感染拡大の兆しも、増えるオフィスへの出社 メンタルの保ち方を専門医が解説

3月にまん延防止等重点措置が全面的に解除され、在宅勤務が中心だった生活から、再び満員電車で通勤し、オフィスで仕事をする人も増加。2年超のコロナ禍で環境がめまぐるしく変わる中、心身が対応できない人も多いよう。感染再拡大の兆しも見られる現在、変化し続ける状況への向き合い方を心療内科医で、複数の企業の産業医も務めるセントラルメディカルサポートの石澤哲郎さんに聞きました。
同僚、友人…コロナ下での人との距離感、そしてマスクはどうすれば? 専門家に聞く

――コロナ流行期には「コロナうつが増える」という話がありました。一方で最近は、在宅勤務ではなくオフィス出社を求められることが増えて、戸惑う人もいるそうですね。

石澤哲郎さん(以下石澤): 感染拡大期の緊急事態宣言をきっかけに在宅勤務を含むリモートワークが広まったときは、上司や同僚との距離感の変化によりコミュニケーションが取りづらくなったり、お互いの体調の変化に気が付きにくくなったりしたことで、職場のメンタルヘルス問題が増加しました。また一日中メリハリなく仕事をすることや、通勤に伴う外出が減ったことで、生活のリズムが乱れたり孤独感を募らせたりしてしまい、うつ状態になる方も一定数、いました。

日本ではコロナの影響でリモートワークが急速に進んだものの、会社の仕組みも社会の構造も十分に対応できているとは言い難い状況です。たとえば「リモートワークの方が生産性が高い」といったデータもありますが、私は少し懐疑的です。産業医としての経験から言うと、コピーやプリンタといったOA機器がオフィスの方が充実していたり、社外では情報管理の問題が生じたりということで結局、「在宅勤務だと十分にアウトプットが出ない」と感じる個人や会社が少なくありません。感染症の急拡大という致し方のない事情により、環境が整備されていないまま、なし崩し的にリモートワークが始まることで、様々な問題が起きてしまった、という印象を受けています。

しかし流行期には、リモートワークを認めない会社は「感染症対策がなっていない」という評価を受けましたし、就職活動をしている学生の中にはリモートワークの実施の可否を入社の目安にする人も少なくないので、企業が問題を感じていても簡単にはオフィス勤務に戻せませんでした。

Getty Images(1枚目も)

週5日間の出社の経験がない若手社員も

一方で、コロナの流行が始まってから2年が経過し、この感染症の特徴がある程度見えてきました。また今春にまん延防止等重点措置が解除されたことを契機に、4月以降は多くの企業が定期的なオフィス出社を求めるなど在宅比率を下げています。実は、こういった働き方の変化に伴って最近、メンタルヘルス不調になったり、休職してしまったりする人が増えています。

特に相談が多いのは若手社員。この1、2年で入社した若手社員には週5日間のオフィス出社をした経験がない人が少なからずいます。そういう人は「4月から毎日出社するように」と急に言われても生活リズムがつかめませんし当然、先輩や上司とのコミュニケーションがうまく取れない。一方で、会社や職場は入社から相応の時期が過ぎた “一定の戦力”として若手社員を捉えるため、そんなギャップのある状況に悩み、強いストレスを抱えるケースは少なくありません。

これは若手社員だけの問題ではなく、コロナ下で転勤や異動があった社員も同様です。本来なら着任後、数カ月をかけて新たな部署や環境に慣れたり、業務を覚えたりします。しかし、その時期に十分なコミュニケーションが取れず、業務を覚えきれなかった。それなのに“完全な戦力”として扱われ、大きなストレスを抱えている人も増えています。

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在宅より出社する方が精神的に疲れやすいのは当然

――在宅勤務では、普及したチャットツールやメールなどで業務上のコミュニケーションを行う一方で、電話などで会話はせず「始業から終業まで誰とも話さない」ということも珍しくありませんでした。しかし、出社すると必然的に“誰かと話さざるを得ない”シチュエーションが生じる。この違いは大きいと思います。

