Beyond Gender#12

映画「非常宣言」に見る韓国作品の変化、躍動するOVER40の女性

#MeToo後の米国社会の多様性やジェンダー平等について2021年から約1年、休職してロサンゼルスで研究していた朝日新聞の伊藤恵里奈記者によるBeyond Gender。今回は21年のカンヌ国際映画祭で見た韓国映画「非常宣言」における、女性の描かれ方などを取り上げます。
#KuToo運動を展開。ブログで性被害を綴った俳優・アクティビストの石川優実さん「私にしか私を救えない」 韓国人俳優・ジン・デヨンさん。苦難を経て「ドライブマイカー」に出演 “お遍路さんのおかげ”

太平洋上の真ん中を飛ぶ航空機内で、致死率の高いウイルスをばらまくテロを起こされたら――。韓国を代表する俳優ソン・ガンホとイ・ビョンホンが共演するパニック映画「非常宣言」が6日から日本で公開されています。

この映画を最初に見たのは、21年夏のカンヌ国際映画祭。思い返すと、ソン・ガンホとイ・ビョンホンの演技をおぼろげに思い出すだけで……。ただ今回、改めてみて心に強く響いたのは、この映画に出てくる女性たちでした。

カンヌ国際映画祭で「非常宣言」が披露された際に、レッドカーペットを歩いた、(右から)ソン・ガンホ、監督のハン・ジェリム、イ・ビョンホン、イム・シワン=カンヌ国際映画祭の公式インスタグラムより

想起されるダイヤモンド・プリンセス号

「非常宣言」のストーリーはシンプル。無差別バイオテロを企てた謎の男リュ・ジンソク(イム・シワン)が、韓国発ハワイ行きの飛行機に乗り込みます。その飛行機の乗客には元パイロットのジェヒョク(イ・ビョンホン)とその娘、そしてク・イノ刑事(ソン・ガンホ)の妻ら約150人がいました。
そして離陸後――。ジンソクがトイレに仕込んだ化学物質により、乗客たちは次々と体調を崩し、死亡していきます。原因が不明なため、たちまち機内は恐怖のどん底に。その状況は地上にいるク・イノ刑事ら乗客家族、韓国政府関係者、そして日本や米国も知ることとなります。

この映画を見ながら思い浮かべたのは、3年前、新型コロナウイルスの集団感染が発生したクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号でした。20年2月に横浜港に入港した同号の乗客たちに対して、日本政府は「船内隔離」の策をとりました。未知のウイルスの怖さが喧伝され、「上陸させるな」との世論が高まる中、感染が広がりやすい閉鎖環境で隔離された乗客たちは不安と恐怖に苛まれました。

前に企画された「非常宣言」ですが、私は怖さばかりが流布され、ワクチン接種も始まっていなかった時期に新型コロナに感染した人たちと、今回の映画で機内に閉じ込められた乗客たちが重なりました。怖いのは未知のウイルスだけではなく、人々の偏見や差別。ややもすると「命の選別」が行われるのではないか――。

後半で、乗客たちは、機内での分裂、そして国際社会だけでなく頼みの自国からも見放される絶望を味わいます。

「非常宣言」で、バイオテロを企てた謎の若い男を演じたイム・シワン=©2022 SHOWBOX AND MAGNUM9 ALL RIGHTS RESERVED

「責任を取るのが自分の仕事」

映画では2人の熱き男たちを軸にストーリーが進んでいきます。ソン・ガンホ演じるク・イノ刑事は少ない手がかりの中で妻を含む乗客を救う手立てがないか奔走し、訳ありの元パイロット・ジェヒョクを演じたイ・ビョンホンは、機内の混乱を収めるべく奮闘します。
極限の状況で、「何をすべきか」を見極め、黙々と自分の職務を遂行した女性たちもいました。彼女たちは、誰かの妻や母親ではなく、それぞれプロの仕事をする役として登場します。

