SPEEDなども手がけた音楽プロデューサー松尾潔さん 「40歳で引退」を撤回した"EXILE・HIROさんの一言"

初の小説を刊行した音楽プロデューサーの松尾潔さん(53)は、音楽ライターとして活動後、プロデューサーに転身してヒットメーカーになりました。そんな松尾さんも「音楽をやめようと思った」ことも。自身や手掛けてきた歌手らのキャリアなどについて、お話を伺いました。

――このたび初の小説「永遠の仮眠」(新潮社)を刊行されました。そもそもは活字のご出身で、音楽ライターとして活動されていた時期もあると聞きました。

松尾: 早稲田大学在学中に興味本位でライターを始め、音楽や好きなサブカルチャーのことを雑誌に好き放題に書いていましたね。小説の創作を大学で勉強していたのですが、“音楽”の方が自分には向いていると思いました。それでライターを経て30歳を前にして音楽制作に本格的に携わることになります。

――途中で音楽から距離を取ろうと思ったことは?

松尾: 僕は組織の中で生きることを避けてきました。ですが気付くと類型的な上司的発言を口にする自分がいて。若いミュージシャンからはきっと“お役所”のように見られているんじゃないか、という猜疑心が芽生えてしまい、なかなか払拭できずに悩みました。
30代後半でそんな意識を持ち、40歳で音楽プロデュースは引退しようと考えていました。ところが、ゴール寸前でEXILEのHIROさんから「松尾さん、来年も一緒に成功を味わいましょう!」と熱い言葉をかけられた。彼には引退の意向は伝えていなかったんですが、鋭い感性の主だから勘付いたのかなあ。「自分の仕事は一人だけでやっているわけではない」と気付いて「ああ、求められるうちは辞めちゃいけないな」と思い直すことができました。そんな繰り返しでここまで来た感じです。

世の中の変化 ヒットソングが色あせる可能性も…

――20~30代の女性は結婚や転職などライフステージの変化を迎え、悩む人も多いです。松尾さんが関わった女性アーティストで印象に残っている方はいますか?

松尾: みなさんそれぞれに印象的ですよ。例えば、国会議員になった元SPEEDの今井絵理子さん。男児を出産後に離婚し、その後、息子さんの先天的な難聴を明かした。そして、国会議員になり……。彼女が小学生のときに僕は学校の宿題を手伝っていましたが、こんなキャリアを歩むとは想像できませんでした。

――東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会の会長だった森喜朗氏による“女性蔑視”発言も物議をかもしました。ジェンダー観など様々な面で日本も変わらなければいけない。

松尾: 僕も変わるべきだと思います。小学生の息子と娘がいるので、世の中の変化の方向性を気にしていますね。そのうえで今後、どのような意識で育てたらいいのか日々、考えています。
音楽でも「女性性」を高らかに謳った過去のヒットソングが今後、色あせて聞こえることもあるでしょう。ボーヴォワールが遺した女性を賛美する言葉だって、違った解釈になるかもしれない。常にアップデートしていく必要を感じています。

伝えたい 「やりたい」と「必要」は違うということ

――20~30代の女性には他方で「やりたいことが見つからない」「見つかってもどう踏み出せばいいかわからない」という人もいます。

松尾: その世代の女性に選択の幅が広がっていることの裏返しかもしれませんね。だからこそ、「これだけ選択肢があるのに、私に向かって扉を開けてくれているものは、そんなにない」という反対方向の絶望をしているケースもあるんだと思います。

「やりたいこと」自体、どう定義すればいいのか。「やりたいこと」と「向いていること」は往々にして異なる場合も多いという点も重要です。
僕はキャリアの初期にソウルミュージックの帝王と呼ばれるジェームズ・ブラウンに出会い、彼が語ってくれた言葉を指針に生きています。「子どもは甘いものをほしがるけど、それを与えすぎればスポイルされてしまうだろう。だから、wantをわかった上で、needを与えるのが親だ」というものです。「やりたい」と「必要」は違うということですよね。

――コロナ禍で、ライブが延期になったりイベントは人数制限が設けられたりしています。人々がエンタメに触れる機会が減る中、今後のエンタメ業界はどうなると見ていますか。

松尾: アートを見に行ったり、フェスやクラブで踊ったりする習慣が、お休みにさせられている。一定程度コロナが収束しても、一旦途切れた線をもう一度つなぐのは大変でしょうね。コロナをきっかけに廃業する人もいて、やるせない気分になりますし、もっと公的に補償してほしいとも思う。

コロナ禍で進んでしまった"淘汰" それでも残るのは?

「(音楽業界で)デビューする人が増えすぎているな」というのは00年代くらいすごく思っていましたね。CDを出すだけだったり、曲をネットで配信したりをデビューと言うのであれば、簡単。そのすべての人が残るというのは、市場原理としてもありえない。音楽は時間芸術。「可処分時間」の奪い合いが起きている現状で、過剰な量の新曲が耳に届くはずがないとは感じています。

コロナ禍で社会がエッセンシャルワークを優先するのも当然ですから、ある程度の淘汰は仕方ない。そんな覚悟も必要です。それでも芸事で人を感動させられる人や、誰もが認めざるを得ない魅力のある人は残っていくと信じていますから。

●松尾潔(まつお・きよし)さんのプロフィール
1968年、福岡市生まれ。早稲田大学第二文学部在学中から音楽ライターとして活動。久保田利伸との交流をきっかけに90年代半ばから音楽制作に携わる。SPEED、MISIA、宇多田ヒカルのデビューにブレーンとして参加。平井堅やCHEMISTRYらもプロデュース。2008年、EXILE「Ti Amo」で第50回レコード大賞(作詞・作曲・プロデュース)などヒット曲、受賞歴多数。

『永遠の仮眠』

著者:松尾潔
発行:新潮社
価格:1870円(税込)

1987年、愛知県豊橋市生まれ。東京在住。ライター。2010年から2020年まで毎日新聞記者。関心分野は文芸、映画、大衆音楽、市民社会など。愛読書はボリス・ヴィアンの諸作。趣味は夏フェスと水鳥観察です。
カメラマン。1981年新潟生まれ。大学で社会学を学んだのち、写真の道へ。出版社の写真部勤務を経て2009年からフリーランス活動開始。
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