箱田優子監督「どれだけ持っていても満たされない、それは“大人のイヤイヤ期”」
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夏帆さんに、すべてをさらけ出して欲しかった
――箱田監督の要素がふんだんに盛り込まれて作られた主人公砂田。夏帆さんをキャストに選んだ理由を教えてください
箱田: もともと「自分のことを作品にしたい!」みたいな思いがあったわけではないんです。ただ、この作品の脚本を書き始めたのが33歳で、今その世代が抱えている葛藤や振り回されている出来事をどう乗り越えていくかを描こうと思った時に、夏帆さんが思い浮かびました。
彼女は10代から活躍していて、色んな人の中に色んなイメージがあるタイプの女優さんだと思うのですが、そんな彼女が28歳の今、何を考えているんだろうと興味がありました。
企画の段階で「自分をさらけだしてほしい」というような長い手紙をお送りして、すぐにお返事をいただいて。あ、これはもしかして彼女的にもそういうタイミングだったのかなという感じはありました。
――監督にとっても夏帆さんにとっても、これが1年早かったり、遅かったりしたら、もしかしたら実現してないかもしれない作品なんですね
箱田: 3年前に書いた脚本ですが、きっといま書いたらこうはならないでしょうし、撮影した去年の夏じゃなかったらこういう味わいの画にもなっていないかなと思います。
悩みを解決しないと前に進めないわけじゃない
――砂田は端からみたら「東京での充実した仕事」も「仲の良い夫」も「気楽な恋」も全て“持っている”のに、満たされていないというキャラクターです。とにかく常に、くさくさしていますね
箱田: こういう誰にも言えない悩みを持つ人って意外と多いのでは?と思っていて。
仕事もプライベートも含めて幸せな状況はいくつも揃っているのに、それでも満たされない部分がある。「幸せ病かよ」って冷静な自分がつっこんでいたり「こんなクズみたいな感情、人に吐き出せないよ」って抱え込んだり。
――作中では「40代になると女性クリエーターはみんなおもしろくなくなる」と酔っ払ってくだを巻くシーンがありました
箱田: どうしよう、これ(同業者に)怒られちゃいますよね(笑)
でも、「そういう壁、乗り越えなくてもよくない?」「悩みを抱えたままでも別に前に進んでいいんじゃない?」って、今は思います。悩みや壁もしょいこんだまま、解決しないまま前に進んでいっても、いいんじゃないかって。
――どんな仕事でも、年齢だけでなく、結婚や出産というライフステージの変化で「自分の中のエネルギッシュな部分」が失われてしまうのではないか、という漠然とした不安はあると思います
箱田: 誰でもきっと、その部分は失われず「沸り」続けるのでは。私はまだ子どもがいないのでわからないですが、結婚したぐらいじゃ変わらなかったです。
現時点ですでに、来年、再来年の仕事のスケジュールの話をしていて「じゃあこれが人前に出る頃には、私40歳!?」ってドキッとすることもあるんですけど。
でも、だからといって「じゃあ、仕事をセーブして、何歳までに子作りをして」みたいなことはできない。
「だって、できないんだもん。」これに尽きます(笑)。私も「パパ!ママ!可愛い息子・娘!日曜日!みんなで公園行こうぜ!いえーい!」なんてのもいいなぁ、と思うこともあります。でも、できない。
だったら、時の流れに身を任せて、沸り続けてみようじゃないかって思います。自分で自分の人生、責任持つしかないですし。
「親子だから」にとらわれすぎるのは不健康
――この作品で、年齢や女性、というものの他にもう一つ大きなテーマとなっているのが「大嫌いな故郷」。地方出身で東京で頑張っている友人たちは「予告を観ただけでヤられた」と、そのリアルな描写に悶絶していました
箱田: 田舎の嫌なところって別に「田舎=ちょっとダサい」みたいなことではないんですよね。人間関係の濃密さに、私はどうしても抵抗があって。
それこそ、私が今このタイミングで実家になんて帰ろうものなら大変なことになる。
「優子ちゃんが監督になって帰ってきた!」と。事件ですよ。主要トピックスです(笑)。
情報伝達の速さや、そこで生きる人たちの、話し相手一つ取ってもそうですけど、選択肢の少なさ、「もしここでダメだったら、もうダメじゃん」という部分にしんどさを感じていました。
――それでも向き合い続けていかないといけないと思いますか?
