Beyond Gender#8

“負の歴史”や“多様性”も意識の「アカデミー映画博物館」、ロサンゼルスにオープン!

米ロサンゼルスに9月30日(日本時間10月1日)、「アカデミー映画博物館」が開館します。この博物館では、世界各国の映画の歴史を展示したり、実際に上映したり、教育プログラムなどが行われたり――。企画展のオープニングを飾るのは、宮崎駿展です。ロサンゼルスで多様性やジェンダー平等について研究中の伊藤恵里奈記者が21日に開かれた内覧会をレポートします。

新たなランドマークは“映画の歴史”から

映画の都・ハリウッドの新たなランドマーク「アカデミー映画博物館」が、ついにお披露目となりました。米アカデミー賞を主催する映画芸術科学アカデミーが中心になって建設された、この博物館は地下も含めて7階。展示・イベント用の「サバンビル」と、ガラスの球形の建物の2棟からなります。関西国際空港のターミナルビルの設計などで知られる世界的な建築家レンゾ・ピアノが手がけました。中核となるのは計約4600平方メートルのギャラリースペースにある常設展の「Stories of Cinema(映画の物語)」です。

来館者は最初にスピルバーグ・ファミリー・ギャラリーで、「映画の父」といわれるフランスのリュミエール兄弟の時代から現在に至るまでの映画の歴史を、複数のスクリーンで触れることができます。
そして2階から始まるのが常設展の「映画の物語」。まず目に入るのが複数のモニターの映像です。三船敏郎が凄腕の浪人を演じる黒沢明監督の『用心棒』、トニー・レオンが主演の『花様年華』、インドのサタジット・レイ監督の『大地のうた』など古今東西の名作の場面――。
期待に胸を膨らませて次に進むと、オーウェン・ウェルソンのコーナーがありました。ウェルソンが25歳で脚本・監督・主演をした名作『市民ケーン』の場面が流され、物語の秘密をにぎる「バラのつぼみ」に関する小道具も展示されています。

伝説のアクションスター、ブルース・リーの展示

様々な時代や多様な人種の映画で“展示”を構成

続いて、ハリウッドにアクション旋風を巻き起こしたブルース・リーや、戦前の無声映画時代に活躍して黒人映画人のパイオニアといわれるオスカー・ミショー監督の特集。そして「ラテン系が主人公の映画はヒットしない」との定説を覆した2002年の『Real Women Have Curves』についてのコーナーも。採り上げられている時代や人種は、実に多様です。キュレーターのソフィア・セラーノさんは「著名な白人監督ばかりにならないように多様性に配慮して展示を構成。ロサンゼルスの様々な時代を伝える映画も紹介しています」と語ります。

「アカデミー賞の歴史」では、壁面にあるモニターから歴代の受賞者のスピーチ映像が途切れることなく流れています。『パラサイト 半地下の家族』(韓国・20年作品賞など)や、中国出身の女性クロエ・ジャオ監督の『ノマドランド』(21年作品賞など)といった記憶に新しい受賞スピーチも。
当たり前に感じますが、この2作品のような非白人や女性監督による映画が賞レースに参加するようになったのは、つい最近のこと。女性監督の映画での作品賞は2010年が初めてで、キャスリン・ビグローの『ハート・ロッカー』でした。

アカデミー賞の歴史を振り返るコーナーでは、歴代の受賞者のスピーチとともに、人種やジェンダーによる差別というハリウッドの負の歴史も伝えている

華やかなハリウッドの表舞台だけでなく…

授賞式の歴史をさかのぼることで、垣間見える米国の人種やジェンダー差別の歴史。展示では、その「負の歴史」にも向き合っています。
1940年に『風と共に去りぬ』でアフリカ系として初めて、演技系の賞である助演女優賞を受けたハティ・マクダニエルは、授賞式で白人の出演者と同じテーブルにつくことさえできませんでした。「私の人種と、映画界に恥じない存在であり続けたい」と震える声で短く語ったマクダニエルのスピーチ映像が展示で見られるのです。
1958年に『サヨナラ』でアジア系俳優初の助演女優賞を受けたミヨシ・ウメキの映像も。着物姿のウメキが驚きを隠せず、はにかみながらのスピーチは印象的でした。日本では「ナンシー梅木」の芸名で知られていたというウメキの功績を今、どれくらいの人が覚えているのでしょうか――。私は俄然、彼女に興味を持ち、調べてみたくなりました。

博物館の展示理念の一つにあるのが、人種やジェンダー、年齢、宗教、文化などの違いを尊重する「多様性とインクルージョン」の実現。その理念が、白人男性中心の華やかなハリウッドの表舞台だけでなく、その裏で埋もれていた数多くの功績も浮かび上がらせています。

私は展示を総括するジャクリーン・スチュワートさんに取材したことがあります。
博物館建設の話は10年以上前からあったそうですが、資金不足や用地の問題などで、計画は遅れに遅れていました。そして、計画からオープンの間に起きたのが、アカデミー賞にノミネートされるのが白人ばかりであることを糾弾する2016年の「#OscarSoWhite(白すぎるオスカー)」であり、17年頃に業界内の長年にわたる性暴力を告発した「#MeToo」運動でした。
スチュワートさんは「振り返ると、今のタイミングでの開館がベストでした。5年前にオープンしていたら、ハリウッドにおける差別や格差の問題を、ここまで深く掘り下げて展示するのが難しかったかもしれない」と話していました。

