[Artists at Home#02-2]「コロナによる変化で、家庭を持つことの意味がわかってきた」漫画家・板垣巴留さんの価値観(後編)
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- 前編はこちら:「地に足をつけて生きてこそ、良い創作ができる」マンガ大賞受賞『BEASTARS』27歳の漫画家・板垣巴留さん
キャラクターに厳しい試練を与える
――登場人物たちが多種多様で、各キャラクターの個性が際立っていますね。どなたかをモデルにしているのですか。
板垣巴留さん(以下、板垣): たとえば、気づいたら母の姿と重なっていたというようなことはありますが、意識的に「この人をモデルに」というのはありません。キャラクターに関しては、実は「私の分身」で、私の性格や性質が少しずつ中に入り込んでいる感じです。でも、描き始めの1〜2巻では、自分にとって憧れの異性のイメージをキャラクターに投影していたこともありました。
描き進めるうち、まず主人公のハイイロオオカミの「レゴシ」がまるで家族のように身近になっていきました。自分とも重なる部分が見えてくると、だんだん「身内をかっこよく思うような気持ち悪さ」が湧いてきたのです。
また、作品の序盤から「このキャラクターにはこんな素晴らしい面やポテンシャルがあって!」と読者を置いてきぼりにして、作家の私だけが期待してしまうような時期もありました。それでは良い作品にはならないなと徐々に気づいて、それからはキャラクターに多くの厳しい試練を与えたり、意識的に突き放したりすることで、キャラクターの描き方を少しずつ理解していきました。今でも、自分のキャラクターをあまり愛しすぎないように、ということは気をつけています。
「言葉は単純なほうが人に直撃する」
――今年1月、『BEASTARS』最終巻が発売されるタイミングで、第2期のアニメ放送がスタートしました。アニメ制作の担当者と、何かやり取りはされたのでしょうか。
板垣: 私はアニメに詳しくなく、特にこだわりがない人間なので、2年前にアニメ化したときから担当の方にすべてお任せしています。強いて言うなら、せっかく動くのなら動物のしっぽや耳はちょっと動かしてほしくて、それだけお伝えしたと思います。
初めて映像を見たときは、とても感動しましたね。声の演技も良い意味でアニメらしくなく、良いなと思って。私が漫画を描いていて「ここは決めゴマ!」と大事なセリフとして定めるところがあるのですが、自然な演技だからするすると流れるようにやってくださって。とても現実感があって、新鮮でした。
――漫画と映像では異なるところがありますよね。漫画のセリフは時に読者の人生を変えてしまうほどパワフルですが、『BEASTARS』でも強いワードが度々登場します。限られたスペース内で、言葉と絵を配置するために意識されていることはありますか。
板垣: あまり情報量を詰めないようにしています。絵で説明していることは文章で説明しないという基本以外では、あまり難しいことは言わないようにもしていますね。私の中で「言葉は単純なほうが人に直撃する」というイメージがあって、なるべく単純な言葉を使うことを心がけています。
それから、こねくり回して手垢のついた言葉より、自分の内面からポンと出てきたものの方がクオリティは高い気がします。ねらって良いことを言おうとしても、それが読者にはすぐにばれてしまって、読み手の心をつかむことができなくなってしまいますしね。
「女性である私」が少年漫画を描くこと
――『BEASTARS』のキーワードのひとつが「多様性」であると感じます。肉食獣と草食獣、オスとメスなど、立場の違う者同士がお互いを敬い認め合っていくストーリーでもありますが、「作品のテーマ」とご自身の「生きる上でのテーマ」が重なるところはありますか。
板垣: 22巻かけてひとつの作品を描きあげた今、やっぱり他人同士が仲良くなることは大変だけれど、その分価値があることだと思いました。それは自分の作品を通して再認識したことです。とは言っても、自分の作品を読み返すようなことはあまりないのですが。
