濱口竜介「本当に“やりたいこと”というのは、意思を超えてしてしまうもの」
向き合うとは――「せめて逃げないでいること」
――「偶然と想像」にも「ドライブ・マイ・カー」にも大切な相手と“向き合う”という言葉が出てきました。濱口さんにとって人と向き合うとは?
濱口竜介さん: それが分かれば苦労はしないんですよね……。向き合うって何なんだろうっていうのが、正直な自分の気持ち。人間関係に正解はないし、ケース・バイ・ケースでしかないから、「向き合うって、こういうことだ」と一般論のように言うことはできません。
ただ、人との関係性において、「今ここで逃げたらもう終わりだ」っていう局面があると思うんです。いい加減な返答をしたり、ちゃかしたりしてしまったら、関係性そのものが終わってしまう時。それは、どう答えたってリスクがある局面なのですが、せめて逃げないでいること。相手との関係性をつくっていきたいと伝えることだと思います。それでも、ダメになっちゃうことはありますけどね。
――「偶然と想像」の3話目に出てくる40代専業主婦の女性が「何にでもなれたはずなのに、時間だけが経ってしまった」と話していたのが印象的でした。どうしてこのような脚本を書いたのでしょうか。
濱口: いまある現実に対して「こんなはずじゃなかったのに」と強く思っているわけではない、でもそういう感情にふと襲われる人がいるのではないか――。具体的なモデルがいるわけではありませんが、周りの人と話をする中でそう思って、あの女性を描きました。
――ご自身はいかがですか。
濱口: 僕は結構好きなことをやってきたから「もっとこうすればよかった」ということはないですね。……いや、全くないわけではないけど、映画以外に道があったと思えないので。「こんなに楽しいことは他にない」と思いながらやっています。
楽しさとつらさはセット
――好きなことをやり続けることに不安や怖さを感じることは?
濱口: 撮影現場そのものは楽しいだけではないし、むしろつらいことの方が多い。でも、ただ純粋に“楽しいだけ”ということがあるとは思えないので、楽しさとつらさはセットだと捉えて処理できていますね。
毎回、本当に死力を尽くすわけですよ。「これ以上できない」を、常にやっている。だから、「次、これよりいいものが撮れるのかな」「ここがピークなんじゃないか」って気持ちにもなるんですよね。その意味での不安は常にあります。
――「偶然と想像」はベルリン国際映画祭で銀熊賞、カンヌ国際映画祭では「ドライブ・マイ・カー」が脚本賞を受賞しました。次回作へのプレッシャーはありませんか。
濱口: 周りからの評価が作品のかたちを変えるわけではないから、気にしないようにしてます。自分で把握している“前回できなかった部分”をその次に修正していく、ということを繰り返しているので、そういう意味ではそんなに変わりません。とはいえ、「次回作で何も受賞しなかったら『だめになったね』と言われるのかな」と考えてしまうときもあるので、邪念は加わったと思いますが……。
ただ、より本質的な問題は、そこではなくて。
肉体的、精神的な限界と言ったらいいのかな……疲労感や周囲からのプレッシャー、時間の制約がある中で毎回「これ以上は粘れない」ってところまでやっている。全力を尽くしたワンテイクが積み上がって、最終的に作品ができていく。その、「これ以上はできない」と思ってつくったものを、超えるものが今後どうやったらつくれるのか、つくれる自分になれるのか――。そっちの方が僕にとっては大事な問題ですね。
「何かをしよう」と決めると道を見失うことも
――telling,読者は30歳前後の女性。仕事や結婚・出産などのバランスに悩む年齢です。やりたいことをやるために、アドバイスをください。
濱口: 男性よりも女性の方が、やりたいことができない状況が、たくさんあると思うんです。だから「こうしたらいいですよ」と迂闊に言える領域ではない。
それを大前提に聞いてもらいたいのですが、自分が行動指針にしていることは、本当に「してしまう」まで待つことだと思います。つまり、“本当にやりたいこと”は、自分の意思を超えて“してしまう”ものだ、と。個人的には、それに任せているところがありますね。
環境などの様々な要素が自分に影響を与える中で、活路のように“道”として見えてくるんです、ある程度自然に。だから「本当にこうすることしかできなかったんですよね」となる時まで、できる限り待っていた方がいいような気がします。
「何かをしよう」って無理矢理に決めると道を見失う、かえって分からなくなる、ということは経験上ありました。例えば、根本的には違和感があることを、目に見えてるメリットを理由にやると決める。すると、しばらくやっていくうちに、はじめに見過ごした違和感が必ずどこかで芽を出すんですよ。それも何かしら発展したかたちで。違和感というのは、無視してはいけない体からのサインだと思いますね。
●濱口竜介さんのプロフィール
1978年、神奈川県生まれ。2018年、「寝ても覚めても」で商業映画デビュー。脚本に関わった「スパイの妻」(20年)は、第94回キネマ旬報ベストテンの脚本賞。21年に村上春樹の小説を映画化した「ドライブ・マイ・カー」が第74回カンヌ国際映画祭コンペティション部門脚本賞、同年、初の短編集となる映画「偶然と想像」がベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞した。映画制作以外では20年、コロナの影響で経営危機に陥るミニシアターを支援しようと、クラウドファンディング「ミニシアター・エイド基金」を設立。目標の1億円を大きく上回り、総額3億を超える資金を集め、活動は2020年度の日本映画ペンクラブ賞を受賞した。
監督・脚本:濱口竜介
出演:古川琴音、中島歩、玄理、渋川清彦、森郁月、甲斐翔真、占部房子、河井青葉、他
配給:Incline
12月17日(金)全国公開
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