宴のあと… 現地で振り返ったアカデミー賞、「EEAAO」が7冠、米映画界に変化の胎動も
昨年に続いて米ロサンゼルスで見守った、アカデミー賞の授賞式(北米時間3月12日)。旧友と再会の杯を重ねつつ、あれこれ話をしながら現地のテレビで観賞しただけでも、祝祭感はたっぷり味わえました。
昨年は、ジェーン・カンピオン監督の「パワー・オブ・ザ・ドッグ」の作品賞受賞を予想して外した私(願望を大いに含む)ですが、今回も……。
私の一押しだった、ケイト・ブランシェット主演の「Tar」は、6部門にノミネートされたものの、無冠。現在公開中の「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス(以下、EEAAO)」が、圧倒的な勢いで、主演女優賞(ミシェル・ヨー)、助演男優賞(キー・ホイ・クァン)など最多の7冠を達成しました。
アジア系の俳優たちに、スポットライト
とはいえ、私が本命に挙げた「Tar」も、ケイトが欲望と才能にあふれる天才指揮者の栄光と転落を演じ、心を奪われる良作。日本では5月12日に公開されます。
予想を外したとはいえ、今回のアカデミー賞で、ミシェル・ヨーらアジア系の俳優たちに、スポットライトがようやく当たったこと自体は、とても素晴らしく記念すべきこと。主演女優賞で、有色人種が受賞したのは、「チョコレート」でのハル・ベリー以来、じつに22年ぶりです。ちなみに、アジア系女性の演技賞受賞は、1958年、映画「サヨナラ」で助演女優賞に輝いた、日本出身のナンシー梅木が最初です。ロサンゼルスのアカデミー映画博物館では、その受賞スピーチの映像が流れています。
7冠は伝統に沿った順当な結果?
話を今回のアカデミー賞に戻します。地元ロサンゼルス・タイムズ紙の名物映画評論家・ジャスティン・チャンは、授賞式終了直後に私の気持ちを代弁するような寄稿をしていました。
「面白いことに、(7冠の)EEAAOが、今年最高の映画とは到底思えないが、『私の今年の映画』であったことは間違いない」
「小生意気な、形骸化したラディカリズムの皮をかぶったこの作品(EEAAO)は、アカデミーがこれまで表彰してきたどの作品よりも、壮大な自己肯定感を描き、とても感傷的で、明確なテーマをもった映画である」。つまり、一見、突拍子もない受賞結果にみえて、実はアカデミー賞の伝統に沿った順当な結果、とジャスティンは言っているのです。
私もEEAAOをみている最中、ハリウッドの古典的名作「素晴らしき哉、人生!」(1946年)を思い出しました。逆境だらけで苦悩にまみれた人生が、実はいかに素晴らしいものだったことに気づく、というヒューマンドラマです。
今回のEEAAOの快挙は、同じくアジア系の存在感を高め、20年に4部門を受賞した韓国映画「パラサイト」と比較されがちです。しかし、EEAAOが描くのは、機能不全に陥った人間関係の「再生」。むしろ「素晴らしき哉、人生!」や「CODA あいのうた」といった人生賛歌の系譜につながる作品だと、私も考えます。
映画館に足を運ばせた理由は…
ロサンゼルスにいたことで、現地の若者たちの反応にもじかに触れられました。
私の友人で、映画プロデューサーとして活躍する福田真宙さん(25)は、「EEAAOを見たとき、『こんな素晴らしい映画は一生かかっても作れない』と悔しくて眠れなかった」と吐露していました。福田さんによると、現地の若者たちの間では、上映開始直後から「EEAAO、もう見た?」と話題になっていたそう。「ふだん映画館に行かない知人が6回も鑑賞しに行っていました。もはや業界を越えた社会現象」と福田さん。さまざまな技巧を凝らしたEEAAOについて、どんな映画かを言葉で説明されても理解するのが容易ではないがゆえに、「見ないとわからない」と映画館に足を向かわせたのでしょう。
EEAAOは、アジア系米国人の家庭が抱える、世代間のコミュニケーションの難しさを繊細かつパンクに描きました。福田さんは「アジア系の友人には、ミシェル・ヨー演じるエブリンのような、飛び回っている母親を持ち、母との接し方がわからないという人がたくさんいる。EEAAOをきっかけに親と子の話し合いも増えた」とも教えてくれました。
福田さんは、「家族がやっぱり一番」というメッセージよりも、最後の「Be Kind,Especially When We don’t Know What’s going on(わからない時こそ人に優しく)」という言葉に最も共感できたそうです。世界の各地で紛争や対立が起き、混迷を極めている今だからこそ「私も含め世界中の人が、リマインドされるべき言葉」と福田さんは熱く語ってくれました。
世代も住む場所も違う人たちと、映画を通して、人生観や社会への見方について意見を交わす――。これが楽しいから、映画好きはやめられらません。
「経験よりも若さと美しさ」という価値観が変化
ところで、#MeToo以降、アカデミー賞が掲げてきた「多様性の確保」について今回は、どうだったのでしょうか。
今年の結果を受けて、米映画雑誌・バラエティーのクレイトン・デイビス記者は、大きな変革が起きたあとの「揺り戻し」を懸念し、「変革のアクセルから足を外さずにもっと努力すべきだ」と力説しています。実際、21年に中国系のクロエ・ジャオ、そして22年にジェーン・カンピオンと2年連続で女性が受賞した監督賞で、今年は女性監督の映画は1作もノミネートすらされませんでした。
そもそも同誌によると、95回にわたるアカデミー賞授賞式で授与された約3100個のオスカー像のうち、アジア系は43人。アフリカ系は41人、ラテン系は34人、先住民族はわずか2人だそうです。
それでも、ハリウッドで長年、女性にのみ重視されてきた「経験よりも若さと美しさ」という価値観が変化する兆しは近年、見られます。
ここ数年、主演女優賞を40歳以上の俳優が受けることが増えています。今回、主演女優賞を受けたミシェル・ヨーは60歳です。フランシス・マクドーマンドは2018年に60歳、21年には63歳、オリビア・コールマンは19年に45歳、レネ・ゼルウィガーは20年に50歳で受けましたし、昨年のジェシカ・チャステインは当時、44歳でした。
ただ、映画界全体では……。
南カリフォルニア大学アネンバーグ校が2007年から22年にかけてヒットしたハリウッド映画1300作を調べたデータがあります。
それによると、女性が主役に相当する役で登場した映画は22年は100本中44本。調査を始めた07年の20%から大きく上昇しました。しかし、劇場公開時に45歳以上の女性を主演級に起用した映画となると、22年でもわずか10作品。45歳以上の男性が主役級を演じた作品は35本ですから、まだまだ業界全体で改善の必要がありそうです。
近年、米国では「50歳以上の女性のための映画祭」といったイベントが開催されるなど、内部からの動きも起きています。映画は「社会や時代を映す鏡」。実社会と同様に、多様なジェンダー、人種、バックグラウンドの人物たちがスクリーンに登場し、私たちを魅了することを願うばかりです。