2クール連続「月9」の原作者・新川帆立さん「女版・寅さん」を描く

デビュー作『元彼の遺言状』がドラマ化され、現在フジテレビ系で放送中の新川帆立さん。主人公はどこかコミカルなやり手の女性弁護士で、新川さん自身が弁護士としての勤務経験もあることから、話題を集めています。5月11日には最新刊『競争の番人』(講談社)が発売になり、こちらも7月から月9ドラマの原作となることが発表されました。公正取引委員会で働く29歳の女性審査官が社会の不条理や自身の生き方に悩みながらも、自分なりの自立を目指していきます。新川さんに最新作に込めた思いを伺いました。
新川帆立さん 「女性ならではの生きづらさ」弁護士の時も、作家になってからも 【画像】新川帆立さんの撮り下ろし写真

社会問題の根っこは「競争」に行きつく

――現在放送中の『元彼の遺言状』が話題ですが、最新作である『競争の番人』も7月クールの月9ドラマの原作に決まりました。

新川帆立さん(以下、新川): 2クール続けて月9のドラマになるのはすごいですよね。光栄ですし、正直、驚いています。ドラマ『元彼の遺言状』も毎回おもしろく観ています。小説と映像では表現できることに違いがあるので、いつも発見があります。「映像だとこういうふうに表現するんだなあ」と。

自分で書いていて難しかった部分も、演出で乗り越えられることがあります。映像クリエイターの技のようなものが随所に見てとれるので、書いた私自身もドラマを観る度にいつも得した気分で、「こう来たか……」などと言いながら観ています。

――『元彼の遺言状』は弁護士が主人公でした。『競争の番人』の舞台は、公正取引委員会ですね。弁護士としての勤務経験に着想のきっかけがあるのですか。

新川: 弁護士時代の仕事上の関係は特にありません。ただ、私はかねてより、あらゆる社会問題は深掘りしていくと厳しい競争社会に行き着くと思っています。例えば、学校でいじめがある。いじめっ子は家では虐待を受けている。虐待をする親は会社でパワハラを受けている。パワハラをしている上司は厳しい営業ノルマにさらされている、というふうに様々な社会問題はつながっています。それらの起点、根底に厳しい競争社会があります。それでは果たして「競争」はあったほうがいいのか、どうなのか、を考えるのは非常に現代的な課題だと思っているため、タイトルにも「競争」を入れて、本作のメインテーマに据えました。

たとえば身近なところだと、AmazonやGoogleなどのGAFA、すなわちビックテック企業が市場を独占してしまっています。ビックテック企業が便利なサービスを提供して消費者にとっては有益だから、ビックテック企業による市場独占も問題ないと考える学説もありました。ですが近年ではビックテック企業の独占によって、結果的に消費者の現状は選択肢が狭まっているのはやはり問題だ、市場の独占を認めず競争を促進するべきだという声も強まっています。そういった最新の論点も本書には盛り込んでいます。

巨大な力を持つ者が支配している状況において、不正なことが行われても、なかなか巨悪に縄をかける方法がない。正義を実現する難しさに直面し、世の中全体に疲弊感を感じている人も多いと思うんです。現状の社会の理不尽さに打ちのめされそうになっても、諦めずに正しいことをしようよというメッセージを、この作品には込めています。

仕事か結婚か。悩む主人公を描いて

――『競争の番人』の主人公・白熊楓は29歳で、公正取引委員会の審査官です。私たちtelling,の読者世代もそうですが、30歳になるまでに結婚したい、転職したいなどと焦る「29歳問題」という思いを抱える人がいます。

新川: 29歳って悩みますよね。主人公の楓は結婚かキャリアか、どちらかを選ばなければいけない状態に置かれています。たとえキャリアを取っても、結婚を取っても、どっちにしても誰かに何かを言われることになる。まだまだいろんな選択肢があるようで、実はすべてを手にすることができないのだということは既に分かっている年代です。

白熊楓も、仕事は続けたいけど、もちろん婚約者も捨てがたい。彼についていくなら、退職が待っている。よき社会人像と、よき女性像がうまく噛み合わず、困った状況ですが、それでも、彼女はこの状況を自らどうにかしようという思考にはなかなか至らないんです。

でも今の社会環境では、こういう人は意外に少なくないかもしれないですよね。外から見ると矛盾しているように見えても、本人の中ではものすごく一貫性があったりして。実際の人間はいろんな側面を併せ持っているので、人物描写もできるだけリアルな人間に近づけたいんです。テンプレートでない人物を描きたいというか。

