緊急事態宣言延長でニューノーマル?無視できない社会リスク

新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言の期限は5月6日。新規感染者数が減少に転じる中、延長されるか否かに注目が集まっています。はたして7日以降、生活はどう変わり、どのように行動するべきなのか。コロナ感染以外のリスクはないのか――。医療や経済の専門家の話を交え、考えました。

続く自粛。「生活の見通し立たず不安」

「お金がなくて困ってる。でも働けないし…」。都内在住の女性は話します。有名大学卒業後、大手企業に就職したものの、憧れだった芸能の世界へ飛び込むことを決意。ボーカルを務めるバントはメジャーデビューしましたが、これまで生計はアルバイトで立てていました。
「バイトはなくなったし、決まっていたライブも中止か延期。見通しが立たず不安です」。コロナ感染が広がりやすいとされる密閉、密集、密接の「三密」が揃うライブハウスに対してはSNSなどで「営業は非常識」「潰れろ」といった声があがります。「音楽は不要不急ではないかもしれないけど、生活に必要なものだと思うのですが……。ライブがしたい」と声を落とします。

緊急事態宣言は延長されるのでしょうか。
そして「日常」が戻ってくる日は訪れるのでしょうか。

「経済、悪化の一途」。「三密」「8割」に疑問

国内外のコロナ対策に詳しい内科医で医療ガバナンス研究所理事長の上昌広さんは、「状況の大幅な改善が見られない以上、普通に考えれば東京都を中心に、緊急事態宣言は延長されるでしょう」と話します。ただ「出口戦略を模索すべき時期」とも。そもそも、PCR検査数を絞っている日本では当初より、正確な市中の感染がつかめない状況が続いています。
そんな中で目立つのが病院内や介護施設での感染。特に院内感染は致死率が高い上、直接的な医療崩壊を招きます。「院内感染を防ぐ方策を最優先すべきです。これは市中感染を抑制する対策とは異なります。院内感染を抑えるために、誰彼構わず外出自粛を強い、都市機能を抑制しても意味がありませんから」と説明します。

安倍晋三首相は2月末に「今後2週間程度、国内の新型肺炎の感染拡大を防止するため、あらゆる手を尽くすべきだ」と述べたものの、4月7日、「5月6日までの1カ月に限定して外出自粛をお願いする」と語るなど、活動の抑制期間を先延ばしにしてきました。

厚生労働省や専門家会議はこの間「クラスター対策」を重視。三密回避や接触8割減をすることで、新規感染者減をめざしてきました。上さんは「これらが有効というのは仮説に過ぎません。5月6日に緊急事態宣言が解除できないなら、これまでの対策が失敗したということ。一方で経済は悪化の一途です」。
だからこそ、検査を拡充することを前提に、重症化しやすい高齢者や基礎疾患があるなど高リスクの人以外は経済活動を行うことで、社会全体のダメージを少なくする必要があると言います。「5月7日以降は自分の頭で考えて行動する必要がある。自粛一辺倒では先は見えません。リスクの低い人は接触を減らすことを意識しつつ、普通の生活に戻ればいい」

長期の自粛、「うつ病や失業で自殺増加の恐れ」

長期にわたる外出自粛は、人々の心身に悪影響を及ぼします。
「家に閉じこもり、散歩もせず日光も浴びない。そして人と会話しない状態が続けば、免疫力を下げて生活習慣病になりやすいし、うつ病など精神疾患になるリスクも高くなります」と警鐘を鳴らすのは、国際医療福祉大学大学院教授で精神科医の和田秀樹さん。
うつ病の罹患や、自殺者の増加の恐れも高まっているそうです。「うつ病で未治療が続けば自殺する可能性が高くなることはわかっています。コロナを恐れて精神疾患での来院が減っている状況もあり、心配しています」。
また飲食店の営業自粛が進み、自宅で1人でアルコールを摂取する機会も増えています。「アルコール依存症は、家で1人で飲む人がなりやすい。依存を産みやすい環境で、治療してくれる施設も少ないので不安です」。

ほかにも懸念はあります。総務省によると3月の全国の完全失業率は2.5%。今後も雇用情勢は悪化する見込みです。
「失業などの経済的な理由で自殺する人が出るのでは。1%失業率が増加すれば、自殺者は1千人~3千500人増えるとも言われています。家賃や従業員の給料などが払えなかったり、今後の生活の展望が見えなくなったりすることで、自分を追い詰める人も多くなるのではないでしょうか」と和田さん。「コロナの感染者を減らせたとしても、別の病気や自殺による死者を増やしては意味がない」

それでは今後、どうすればいいのでしょうか。
和田さんは、「このまま、誰が感染したか/感染しているかが、わからない状況が続くと、さらに数カ月の外出自粛になる可能性がある」と指摘し、抗体検査や抗原検査、PCR検査などを積極的に行う必要性を訴えます。「その上で普通の生活に戻す政策を行うべきだ」と話します。

政府の意思決定にも問題があると言います。「これまで外出や飲食店の営業自粛などの判断において、政府は感染症の専門家の言いなりになっている印象だ。彼らは感染症対策のみを考え、安全策をとりがち。経済や他の医療分野の専門家の意見も幅広く聞き、総合的に判断する必要があります」

非日常体験が社会全体の秩序を変える?

新型コロナウイルスが世界の様相を変えつつある中、新たな状態や常識や、構造変化が避けられない状態を意味する「ニューノーマル(新常態)」というキーワードが注目を集めています。ハーバード大学の研究者が、2022年までコロナの流行が続く可能性を示唆するなど、かつての日常は戻りそうにはありません。
自粛と緩和を繰り返す世界では既存のシステムや手法は通用しなくなります。密集空間での仕事を避けるリモートワークやビデオ会議なども普及。学校の入学や新学期開始を9月に変更するという議論もこの流れに位置づけられるでしょう。

福井県立大学名誉教授の中沢孝夫さんは「バブル崩壊やリーマンショック、東日本大震災など、ほぼ10年おきにリスクは訪れています。リスクは常にあり、経営能力が問われ続けている。つぶれる企業や飲食店もあれば、社会のニーズに応え、業態を変えて躍進する場合もあります」と指摘します。
さらに現状を「非日常体験が、社会的秩序を変革します。人間は自分の経験から物事を考える。だから、コロナを経験した我々は、生活や価値観を大きく変えることになるでしょう」とみます。

それぞれの立場では、何を意識すればいいのでしょうか。
「自分が何をできるかを考えること。そして、その道のプロとして、できることを一生懸命行う。そして異なる考えの人と対話し、新しいアイデアを生み出す――。そんなことが求められています」。中沢さんは強調します。

ハイボールと阪神タイガースを愛するアラフォーおひとりさま。神戸で生まれ育ち、学生時代は高知、千葉、名古屋と国内を転々……。雑誌で週刊朝日とAERA、新聞では文化部と社会部などを経験し、現在telling,編集部。20年以上の1人暮らしを経て、そろそろ限界を感じています。
1989年、東京生まれ。2013年に入社後、記者・紙面編集者・telling,編集部を経て2022年4月から看護学生。好きなものは花、猫、美容、散歩、ランニング、料理、銭湯。