市川実日子さん、老眼鏡に憧れた20代と40代の今。「自分を認めると人生は広がる」

俳優の市川実日子さんは近年、映画『シン・ゴジラ』やドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』『カムカムエヴリバディ』などの話題作でも独特の存在感を示し、4月14日から全国公開される映画『サイド バイ サイド 隣にいる人』では主人公の恋人役で出演します。長年のキャリアを経て変化した仕事への思いや、年齢を重ねることなどについて、伺いました。
市川実日子さん、坂口健太郎さんと不思議な心の結びつきを描く 映画「サイド バイ サイド 隣にいる人」 【画像】市川実日子さんの撮り下ろし写真

「私が本当にしたいことは何?」

――2000年に長編映画デビューし、近年は話題作に次々と出演されています。デビュー当初と今とでは、撮影現場に向かう姿勢は変わりましたか。

市川実日子さん(以下、市川): 変わりましたね。昔は、自分が思ったことを口に出すほうではなかったと思います。変わったのはなぜだろう……。だんだん意見を聞かれるようになって、伝えたぶん、お互いの理解が深まるように感じたからかな……。

ものづくりの現場って、年齢や先輩・後輩にかかわらず、感じたことを率直に言い合えないと、つかめないことがあるじゃないですか。お互いに遠慮してしまうこともあって、それはそれで、伝え方を工夫していく。違うなら「違う」と言ってくれる相手ならば、安心して意見を言える。気づいたら最近は現場でご一緒する方々が年下になってきています。気を遣われてしまうこともあるだろうけれど、建前抜きで意見が言い合える現場には喜びを感じますね。

――仕事で責任のある立場を担うようになるタイミングは、結婚や出産など女性にとってのプレッシャーが重なる時期でもあり、不安や迷いを抱えているtelling,読者も少なくありません。

市川: 親や周りの人の言葉や、世の中の目を気にしてしまうこともありますよね。いくつまでに結婚して出産するのが当たり前…って、自然と刷り込まれているから、自分の本当に望むことが見えづらくなっている。

私は、自分自身に聞くようにしています。自分が心からしたいと思うことは、周りが何を言おうが、すると思うんですよね。その選択を誰かのせいにしてしまうと、多分ずっと悩むことになる。誰かに自分の大事な選択を委ねてしまうと、きっと不安や後悔が付きまとう。でも、自分で考えて、考えて、決めた答えならば、後悔しないと思います。たとえどんなことがあっても、自分で納得してその先も進んでいけるはずだと。

――たしかに、周りの目に捉われすぎると、自分が心から望んでいることがわからなくなる瞬間があります。

市川: 自分自身の声って、なかなか聞こえてこないですよね。私にもありました。特に傷ついているとき。自分の声を聞いていたら目の前のことができないから、自分の気持ちを麻痺させて、思いに蓋をしてしまう。

でも、自分の気持ちを無視した経験は、ずっと残ってしまいます。一度、整理する時間が持てるといいですよね。周りや人のせいにするのは一見、楽です。でもまずは自分が傷ついていることを認めてあげる。そして、何事も誰かのせいではなくて、最終的には全部自分が選んでいることなんだと気づくこと。そうすれば、自分の声も聞こえるようになるのかなと思います。

年齢が変化するたびに得るものがある

――年齢を重ねることが怖いというtelling,読者もいます。市川さんはどう思いますか?

市川: 私、若いときから「早くおばあちゃんになりたい」と思っていたんです。背中が丸い姿に憧れて、カーディガンの下にリュックを背負っていたことも(笑)。20代前半の頃、ミュージシャンのパティ・スミス(76)の展覧会を見に行ったことがあって。そこで、パティ・スミスがポエトリー・リーディングをしたのですが、詩を読むときにすっと老眼鏡をかけたんです。その瞬間「カッコいいーーー!」って。老眼鏡を早くかけたいって思いました(笑)。後から思うと、パティ・スミスご本人が素敵だったからなのですがその仕草が、とにかくカッコよく見えた。

ただ、いざ自分が30代、40代と年齢を重ねていくと、憧れだけではない、何とも言えない気持ちを感じることはあります。それを無理やりポジティブに捉えたくはないんだけど。視野を広げてみれば、素敵な大人の女性がたくさんいますし、人には知性があるなと思います。

――自分が「素敵だな」と思える人や、年を重ねるのが楽しみに思えるようなことに目を向けていく……。

市川: 身体と心の変化が起きているんだから、それまでとは違う何かに違和感を覚えるのは自然なこと。私は、すぐに「こういうものなんだな」と、変化を受け入れようとする傾向があるんです。でも、変化のたびにいろんな出会いがあって、実は身体にも心にも知性があり、いつからでも進化していけることを知る機会になっています。失ったものがあったら、その分、得たものがある。「ない!」を見つめるより「あった!」を見てみると、「ある!」という楽しい出来事が目の前に現れてくるんだな、と最近感じています。

特に時間に追われている時は、楽な方に流れて行きやすいです。そうすると、自然と重たいものを重たいまま抱えてしまいがち。そんな時に私の場合よくするのは、好きな香りや音楽を楽しむことや、お茶を飲むこと。それをするだけで、ふわっと気分が変わって、気持ちが少し軽くなります。すると視界が変わって、素敵だなと思うものが目に入ってくることも。そうやって、未来が楽しみになるものを、自分の中で育てていきたいです。

H&M :Yuko Aika 秋鹿裕子
Sytlist :Aya Tanizaki 谷崎彩

市川実日子さん、坂口健太郎さんと不思議な心の結びつきを描く 映画「サイド バイ サイド 隣にいる人」 【画像】市川実日子さんの撮り下ろし写真

●市川実日子(いちかわ・みかこ)さんのプロフィール

1978年、東京都出身。10代の頃よりモデルとして活躍し、2000年に『タイムレスメロディ』で長編映画デビュー。2003年には主演を務めた映画『blue』で、第24回モスクワ国際映画祭の最優秀女優賞を受賞。2016年の映画『シン・ゴジラ』では、第71回毎日映画コンクール女優助演賞、第40回日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞。主な出演作に映画『罪の声』『TANG タング』、ドラマ『アンナチュラル』『大豆田とわ子と三人の元夫』『カムカムエヴリバディ』など。

■映画『サイド バイ サイド 隣にいる人』

出演:坂口健太郎 齋藤飛鳥  浅香航大 磯村アメリ 市川実日子
監督・脚本・原案:伊藤ちひろ
製作:「サイド バイ サイド」製作委員会
制作プロダクション:ザフール
製作幹事・配給:ハピネットファントム・スタジオ
©2023『サイド バイ サイド』製作委員会
4月14日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー

ライター・編集者。1988年、神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後ベネッセコーポレーションに入社し、編集者として勤務。2016年フリーランスに。雑誌やWEB、書籍で取材・執筆を手がける他に、子ども向けの教育コンテンツ企画・編集も行う。文京区在住。お酒と料理が好き。
カメラマン。1981年新潟生まれ。大学で社会学を学んだのち、写真の道へ。出版社の写真部勤務を経て2009年からフリーランス活動開始。