箱田: そもそもその場に残ると決めている人たちには、その場所や人間関係への強い思いがあって、否定することもできない。
映画の中で主人公はその事に大分心揺らいでいますし、私もそうでしたが「絶対に分かり合わなくちゃいけない」ということはないし、良い距離感でいれればいいかなと今は思っています。
他人に言うと「たまには帰りなよ。もっと親と話しなよ」なんて言われたりします。
でも、そんなことわかってる。わかってはいるけど、いづらいと思いながら無理して田舎に帰り、とげとげした自分を親が気遣う、みたいな状況って不健康じゃないですか。
――必ずしも「親と子」ということにとらわれすぎないということですね
箱田: 多分、家族のかたちって変わっていくと思うんです。時代とともに、ベストな状態に変わっていく気がしています。
家族だからこうしなきゃいけないみたいなことに苦しめられて、上手くいかないぐらいだったら、距離をとることも必要ではないでしょうか。
「満たされない気持ち」を成仏させるために
――監督自身はこの作品を撮ったことで満たされない気持ちやコンプレックスが「成仏」した感覚はありますか?
箱田: 少しはあるかもしれません。むしろ撮りながらどこかで予感があったというか……「私、これ撮ったら死ぬんじゃないか」という(笑)。実際、1カ月ぐらい灰になってましたね。
――映画の撮影は物理的なハードさもあるとは思いますが、灰になったのは精神的にやりきった、みたいなことが大きいですか?
箱田: そうですね、普段はCMの仕事をしているので、慣れないことをして疲れたのもあるとは思います。ただ、さっさとやれば良かったって思いました。映画作るの、めちゃおもしろいです。今まで一体何に踏み止まって、やらなかったのか分からない。やってみてそれに気づいたんです。
――多くの人が、「やらない理由」を探してしまいがちだったりします。そんな方々にメッセージはありますか。
箱田: まさしく今回の企画は、長編の脚本や監督経験がなくても、内容の良し悪しでグランプリが決まる、未経験でもチャレンジしやすいコンペだったんです。
私、言霊って信じていて。「やりたい!」って言い続けたことが今日に繋がっているんだと思っています。「やりたいなら撮りなよ」「撮るの?じゃあ俺、手伝うよ」そんな風にしてこの作品が実現しました。
怖いけど、発信する。チャンスがきたら、すげーやばい橋でも渡ってみる。そういうやり方をしてみることで、結果的には自分が行きたい方向に行けるはず。
それが、飲み屋でくだを巻きながらでもいいんですよ(笑)発信し続けてみるって、大事だって思います。
取材後記:気さくでパワフルな箱田監督。試写会終了後、多くの観客の方が彼女に自分の思いを伝えにきたそうです。
「それがね、『このシーンで感動して泣きました』とかじゃなくって『私の実家では……』とか、みんな自分の身の上話の相談になっちゃって(笑)」と照れくさそうに笑っていましたが、この映画を観ると「箱田監督なら、私の気持ちわかってくれるかもしれない!」そう思わずにはいられないお客さんの気持ちに共感します。
「箱田優子・人生駆け込み寺」ができる日も近いかもしれない?そんな談笑で取材を終えました。
●箱田優子さんのプロフィール
1982年生まれ、茨城県出身。東京藝術大学美術学部絵画科卒業後、CMディレクターとして活躍。2016年のTSUTAYA CREATORS’PROGRAMで審査員特別賞を受賞した『ブルーアワーにぶっ飛ばす』で映画監督デビューを飾り、脚本も手掛ける。本作で第22回上海国際映画祭アジア新人部門最優秀監督賞受賞。
映画『ブルーアワーにぶっ飛ばす』
出演:夏帆、シム・ウンギョン、渡辺大知、黒田大輔、嶋田久作、ユースケ・サンタマリア、でんでん、南果歩
監督・脚本:箱田優子
10/11(金)より、テアトル新宿、ユーロスペースほか全国ロードショー