蜷川実花さん“こんなの写真じゃない”と言われても「自分で自分を信じてあげる強さが大事」
写真を撮り終わったらすぐに家事
――蜷川さんは写真家として活動しながら2007年、『さくらん』で長編映画の監督としてデビュー。以来、『ヘルタースケルター』や『Diner ダイナー』『人間失格 太宰治と3人の女たち』といった数々の作品を手がけ、4月29日には『ホリック xxxHOLiC』の公開も控えています。子育てをしながら、これだけのキャリアを築くのは大変だったのではないでしょうか。
蜷川実花さん: 高校生くらいから、仕事もしたいし子どももほしいと思っていました。その目標に向けてどんなふうに生きたらいいか、逆算して生活してきたんです。
結婚や出産を経ても、キャリアの中断を考えたことはなかったし、産後も割とすぐに仕事に復帰しました。
振り返ってみると、やっぱりすごく大変でしたね。私の場合は、母や妹が助けてくれたからできたんですよ。それに今だって、できてないことがたくさんあります。
子どももキャリアもあるから周りから見たら、何でも持っているように見えるかもしれない。でも実際は、自分の自由な時間はほとんどなくて、本当に仕事と子育てばかり。結構ひどい生活をしてるんですよ(笑)。
私のインスタグラムには楽しそうな写真ばかりが並んでるけど、あれは一瞬でしかないですね。撮り終わったらすぐ、家事をしてるので(笑)。
――とても意外です。
蜷川: 楽しく生きてるけど、現実は楽しいだけじゃないですよね。でも、大変なことも含めて全部が愛おしいと思える生活をしてます。
私のインタビューやインスタを見てくれる人に伝えたいのは、仕事も育児も何もかもできているように見えているかもしれないけど、全然そんなことないってこと。芸能人など表に出る人の情報を見て、自分と比べては「なんで私はできないんだろう」って落ち込まないでほしいです。私も「できたらいいな」って頑張っているけど、現実はできないことばかりですから。
――SNSで他人の生活が見えるような感覚があり、友人などと比べて落ち込む人も多いようです。
蜷川: みんな私と一緒で、キラキラしている部分だけを切り取って発信してるんですよ。他人のポジティブな情報ばかりがSNSから入ってくるけど、比較して上手くいかない自分を責めないでほしい。
それに、大勢にとって価値があることが、自分にとって必ずしもいいとは限りません。自分にとって価値があるものを見つけて、大切にしたらいいと思うんです。
私の場合で言えば、何気ない日常。例えば、毎日撮ってるお花の写真が素敵だなって感じることとか、「天気がよくて、なんて気持ちがいいんだろう」と思える心とか。コロナ下で特別なところに行く機会もないし、誰もがアクセスできる場所しか行けないけど、自分にとっての“素敵なもの”って意外と身近なところにあります。
他人の価値観に乗っかろうとすると、しんどくなってしまう。「自分がいいと思うものさえあれば、それでいいじゃん」って伝えたいですね。
いつも風当たりは強い
――20代や30代で、自分を貫くのは難しいです。蜷川さんは昔から他人の目を気にせず、自分軸で生きてきたのですか。
蜷川: 「みんながこうだから、こうあるべきだ」みたいな考えは最初からなかったです。世の中の風潮と自分の気持ちのギャップに悩むことがなかったのは、父が演出家で母が女優という、特殊な家庭環境も影響していたかもしれません。初めからそう考えられる人って多分あまりいないので。
知人が、「こんなに短いスカートをはいて会社に行ったら怒られるかも」って悩んでいた時がありました。髪色も明るくできないし、ネイルもおしゃれできないし……って。それを聞いて、すごくナンセンスだと思いましたね。
些細なことだけど「こうじゃなきゃいけない」って、自分で自分に課してしまっている。意味のない我慢をしなくて済む世の中にしたかったら、自分の“やりたい”を貫くことが大事です。身の回りの小さなことから少しずつ変えていくことで、周りも自分も徐々に変わっていくはず。そうしていけば、世界はいい方向に動いていくんじゃないかな。
――蜷川さんは28歳の時に木村伊兵衛写真賞を受賞。当時、若手の女性写真家は珍しく、独特な作風も注目を集めました。厳しい意見もあったのではないでしょうか。
蜷川: いつも風当たりの強いところにいますよ。「こんなの写真じゃない」と言われたことは何度もあるし、「俺の方が上手く撮れる」「いつも同じような写真を撮っている」といった言葉も……。
私って、楽しくやってるように見えるかもしれないけど、批判も多いし人の反応がめちゃくちゃ気になるんですよ。
でも人の意見に耳を傾けすぎたら疲れちゃう。「これじゃだめかな」って思っていたら、いいものは作れません。否定的な声に負けないよう、“自分で自分を信じてあげる強さ”を持つことが大事だと思っています。自分が「いい」と感じたことは貫く。その積み重ねが、次に向かって続けられる強さになります。
自分で自分の機嫌を取れることが大事
――頭では分かっていても、人の意見が気になるものです。
蜷川: 心の状態を整えつつ、今の自分がどういう状態なのか把握するといいですよ。自分が弱ってる時って、人から言われたネガティブな言葉がすごく刺さっちゃうじゃないですか。そうならないよう、自分を正常な状態に保っておくことが大事で、私の場合は写真を撮ることで調子を整えています。
誰かに頼って何かをするのではなく自分の力で、世界の素敵なことを見つけてみる。例えば、美味しい紅茶を入れるとか、サウナやドライブに行く。公園でゆっくりするのもいいかもしれません。私もそんなことくらいしかしていないけど、自分で自分の機嫌を取れるのって、大事なことです。
そして自分の機嫌が今、いいのか悪いのか、ちゃんと把握できること。「今落ちてるから、こんなに効いちゃうんだな」って自覚できれば、気分も違うんじゃないかな。
●蜷川実花さんのプロフィール
東京都生まれ。父は演出家の蜷川幸雄さん、母は元女優でキルト作家の真山知子さん。多摩美術大学を卒業後、写真家として活動。第26回木村伊兵衛写真賞(2000年度)を受賞し、若手の女性写真家として注目を集めた。2007年に『さくらん』で映画監督デビュー。その後、『ヘルタースケルター』(2012年)、『Diner ダイナー』(2019年)、『人間失格 太宰治と3人の女たち』(同)などを手がけた。
原作:CLAMP『xxxHOLiC』(講談社「ヤングマガジン」連載)
監督:蜷川実花
脚本:吉田恵里香
音楽:渋谷慶一郎
主題歌:SEKAI NO OWARI「Habit」(ユニバーサル ミュージック)
出演:神木隆之介 柴咲コウ 松村北斗 玉城ティナ 趣里/DAOKO モトーラ世理奈/ 磯村勇斗 吉岡里帆、ほか
配給:松竹、アスミック・エース
公開:4月29日(金)全国公開
©2022映画「ホリック」製作委員会 ⓒCLAMP・ShigatsuTsuitachi CO.,LTD./講談社
●スタッフクレジット
ヘアメイク:NOBORU TOMIZAWA(CUBE)
スタイリスト:斉藤くみ