「スター・ウォーズ」のR2-D2など、プロダクション・デザインの魅力を伝えるコーナーには、人気映画のキャラクターがずらりと並んだ

浮かぶ『ミッドサマー』や『ロケットマン』の場面

「映画に関わった誰もINVISIBLE(見えない)な存在にはしない」
これは、館長のビル・クレイマーの発言です。実際、美術やプロダクション・デザイン、衣装など、“カメラの後ろ側”で働く人たちの業績にも光を当てています。『スター・ウォーズ』の人気キャラR2-D2やCー3PO、『エイリアン』の頭部、『E.T.』などの展示は実物大。映画の世界観を実際に形にするプロダクトデザインの奥深さを伝えています。

衣装デザインで目を引くのは、カルト的な人気を得たホラー映画『ミッドサマー』(2019年)でヒロインが着用した山盛りの花の衣装。ほかにもエルトン・ジョンの半生を描いた『ロケットマン』(同年)での奇抜な舞台衣装や、クエンティン・タランティーノ監督の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(同年)でブラッド・ピットがきた衣装などがあり、映画の場面が目に浮かんできます。

衣装展示のコーナーで真っ先に目に入るのが、ホラー映画「ミッドサマー」の衣装

日本ではオープニングに催される宮崎駿展が大きく報道されているようですが、ミヨシ・ウメキのスピーチなど日本関連は博物館にたくさんあります。
たとえば、最古の展示品は、日本の菱川師宣による浮世絵。広大な館内のどこにあるかは、訪れた際に探してみてください。

アフリカ系米国人が直面する差別や偏見をテーマにした映画で知られるスパイク・リー監督のコーナーのポスター展示では、『羅生門』や『七人の侍』に影響を受けたことを知りました。鋭く社会を風刺するリー監督が、黒沢明監督からどのような影響を受けたのか――。私は思わず、誰かと語り合いたくなりました。
メイクアップの分野でも、著名なメイクアーティストらと並んで、日本人として初めてメイクアップ&ヘアスタイリング賞を受けたカズ・ヒロ(辻一弘)が紹介されています。映像として流れているのは映画『スキャンダル』(2019年)で、シャーリーズ・セロンに実在のニュースキャスターに似せた特殊メイクを施す場面でした。

博物館の上映会場は2カ所。1千席あるメインシアターでは、70ミリフィルムからナイトレート(可燃性フィルム)まで上映でき、コンサートのような音響が楽しめて祝祭感満載。一方、緑のシートが印象的な288席のシアターは、防音設備や映画の色の再現に徹底的にこだわった仕様。子ども向け映画から海外の往年の名画まで様々な作品を上映します。

オープニング企画の「宮崎駿展」の入り口の壁には、歴代のジブリアニメ映画が描かれていた

「映画は魔法の芸術であることに変わりはない」

建設のための資金集めに尽力した著名人の1人である俳優のトム・ハンクスは内覧会の記者発表に登壇。「展示を一つ一つみてまわると、3日半かかる」と冗談交じりに語り、「(映写機が誕生する前に画像投影に使われていた)マジックランタン(幻灯機)などの展示が印象的だった」と述べました。そして「スター・ウォーズ関連の展示コーナーのような華やかさはないけど、電気が通っていなかった時代に、人々がどうやって映像を楽しんでいたのかを見てほしい。ネットの動画配信であろうが、映画館で見ようが、いつの世も映画は魔法の芸術であることに変わりはない」と続けました。

ロサンゼルスでは連日、アカデミー博物館関連のニュースや街頭広告を目にします。9月30日のこけら落としにはハリウッドスターたちが駆けつけ、メインシアターでは「オズの魔法使い」(1939年)が交響楽団の生演奏付きで上映されます。
開館後の3カ月間には、宮崎駿監督の全11の長編作品をはじめとする100本以上の映画が上映されるほか、アジア系俳優のパイオニアであるアンナ・メイ・ウォンの功績をたたえる特集なども。ほかにも中高生向けや家族向けの教育プログラムや、難聴者や聴覚障害者、視覚障害者のためのツアーも始まるそうです。

多様性とジェンダー平等を掲げて変化を続けるハリウッドの新たな名所「アカデミー映画博物館」に、日本から多くの人が訪れる日が来ることを願ってやみません。

この連載「Beyond Gender」は、私の研究活動のために中断します。ロサンゼルスの研究や取材で得た成果を再び紹介できる日まで、地道に精進したいと思います。短い間でしたが、ありがとうございました。またいつかお会いしましょう!

(伊藤記者が英のコラムニスト、キャトリン・モランさんにインタビューしたBeyond Gender特別編は近日、公開します)

「女はかくあるべし?」「見る男性と見られる女性?」 ジェンダーギャップから見る映画
朝日新聞記者。#MeToo運動の最中に、各国の映画祭を取材し、映画業界のジェンダー問題への関心を高める。2021年4月から休職して、ロサンゼルス滞在中。フルブライトジャーナリスト。
Beyond Gender