濱口竜介「本当に“やりたいこと”というのは、意思を超えてしてしまうもの」

世界的な評価を揺るぎないものにした映画監督・濱口竜介さんの最新作「偶然と想像」(ベルリン国際映画祭・銀熊賞〈審査員大賞〉受賞)の全国公開が、12月17日に始まります。本作に先立つ映画「ドライブ・マイ・カー」もカンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞するなど活躍を続ける濱口さんに、映画を撮り続けることで感じる不安や、本当にやりたいことを見つけるためのヒントを尋ねました。
濱口竜介「ポジションの“正しさ”は、起きた演技によって事後的に決定される」 映画『偶然と想像』

向き合うとは――「せめて逃げないでいること」

――「偶然と想像」にも「ドライブ・マイ・カー」にも大切な相手と“向き合う”という言葉が出てきました。濱口さんにとって人と向き合うとは?

濱口竜介さん: それが分かれば苦労はしないんですよね……。向き合うって何なんだろうっていうのが、正直な自分の気持ち。人間関係に正解はないし、ケース・バイ・ケースでしかないから、「向き合うって、こういうことだ」と一般論のように言うことはできません。

ただ、人との関係性において、「今ここで逃げたらもう終わりだ」っていう局面があると思うんです。いい加減な返答をしたり、ちゃかしたりしてしまったら、関係性そのものが終わってしまう時。それは、どう答えたってリスクがある局面なのですが、せめて逃げないでいること。相手との関係性をつくっていきたいと伝えることだと思います。それでも、ダメになっちゃうことはありますけどね。

――「偶然と想像」の3話目に出てくる40代専業主婦の女性が「何にでもなれたはずなのに、時間だけが経ってしまった」と話していたのが印象的でした。どうしてこのような脚本を書いたのでしょうか。

濱口: いまある現実に対して「こんなはずじゃなかったのに」と強く思っているわけではない、でもそういう感情にふと襲われる人がいるのではないか――。具体的なモデルがいるわけではありませんが、周りの人と話をする中でそう思って、あの女性を描きました。

――ご自身はいかがですか。

濱口: 僕は結構好きなことをやってきたから「もっとこうすればよかった」ということはないですね。……いや、全くないわけではないけど、映画以外に道があったと思えないので。「こんなに楽しいことは他にない」と思いながらやっています。

楽しさとつらさはセット

――好きなことをやり続けることに不安や怖さを感じることは?

濱口: 撮影現場そのものは楽しいだけではないし、むしろつらいことの方が多い。でも、ただ純粋に“楽しいだけ”ということがあるとは思えないので、楽しさとつらさはセットだと捉えて処理できていますね。

毎回、本当に死力を尽くすわけですよ。「これ以上できない」を、常にやっている。だから、「次、これよりいいものが撮れるのかな」「ここがピークなんじゃないか」って気持ちにもなるんですよね。その意味での不安は常にあります。

――「偶然と想像」はベルリン国際映画祭で銀熊賞、カンヌ国際映画祭では「ドライブ・マイ・カー」が脚本賞を受賞しました。次回作へのプレッシャーはありませんか。

濱口: 周りからの評価が作品のかたちを変えるわけではないから、気にしないようにしてます。自分で把握している“前回できなかった部分”をその次に修正していく、ということを繰り返しているので、そういう意味ではそんなに変わりません。とはいえ、「次回作で何も受賞しなかったら『だめになったね』と言われるのかな」と考えてしまうときもあるので、邪念は加わったと思いますが……。

ただ、より本質的な問題は、そこではなくて。
肉体的、精神的な限界と言ったらいいのかな……疲労感や周囲からのプレッシャー、時間の制約がある中で毎回「これ以上は粘れない」ってところまでやっている。全力を尽くしたワンテイクが積み上がって、最終的に作品ができていく。その、「これ以上はできない」と思ってつくったものを、超えるものが今後どうやったらつくれるのか、つくれる自分になれるのか――。そっちの方が僕にとっては大事な問題ですね。

 「何かをしよう」と決めると道を見失うことも

――telling,読者は30歳前後の女性。仕事や結婚・出産などのバランスに悩む年齢です。やりたいことをやるために、アドバイスをください。

濱口: 男性よりも女性の方が、やりたいことができない状況が、たくさんあると思うんです。だから「こうしたらいいですよ」と迂闊に言える領域ではない。
それを大前提に聞いてもらいたいのですが、自分が行動指針にしていることは、本当に「してしまう」まで待つことだと思います。つまり、“本当にやりたいこと”は、自分の意思を超えて“してしまう”ものだ、と。個人的には、それに任せているところがありますね。
環境などの様々な要素が自分に影響を与える中で、活路のように“道”として見えてくるんです、ある程度自然に。だから「本当にこうすることしかできなかったんですよね」となる時まで、できる限り待っていた方がいいような気がします。

「何かをしよう」って無理矢理に決めると道を見失う、かえって分からなくなる、ということは経験上ありました。例えば、根本的には違和感があることを、目に見えてるメリットを理由にやると決める。すると、しばらくやっていくうちに、はじめに見過ごした違和感が必ずどこかで芽を出すんですよ。それも何かしら発展したかたちで。違和感というのは、無視してはいけない体からのサインだと思いますね。

濱口竜介「ポジションの“正しさ”は、起きた演技によって事後的に決定される」 映画『偶然と想像』

●濱口竜介さんのプロフィール

1978年、神奈川県生まれ。2018年、「寝ても覚めても」で商業映画デビュー。脚本に関わった「スパイの妻」(20年)は、第94回キネマ旬報ベストテンの脚本賞。21年に村上春樹の小説を映画化した「ドライブ・マイ・カー」が第74回カンヌ国際映画祭コンペティション部門脚本賞、同年、初の短編集となる映画「偶然と想像」がベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞した。映画制作以外では20年、コロナの影響で経営危機に陥るミニシアターを支援しようと、クラウドファンディング「ミニシアター・エイド基金」を設立。目標の1億円を大きく上回り、総額3億を超える資金を集め、活動は2020年度の日本映画ペンクラブ賞を受賞した。

©2021 NEOPA / fictive

映画「偶然と想像」

監督・脚本:濱口竜介
出演:古川琴音、中島歩、玄理、渋川清彦、森郁月、甲斐翔真、占部房子、河井青葉、他
配給:Incline 
12月17日(金)全国公開
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1989年、東京生まれ。2013年に入社後、記者・紙面編集者・telling,編集部を経て2022年4月から看護学生。好きなものは花、猫、美容、散歩、ランニング、料理、銭湯。
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。 コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。
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