だから今回の主人公も、人に対して強く出られないところが結果的に組織の足を引っ張ってしまったり、仕事を頑張っていても周りの人間に今ひとつ及ばなかったりするんです。

こう考えると、『競争の番人』は、telling,読者の皆さんとわかり合えるところが多い気がしてきました。実はこの白熊楓の話をシリーズ化しようと思っていまして。そこで考えた設定が「女版・寅さん」なんです。

守られるばかりがヒロインではない

――女版『男はつらいよ』が、今後のシリーズのベースとはおもしろいですね。

新川: 主人公をちょっと残念だけど愛すべきキャラクターというか、モテない感じにしています。白熊楓は毎回、仕事で頑張って、なんとなくいい感じになりそうな男の人も出てきますが、結局はフられたり、すれ違ったりして付き合えない。毎回恋愛をしくじってしまう。

寅さんも毎回ヒロインのために奔走しますけど、最終的にフられて涙を飲みますよね。それでも惨めだなんていうことはなくて、男性の場合は女性にフられても、「俺は女性にいいことをした。だからこれでいいんだ」という男としての美学や在り方があるわけですよね。それと同じような女性の生き方も私はアリだと思っているんです。

守られるばかりがヒロインではない。寅さんみたいな生き方の女性はまったく新しくなくて実は昔からたくさんいたのに、小説や映画などのフィクションがそのキャラクターを拾ってこなかっただけなんですよね。

ちなみに『競争の番人』に出てくる楓の同僚の小勝負勉は、『男はつらいよ』でいえば、寅さんの妹・さくらに当たります。楓がフられるのを見て、脇で「白熊さん、あなたバカですね」と言う役どころです。

同世代の女性に向けて書いていきたい

――新川さんは自分の小説を、どんな人に読んでもらいたいですか?

新川: 私は今年31歳になりました。今の私は同世代の30歳前後の女性に向けて書いています。そして私も徐々に年をとるので、今後も自分と同世代に向けて、将来的には中年女性が活躍する話などを書いていきたいと思っています。世の中のフィクションもので描かれる女性は、若い世代しか出てこない作品が多いですよね。中年女性ものだと、どこか悲哀を感じさせるお話が多い。中年女性がもっと明るく活躍する話を書きたいですね。

フィクションと現実は異なりますが、互いに影響しあっています。フィクションが若い女性しか描かないことで、読者さんが明るい将来を想像できず、年齢を重ねることに恐れを抱いてしまうという側面もあると思います。そのあたりはフィクションの罪だと感じています。私は小説を書くことしかできませんが、出来る範囲で、変えられるところから一歩ずつ変えていきたいと思っています。

そもそもミステリー小説の世界は、女性の主人公自体が少ないんです。たまに登場しても、男性にとって都合のよいキャラクター造形になっていることが多い。そうすると、せっかくミステリー部分がおもしろくても、女性が読むと、違和感というか、ちょっとサイズの合わない靴を借りて履いているような読書体験になってしまいます。

ミステリー小説に、女性が読んでも素直に楽しいと思える女性主人公を増やしていきたいですね。今、構想しているのは、永田町の政治の世界にいる女性たちの物語です。日本で一番ハイキャリアの女性なのに、一番大変な思いをしている人たちです。社会の中での女性の在り方に関する作品も書いていきたいですね。

新川帆立さん 「女性ならではの生きづらさ」弁護士の時も、作家になってからも 【画像】新川帆立さんの撮り下ろし写真

新川帆立(しんかわ・ほたて)さんのプロフィール

1991年、アメリカ合衆国テキサス州ダラス生まれ。宮崎県宮崎市育ち。東京大学法学部卒業、同法科大学院修了後、弁護士として日本の法律事務所で企業案件などを担当した。プロ雀士としても活動経験あり。作家を志したきっかけは16歳のころに夏目漱石の『吾輩は猫である』に感銘を受けたこと。第19回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞した『元彼の遺言状』で2021年にデビュー。現在はアメリカ・シカゴ在住。


『競争の番人』


著者:新川帆立
発行:講談社
価格:1600円(税抜き)

横浜生まれ、町田育ちのライター。エンタメ雑誌の編集者を経て、フリーランスに。好きなものは、演劇と音楽とプロ野球。横浜と台湾の古民家との二拠点生活を10年続けており、コロナが明けた世界を心待ちにしている。
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。 コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。
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