石澤: Slackなどのチャットツールやメールもコミュニケーションの一種ですが、対面コミュニケーションとの一番の違いはリズムです。テキストのやりとりは自分が送りたいタイミングで、中身を十分に考えて送り、相手も同じような形で返事をします。いわばお互いが自分のリズムでコミュニケーションできる状況です。一方、対面コミュニケーションはその場で完結するものであり、お互いが相手にリズムを合わせて思っていることや考えていることを即座に理解し、返事をしないといけません。つまり常に頭を働かせていないと適切なコミュニケーションができないのです。

また情報量も大きく違います。チャットツールやメールなどのテキストでのコミュニケーションでは、業務に関連した必要な情報のみのやりとりがほとんどであり、必要最低限の情報量にとどまります。一方で出社すると、口答で挨拶や雑談をしたうえで、ようやく業務上の内容をめぐる会話が行われます。さらに、そこから双方向のコミュニケーションを複数回行い、結論が出るのが一般的です。加えてオフィス内では、その日の仕事に関係のない人からも挨拶をされたり、声をかけられたりと色々な人から発せられる情報に対して反応する必要があります。

このように、リモートワークでは仕事に直接的に関係する情報しか入ってこないのに対し、オフィスに出社するときにはコミュニケーションの負荷が非常に大きくなります。さらには通勤中も人混みにもまれるなどして他人との接点を持つので、在宅より出社する方が精神的に疲れやすいのは当然のことです。

“変化そのものに対するストレス”

――しかし以前は、オフィス出社して働くことが当たり前でした。

石澤: 「コロナ前と同じ働き方なのになぜ疲れるのか?」ということですが、これには「変化そのものに対するストレス」が関わっています。人は多忙な状況であっても毎日、同じことを繰り返すだけであれば大きなストレスを感じません。同じ刺激には次第に慣れてくるのです。例えば熱中症も同じで、暑さに慣れていない時期に起こりやすいとされています。何事も慣れていないと大きなストレスを感じるということです。ほかにも結婚前後に見られるマリッジブルーや五月病といった病態も、変化のストレスによる影響という観点では同じ問題ですね。現在、在宅勤務からオフィス出社に変わって辛い思いをされている人は、働き方の変化に対する不適応やストレスを抱えているのだと思います。

会社はこういった社員のストレスを理解し、ステップを踏んで社員の在宅と出社のバランスを調整していくことが望ましいです。一方で、たとえば「1日おきで在宅と出社にする」といった働き方は、仕事が始まる月曜日を憂鬱に感じる「ブルーマンデー症候群」と同じ状況を増やしてしまうことにもつながります。この点はなかなか難しい問題ですね。

――コロナの状況がこの先、どうなるかはわかりません。第七波の到来も指摘される中、また働き方を変える必要があるかもしれません。

石澤: 「変化自体がストレスになる」と説明しましたが、それだけではなく先が見えない状況も強いストレスになります。たとえば、産業医との面接で「在宅勤務でもオフィス出勤でも構わないが、今後どうなるか分からないのが辛い」と言う社員は少なくありません。

在宅勤務にも、もちろんメリットとデメリットがありますし、働き方としてオフィス出社が常に優れているわけでもありません。この状況ですから、在宅を含むリモートワークとオフィス出社の双方が可能な“自由な働き方”を会社が社員に提示できることが本来は望ましい。一方、社員一人ひとりも、しなやかさを身に付け、どんな働き方でも一定以上の成果を上げられるようになることが最終的には重要です。
ただコロナ禍からの様々な移行過程で、その変化についていけない人が増えていることは、労使双方とも強く認識しなければなりません。

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●石澤哲郎(いしざわ・てつろう)さんのプロフィール

1975年神奈川県生まれ。東京大学医学部を卒業後、早稲田大学統括産業医や東京大学医学部附属病院心療内科助教などを経て、産業医事務所セントラルメディカルサポート代表。30社以上の企業の顧問を務め、休復職対応や長時間労働対策、健康経営推進に取り組んでいる。著書に『心療内科産業医と取り組むストレスチェック集団分析 職場改善への活用手順と実践例』(第一法規)などがある。

ハイボールと阪神タイガースを愛するアラフォーおひとりさま。神戸で生まれ育ち、学生時代は高知、千葉、名古屋と国内を転々……。雑誌で週刊朝日とAERA、新聞では文化部と社会部などを経験し、現在telling,編集部。20年以上の1人暮らしを経て、そろそろ限界を感じています。