[Artists at Home#02-1]「地に足をつけて生きてこそ、良い創作ができる」マンガ大賞受賞『BEASTARS』27歳の漫画家・板垣巴留さん(前編)

新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、ミュージシャンをはじめとするアーティストたちの活動が余儀なく制限されています。自宅で過ごす時間が自ずと多くなる今、アーティストたちの日々の暮らしがどう創作に影響しているか興味を持ったのは、歌手の伊藤美裕さんです。この「Artists at home」のコーナーでは、伊藤さんが話を聞きたいアーティストに会い、インタビューをします。今回登場するのは、漫画家の板垣巴留さんです。

2016年に発売された漫画『BEASTARS』(秋田書店)が、21年に完結した。登場人物は、全寮制の学校に通う高校生たち。人間関係に悩み、恋愛し、学園ドラマを織りなすこの漫画には、人間が一切出てこない。二足歩行し、言葉を話す動物たちは一見仲良く過ごしているように見えるが、実は「ある壁」によって分断されている。それは、肉食獣と草食獣という壁だ。作者は「酸いも甘いも知る50代くらいの男性なのでは」という私の予想は見事に裏切られた。描いているのは板垣巴留(ぱる)さん、27歳。一体どういう方で、どのような生活を送られているのか話を聞いてみたい――。妄想を膨らませながら、東京都内にある板垣さんの自宅兼仕事場を訪れた。

“うるさい街”は居心地が良い

――大きな窓があり、日当たりが良い部屋ですね。こちらが自宅兼仕事場だそうですが、ここに住んで長いのですか。

板垣巴留さん(以下、板垣): これまで数回引っ越しをしてきましたが、ようやくここに落ち着きました。この場所を選んだのは、都会が好きだからです。できるだけ人が多い街が良くて。基本的に家から出ないし、孤独な仕事なので、うるさいくらいの方が居心地は良いです。最近はコロナの影響でなかなか人にも会えないし、せめて外はガヤガヤしていてほしいというか……。

漫画家になってから、年々体力が落ちていて、すぐ疲れてしまうので遠出はしません(笑)。たまに思い切って出かけても、帰り道に後悔するので、家で過ごしたり、机に向かって何か描いたりしている方が向いているのかもしれません。

今は自宅で過ごすことがよしとされている時期というのもありますが、普段の人とのコミュニケーションは、家族と電話する以外はアシスタントさんと会話することくらいですね。

――アシスタントのみなさんは、どのような方ですか。

板垣: アシスタントさんは同年代で、女性1人、男性2人。平日は毎日この仕事場まで来てくれます。みんなで他愛のない雑談をすることが多く、基本的に和気藹々とした雰囲気の中で仕事をしています。この時間が私にとって、とても大事なものになっています。仕事がしやすい環境というのはもちろん、コロナ禍で友人とも会えない中で、アシスタントさんと話すことは、私にとっての情報源。例えば、家族とのもめごとを聞くだけでも、おもしろいですし、自然と「この話はネタにならないかな」と頭が回転しています。

情報源というと、テレビもよく見ますし、ラジオも好きです。日中はラジオを聞きながら仕事をしているのですが、「このアナウンサー、ラ行が苦手だな」なんてニヤニヤしてしまうこともあります。

顔出しNGの板垣さん。撮影の際は基本的に、『BEASTARS』に登場する「レゴム」のマスクをかぶっている。「メイクしないで良い」「芸能人のように笑わなくてオーケー」と、良いことが多いそう

良い創作は、地に足がついてこそ生まれる

――漫画家の方は夜型のイメージが強いです。1日の流れを教えてもらえますか。

板垣: 私は漫画家の中では朝型です。朝89時くらいに起きて、まずはしっかり朝ご飯を食べて、コーヒーを飲みます。アシスタントさんは週3日来てもらっていて、出勤は10時頃です。そこからみっちり原稿の作業をし、19時には帰宅します。その後は、色を入れるカラーや単行本作業(コミックスのカバーの描き下ろしや、おまけページの作成)など、ひとりで仕事を続けます。その間に、自分で作った夕飯を食べて、22時くらいにお風呂に入り、24時くらいには寝る。これが1日の基本的な流れです。

