさと、夫との感覚のズレ

──時間や労力をかけても、必ずしも結果を得られるわけではない不妊治療。それを取り巻く人間関係もまた難しいところです……。

高尾: 相談者さんは、妊娠のために仕事を調整しながら、さまざまなことに取り組んでこられたと思います。妊娠できる!と期待する気持ちが高まりすぎるとつらいかもしれない、だからフラットでいることを心がけようと思った日もあったのではないでしょうか。

それでも、どこかで妊娠への淡い期待は常にあるものだと思いますし、意に反して生理が来たときの絶望とも言えるような気持ちを何度も抱いたかもしれません。日常生活においても、妊娠に向けていろいろなことに気をつけてきた。そんな努力が全部水の泡になったような感覚も経験なさったのではないでしょうか。

相談者さんにとってはそのくらいショックなことが、男性には想像できていないということも、残念ではありますが事実です。不妊治療中において、実際に身をもって体験している女性とパートナーとの間で、感覚のズレを感じる方はとても多くいます。

こちらも今のタイミングで、パートナーと「何歳まで治療を続けるか」「治療費にいくらまでなら使えるか」といった具体的な内容について話し合うことをおすすめしたいです。結局のところ、自分たちで決めていく以外はないんですね。妊娠や出産はすばらしい経験になり得るできごとですが、決して人生のゴールではありません。不妊治療によって、2人の関係が悪化してしまうことはとても残念なことですから。

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まあ、パートナーの方には「奥さんの状態をちょっと想像してみてほしい」とは言いたいですけどね……。親になりたい気持ちはあるようですが、奥さんが生理が来る度にどう感じているかってことに対して思いやりのある想像ができていないように感じます。

せっかく結婚をしてパートナーシップを結んだ2人なので、方向性をすり合わせて、近づけて、乖離(かいり)を埋めていく努力は双方からできるのがやっぱり望ましい。夫婦の話し合いでは、2人がいい形で年齢を重ねていくために、どういう未来像を描こうかという話ができるのが理想ではあります。

不妊治療はもうつらい、でもやっぱり子どもは強く望んでいる、ということであれば、今は考えられないかもしれませんが、里子といった選択肢についても頭の片隅に置いてもよいのではないか、という考えかたもお伝えできればと思います。

妊娠や子どものことを考えない時間を

──ストレスを抱えたり孤独になったりしがちな不妊治療中に、気持ちを紛らわす方法はあるのでしょうか。

高尾: よく言われることですが、「不妊治療だけの毎日にしない」ことをおすすめしたいです。治療に集中してしまって、生理が来る度に気持ちがジェットコースターのように乱高下してしまう、という話はよく聞きますから。

からだを大事にするあまり、出かける機会が通院だけになってしまったり、趣味などの自分の時間を持たなくなったり、あらゆることへの興味関心が持てなくなってしまったり。こういった状態に陥る気持ちはわかりますが、自分を追いつめてしまいかねません。

ですが、職場で不妊治療やそれにまつわる自分の気持ちは言いづらいですよね。言ったことに対しての悪影響を考える方も多いと思います。

また、不妊治療のクリニックで患者さん同士で友人関係になることも多いようですが、この関係性もなかなか難しいものですよね。同じ境遇ということもあり仲良くなりやすいとは思いますが、不妊の原因や治療は本当に人それぞれ。どちらかが妊娠、あるいは妊娠できなかったときに比べてしまったり焦ったりしがちです。

だから私は、家庭でも、職場でも、不妊治療にまつわる場所でもないところで誰かとコミュニケーションを取ることをおすすめしたいです。もしそこで、気持ちを吐露できるような友人ができたら、ちょっとずつ話してみてもいいかもしれない。

不妊治療のことを話さずとも、妊娠や子どものことが頭の中によぎらない時間を過ごしたり、そういった関係性の中に身を置いたりするのは、いざというときに自分にとってのひそかな逃げ場にできる可能性があるからです。人生を豊かにする、という意味でも、ぜひ外に目を向けて欲しいですね。

高尾美穂医師(撮影:品田裕美)

もし、不妊治療について打ち明けられたら

──もしも、友人が不妊治療のつらさを打ち明けてくれたときに、できることはありますか。

高尾: これはもう、ただ聞くだけで十分ですよ。誰かの話を聞くときは傾聴や共感がキーワードだとよく言われますが、こちらの意見を挟まず、ジャッジしないで一緒の時間を過ごすということが本当に大切だと思います。それだけで救われる人は多くいます。

本人が話したいことを話してもらって、話したことで手放せる気持ちがあって明日はちょっと心が軽くなるかもしれない、くらいの感じが理想ですね。

だから、聞く側ができることは「そっかそっか、そうだったんだね」という相づちと、「よく話してくれたね」「話してくれてありがとう」という言葉がけくらいです。「大変だったんだね」も言わなくていいくらい。いいとか悪いとかアドバイスとか、そんな意見は誰も求めていない話題だということは覚えておきたいですね。

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医学博士・産婦人科専門医。日本スポーツ協会公認スポーツドクター。イーク表参道副院長。ヨガ指導者。医師としてライフステージ・ライフスタイルに合った治療法を提示し、女性の選択をサポート。テレビ出演やWEBマガジンでの連載、SNSでの発信の他、stand.fmで毎日配信している番組『高尾美穂からのリアルボイス』では、体と心にまつわるリスナーの多様な悩みに回答し、910万回再生を超える人気番組に。著書に『大丈夫だよ 女性ホルモンと人生のお話111』(講談社)など。
編集・ライター。ウェルネス&ビューティー、ライフスタイル、キャリア系などの複数媒体で副編集長職をつとめて独立。ウェブ編集者歴は12年以上。パーソナルカラー診断と顔診断を東京でおこなうイメージコンサルタントでもある。