新型コロナとクルーズ船。日本人女性乗組員の漂流とその先(前編)
夢見た英語での仕事 たまたま見た就職情報サイトで・・・
愛知県の大学に在学中は留学経験を生かし、貿易会社や商社などを中心に就職活動をしていたが、「なんだかしっくりこない」。
「英語を使える仕事がしたくていくつかの企業の採用試験を受けていました。でも、英語がいかせないことが途中でわかったり、日本企業は海外に比べてまとまった休みがとれなかったり・・・。私には合わないと感じたんです。休みはゆっくり海外旅行をしたかったし、ゆくゆくは海外へ住みたいという思いもあったので」
卒業後はワーキング・ホリデーを利用し、カナダとオーストラリアへ。帰国後、ふと目に留まったのは求人情報に掲載されていたクルーズ船「シーボーン・オベーション」の乗組員の仕事だった。
世界中を航行するクルーズ船の乗組員は、船内では主に英語を使って仕事をし、港に停泊して休暇を迎えると観光をすることもできる――。その点にも惹かれた。
2018年就航のシーボーン・オベーション。300の客室があり船内はホテルさながらのつくり。全客室にバルコニーが付き、ジャグジーやスパ、ジムもあり、ステージでは豪華なショーが繰り広げられる。軒を連ねるのは世界各国のレストランだ。
アスカさんは、船で数カ月働いては、長期間休みを取るという暮らしを送っていた。
シーボーンの乗組員は約400人で乗客は600人。ともに日本人は数名しかいなかった。
アスカさんは船内の寿司店のウェイターのほか、乗客の案内や誘導などを行っていた。乗客にも日本人は少なく、中心は欧米の富裕層だ。
相次ぐ入港拒否 シンガポールにたどり着いたものの・・・
香港発のクルーズに乗り込んだアスカさんの“長旅”が始まったのは今年2月のことだった。当初の予定では2週間をかけてアジアを中心に周遊し、シンガポールに到着するはずだった。
しかし、香港発のこの船は、新型コロナウイルスを警戒した途中の停泊地の台湾、フィリピン、ベトナムなどの各国から入港を拒否されることになる。
当時、新型コロナの感染は中国の一部にとどまっており、香港を出港したというだけで、受け入れを拒否されたことに船内には動揺が走ったという。
結局、終着点だったシンガポールが港を開放してくれたおかげで、乗客は下船。当時は各国とも海外との行き来を禁じておらず、航空機などでそれぞれの国に戻ることになった。
しかし、乗組員はシンガポールに停泊を続けざるを得なかった。運航会社からクルージング業務を続けて、新たな乗客を迎え入れるよう通達があったからだ。
「船内は落ち着いていました。感染者もおらず日々のニュースで世界の様子を遠巻きに見ている状況でしたね。『この船が、香港発でなければこんなことにはならなかっただろう』とみんなで話していましたよ」
シンガポールでの数週間の滞在期間中、乗組員は船の外に出て街で買い物することなども許されていた。時には、会社が乗組員用に観光ツアーを手配することも。新型コロナへの不安な気持ちを抱きながらも、アスカさんらはクルーズ船の営業再開を待っていた。
ところが3月に局面が変わる。