生活に関して自分の中で決めていることは、食事はなるべく自炊をすることですね。夜も自然と眠くなってしまうので、「寝る間も食べる間も惜しんで、ひたすら創作する」というのは、私にはできません。そういうのは、ファンタジーなんじゃないかなと思っていて。漫画家でも何でも継続して良いパフォーマンスをあげている人は、家族のことを大切にし、人間としてちゃんと生活している人という印象があります。私は生活者としてしっかり地に足をつけて生きてこそ、良い創作ができると思っています。

――仕事とプライベートは分けて考えているのですね。

板垣: 普段は「プライベートを大事にしたい」と言っているのですが、「結局は仕事が好き」という面もあって。漫画を描いている時は、とにかく「良いものを描こう!」「読者の心を揺さぶろう!」という気持ちが強すぎて、正気じゃないというか、かなり鬼気迫っている形相になっていると思います。なので、創作者としての顔、漫画を描いているときの自分の姿は、本当のところ、あまり人に見せたくないです。そう考えると、漫画家という仕事が好きな自分も実は恥ずかしく思ってしまう。「恥ずかしいからちゃんと生活している」というところもあるのかもしれません。

――言葉を選ばずに言うと、野性味あふれる動物みたいな感じですか?

板垣: そうですね(笑)。むき出しの感じなので。お話づくりをして、セリフやキャラクターの立ち位置を考えるネームの作業のときは特にそうです。本当これ(視界が狭いジェスチャー)なので。まったく喋らず、空想して、ずっと内にこもっている感じです。それがずっと続くと体力もすごく消耗するし、気分も沈むので、生活の仕組みは大事です。

板垣さんの作業場の机

「週刊連載向きの人間です」

――BEASTARS』は、週刊チャンピオンに毎週掲載されていました。毎週一定のページ数を入稿しなくてはならない連載は大変ですよね。

板垣: 「やるしかない」って感じですね(笑)。漫画家によって、月刊連載向きだったり週刊連載向きだったり、人それぞれ仕事のやり方もペースは異なります。私の場合、たくさん物語を練り、何十ページにも及ぶ原稿を月1回出すよりも、突発的に考えた20ページを毎週出す方が性に合っているので、週刊連載向きの人間なのです。

私は小さい頃から「真面目」と言われることが多く、幼稚園の所見欄にも「真面目です」と書かれていました。学生時代は校則も比較的守っていましたし、今まであまり周りから外れたことをしてきていません。その真面目さを時に揶揄されたりもしましたが、漫画家という明日をも知れぬ身で仕事をこなす上では、結局、真面目で良かったとすごく思っています。

漫画家という人種は、破天荒なものを描いたり、変わり者のイメージがあったりするかもしれないけれど、「毎週作品を出す」という意味では、締め切りや決まりを守ることが1番大事です。これまでずっと「真面目」と言われる度に微妙な気持ちになっていたのですが、今はその「真面目さ」が良い方向に働いていると思っています。

後編はこちら:「コロナによる変化で、家庭を持つことの意味がわかってきた」漫画家・板垣巴留さんの価値観(後編)

●板垣巴留(いたがき・ぱる)さんのプロフィール
漫画家。1993年生まれ、東京都出身。武蔵野美術大学映像学科卒。16年、『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)に読み切り連作『BEAST COMPLEX』を掲載し、漫画家としてデビューする。同年、同誌にて初連載となる『BEASTARS』の連載を開始。18年、第21回文化庁メディア芸術祭マンガ部門・新人賞、第11回マンガ大賞・大賞、第22回手塚治虫文化賞・新生賞など、主要のマンガ賞を受賞し、21年完結。『BEASTARS』アニメ第2期は3月まで放送された。第1期と共にNetflixにて独占配信中。

「BEASTARS」1~22巻
著者:板垣巴留
発行:秋田書店

編集協力:小野ヒデコ

歌手。1987年、大阪生まれ。2011年に日本コロムビアより100周年記念アーティストとしてデビューし、ラジオDJ、映画や舞台の出演、音楽情報サイトのコラムの連載など、ボーダレスに活動。最新の作品はアルバム「AWAKE」。