新型コロナとクルーズ船。日本人女性乗組員の漂流とその先(後編)
世界中で新型コロナの感染が広がった3月、アスカさんらに会社から営業停止の連絡が入った。その頃にはほとんどの国が、出入国の規制を始めており、乗組員が簡単に自宅に戻れる状況ではなかった。さらに停泊を続けていたシンガポールの港には別の船が入ることになり、離岸せざるを得なくなる。
受け入れてくれる港を求めて、ここから船はさまようことに。船内で感染が拡大した「ダイヤモンド・プリンセス」などのイメージで、クルーズ船は危険というイメージが定着したからか、スリランカやオマーンなど様々な国が入港を拒否。約1カ月後に受け入れてくれたギリシャへ到着した。
船内から1歩も出られない!
ところが、ギリシャが許可したのは寄港のみ。停泊できなかった船はさらに1カ月、荷物や食料の積み下ろす際のみ接岸し、すぐに出港するという日々を続けた。むろんアスカさんらは船内から一歩も出られない。
「家族や親しい友人たちとは連絡をとっていました。唯一の救いは、人の出入りがない船内では感染リスクが低いこと。みんなでそう話していたし、船内にはマスクをしている人もいなかったです」
乗客のいなくなった船で、アスカさんらは船内の清掃をしたり、空き時間にトレーニングをしたりなどして過ごした。
会社から今後の見通しについてのアナウンスがない中で、船内で流れるBBCと、日本のネットニュースで世界の状況を知った。
「不安はありましたが、それでも私はまだよい方。給料制で契約していたので、給与は満額で支払うと言われたから。だから6月の契約終了までは、船内で待つのみだと思っていましたね。乗組員の中には給与制でない人もいるなど雇用形態は様々で、悲喜こもごもといった感じでした」
ギリシャでの日々の中で始まったのはキャプテン主導の有志による“サークル活動”。フランス語や剣道から、ワインティスティングやダンスに至るまで様々な勉強会が始まり、乗組員はサークルに集うようになった。こうしたキャプテンの前向きな姿勢が、暗くなりがちな船全体をポジティブな雰囲気にしていた、とアスカさんは振り返る。
勇気づけたのはみんなで折った千羽鶴
その一環で、アスカさんたちが立ち上げたのは「折り紙」のクラス。
ヨーロッパを中心に次第にロックダウンが解除されだし、民間航空機の運航も少しずつ再開。帰国の目処が立ち始めてもいた頃だった。「最後に作品を残し、願いを込めよう」と数少ない日本人の乗組員同士で話し合い、折り紙のクラスで千羽鶴を同僚の外国人に伝え、皆で折ることにした。
「海外の人たちが折り紙にすごく興味を持ってくれたんです。ある時は寿司屋のカウンターで、ある時はカフェでコーヒーを飲みながら。様々な国の乗組員たちと千羽鶴を折りましたね」
折り紙の繊細さだけでなく、込められたメッセージ性の高さも海外の船員たちを勇気づけたという。
クルーズ船での経験 決意を新たに
5月初旬になってようやく、イギリス領のジブラルタル経由で日本へ帰国し、数週間の自宅待機をしたアスカさん。現在は次の夢に向かって準備をしているという。
「海外で英語を使う仕事をしていく中で、自由な働き方、のびのびとした環境に居心地の良さを感じ、永住という選択を視野にいれるようになりました。
そのために今はビザの申請や海外で仕事を探す準備をしています。
人生、何が起こるかわからない。今回のクルーズ船での出来事を受け、そう感じるようになりました。悪いことでも、起こったことにはすべて意味がある」
人々の生活様式や思考も変えつつある新型コロナ。ある日本人女性は、遠い国の海上で、目標や夢に向かう気持ちを新たにしていた。