「私たち公務員は責任を取るのが仕事です」。キム・スッキ国土交通大臣(チョン・ドヨン)は、この映画で何度もこの言葉を発しました。追い込まれた状況になるにつれ、ほかの役人や政治家ら政府関係者は「何かあったら……」と尻込みしてばかり。大混乱のなかで、キム大臣は、決して声を荒らげることなく、腹をくくって関係各所を調整していきます。大臣でありながら、時には大胆に「敵地」に乗り込む場面もあります。そんな彼女の「責任を取るのが自分の仕事」という言葉は、重い。キム大臣がこの作品で取った行動は、注目や称賛をされたり、世間の記憶に残ったりするようなものではないですが、間違いなく「功労者」です。

映画の最後で彼女が一人で、ある場所にたたずむ場面にはセリフはありません。しかし、「シークレット・サンシャイン」でのカンヌ国際映画祭女優賞をはじめとして、数々の演技賞を獲得してきたチョン・ドヨンの素晴らしさがにじみ出る場面となっています。

「非常宣言」で、キム・スッキ国土交通大臣を演じたチョン・ドヨン=©2022 SHOWBOX AND MAGNUM9 ALL RIGHTS RESERVED

ほぼ出ずっぱりのチーフ・パーサーのヒジン(キム・ソジン)も穏やかかつ冷静沈着でした。不安の表情を見せる若い客室乗務員を導き、乗客の恐怖を収めるべく、職務を遂行していきます。そんなヒジンが、元パイロットのジェヒョクに思いをこぼすシーンがあります。仕事でも私生活でも犠牲を払ってきたであろう彼女が背負ってきたものや仕事へのプライドが伝わってきました。
乗客として同機に乗りあわせたベテラン医師を演じたのはムン・スクのグレーヘアと、かつて「韓国のオードリー・ヘプバーン」といわれた華やかな顔立ちも印象的。セリフはほとんどありませんでしたが、次々と倒れていく乗客たちを救うため、黙々と手を尽くす役を演じました。

「非常宣言」で、ベテラン刑事のク・イノを演じたソン・ガンホ=©2022 SHOWBOX AND MAGNUM9 ALL RIGHTS RESERVED

女性に若さを求める傾向は各国に共通?

女性の俳優たちはいずれも、実年齢が40歳以上です。
近年、女性は男性の役者に比べて、年齢を重ねるごとに役を得るのが難しいことが、ジェンダー差別と問題視されてきました。
状況を可視化したのは、米カリフォルニアの「南カリフォルニア大学アネンバーグ・インクルージョン・イニシアチブ」の調査です。2019年に米国公開された興行収入トップ100位内の映画に登場する4451人のうち、役名があるかセリフがある役の66%は男性で、女性は34%。しかも、その34%のうち、40歳以上の女性が占める割合は約4分の1しかない、という結果でした。

女性に若さを求める傾向は、米国だけでなく各国に共通する状況なのでしょう。しかし、この「非常宣言」に限ると、セリフのある女性はほぼ40代以上。最近の韓国ドラマや映画では、「誰かの妻や母親」などの役ではなく、政治家や企業のトップといった“鍵”となる役を、ベテラン女性俳優たちが演じて、物語をひきしめています。

8月の記事で、記者が1年あまりの米ロサンゼルス生活で、BTSに深くハマったと告白しましたが、動画配信サービスのおかげで、韓国ドラマもたくさん見ました。
偉大な母親を持つ娘の葛藤を3世代にわたり描いてみせた「二十五、二十一」、キム・ヘスが処罰に対する信念を貫く冷静沈着な少年部判事を演じた「未成年裁判」、二大法律事務所のトップにいる女性弁護士2人の因縁が物語の鍵となる「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」……。今年も変化しつつある韓国映画・ドラマで、年齢を重ねてすごみを増す女性たちの演技を見るのが、楽しみです。

#KuToo運動を展開。ブログで性被害を綴った俳優・アクティビストの石川優実さん「私にしか私を救えない」 韓国人俳優・ジン・デヨンさん。苦難を経て「ドライブマイカー」に出演 “お遍路さんのおかげ”
朝日新聞記者。#MeToo運動の最中に、各国の映画祭を取材し、映画業界のジェンダー問題への関心を高める。
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