女性である私が少年漫画を描いていますが、それは特異なことではないと思うし、「女性作家」「男性作家」という言葉は必要なのかな、といつも疑問です。作家は作家でしかないと思っているので。漫画で男性の心理を表現しているため、男性のことを理解できている気になってきています。女性は女性でもちろん、気持ちはわかるし……。でもひょっとすると、心理的な面では、「私は男性の部分の方が強いかな」と思うことがあるのです。
小学生時代の話ですが、クラスにすごい美少女がいて、帰り道にその子とバッタリ会って、目が合って笑いかけられた時に、私は動揺しすぎて転んでしまって(笑)。振り返ってみると、私も女の子なので普通に手を振ればよかっただけの話なのですが、なぜかその思い出が忘れられなくて。「え、これ私、男子じゃん」って。
それがきっかけで、私には男性的な面があるのかも、と疑っていますね。女の子のある側面を怖いと思うこともあります。逆に男性の怖いところは、何もないです(笑)
家庭を持つことの意味がだんだんわかってきた
――男性面、女性面の話が出ましたが、新型コロナウイルス流行によって、誰かと一緒に過ごしたい、結婚したいなど、心の変化はありましたか。
板垣: 今までは、子どもを持つという選択肢が私の中にまったくありませんでした。でも家にいる中で、内々での環境がより密接になっていくのを見ると、家庭を持つことの意味がだんだんわかってきたというか。自分の中でその選択肢がまったくなしではないのだなということに気がつきました。コロナが拡がったこの時期と、アラサーである私の年齢がリンクしているのかもしれません。
最近では、例えばテレビで子どもが何かに一生懸命に取り組んでいる姿を見ると、その子たちの幸せを願い、時には泣いてしまうことも。めっきり涙もろくなったと感じています。仕事の上でも、大人目線の作品に変化せざるを得ないのだろうな、という予感がありますね。私は、自分の目線が作品に関与していくタイプの作家だと思うので。
【取材を終えて】
2016年にデビューされて以来、着実にキャリアを積み重ねる板垣さん。「描き終えた『BEASTARS』にあまり執着しないようにしています。作品よりも作家の自分を信じていたいので」という言葉に、そして生活の丁寧な送り方に、意識せずとも先をしっかり見据えているように感じる。
「なんだか恥ずかしくって自分の作品は読み返さないですね」とおっしゃったかと思えば、「欲しいのは数字(販売部数や人気票数)です!」と大胆な発言があったり。外見はおっとりしているようで、内なる闘志を感じずにはいられなかった。「デビューする前の子たちと話す機会もあるのですが、『まだアイディアがまとまらないから描き始められないのです』という言葉を聞くたび、とりあえず手を動かしてみたら良いのに、と思います。最初から傑作を目指すから、筆が止まってしまう」デビュー作で数々の賞を受賞された板垣さんなので、説得力があるような、ないような……。
板垣さんの仕事場の大きな窓から見えた、大きく広がる都会の景色がとても印象的だった。あまりにも混沌として欲望の渦巻いた、けれど美しい『BEASTARS』の世界そのものに思えたから。板垣さんの目にこれからの社会がどう映って、どのような作品が生まれるのか、とても楽しみだ。
●板垣巴留(いたがき・ぱる)さんのプロフィール
漫画家。1993年生まれ、東京都出身。武蔵野美術大学映像学科卒。16年、『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)に読み切り連作『BEAST COMPLEX』を掲載し、漫画家としてデビューする。同年、同誌にて初連載となる『BEASTARS』の連載を開始。18年、第21回文化庁メディア芸術祭マンガ部門・新人賞、第11回マンガ大賞・大賞、第22回手塚治虫文化賞・新生賞など、主要のマンガ賞を受賞し、21年完結。『BEASTARS』アニメ第2期は3月まで放送された。第1期と共にNetflixにて独占配信中。
「BEASTARS」1~22巻
著者:板垣巴留
発行:秋田書店
編集協力:小野ヒデコ