プロの厳しさを知った挫折期間から、日本人初のフラワーカーペットデザイナーに。アートディレクター鈴木不二絵さんの仕事観とは?

空間デザインの最大手・乃村工藝社で、グラフィックデザインチームを率いる鈴木不二絵さん(41)。日本とベルギー友好150周年記念事業「第20回ブリュッセル・フラワーカーペット(2016年、開催地:ベルギー・ブリュッセル)」のデザインを日本人で初めて担当するなど、華々しい経歴を誇ります。しかし、入社からしばらくは自分の力を発揮できず悩んだそう。彼女の成功の秘訣は、どこにあったのでしょうか。

夢を持って入社するも、現実に挫折

幼少期から絵を描くことが好きで、ずっと「モノづくり」に対して憧れを持っていたんです。勉強し過ぎ、と母親に心配されるくらいまじめな子どもでした。中学卒業後にデザインの高等専門学校に入ってからも、「もっと遊んだほうがいいよ」と友人に言われるほど。とにかく作品づくりに没頭する毎日で、朝から晩までデザインに明け暮れていました。頭の中は常にデザインのことでいっぱい。当時はそれが楽しかったんです。今思えば、もうちょっとやんちゃしても良かったかも。

「広告デザインをやりたい」、そして「誰かの人生を後世に伝えるミュージアムをつくりたい」。そんな夢を持って、22歳で乃村工藝社に新卒入社しました。「デザイナーになったらこんなことがしたい、あんなことがしたい!」と意気込んで入社したものの、やっぱりプロの世界は厳しくて。入社したらたくさんデザインをやるぞ!と思っていたんですが、新人は新人。何もできず、悔しい毎日でした。議事録を取るためだけに出張に連れていかれるなど、なかなかデザインに関われず……そういうことも重要な仕事だと今なら分かりますが、当時は「デザインがしたいのに!」とひたすら悩んでいましたね。

乃村工藝社は空間デザインの会社ですが、「これからは君みたいな人が必要だ」とグラフィックデザイン専門の私を採用してくれたんです。それなのに、会社のためになにもできていない。「会社に入る前のものづくりやデザインのことばかりを考えてきた今までの私はなんだったんだろう」と、長い挫折期間を味わいました。

自分から動くことで、挫折から抜け出した

挫折から立ち直ったのが、25歳。入社4年目の部署移動がきっかけです。一緒に働くメンバーもクライアントも、すべてがガラリと変わりました。仕事のサイクルも、それまで年単位だったものが数か月単位のスピード感のあるものに。あまりにも違い過ぎて、転職したくらいのインパクトでした。

異動がきっかけとなり、「得意なグラフィックデザインに注力して積極的に動こう」と考え方を切り替えました。「この案件、私も入りたいです」と自分から言ったり、頼まれてもいないのにロゴやポスターをつくって提案してみたり。やっぱり自分が得意なことをするのは楽しいですし、気持ちも前向きになりますよね。少しずつ周りが認めてくれるようになったのも、この時期です。お客さんからも「乃村さんってこういうところまでやってくれるんだ」と言われるようになり、新しい仕事が生まれたりもしました。

日本人初!フラワーカーペットデザイナーに起用

38歳の時に手掛けた「ブリュッセル・フラワーカーペット」は、私にとって大きなターニングポイントになりました。45年の歴史の中で、日本人デザイナーが選ばれるのは初めてのこと。決まったときは、ありきたりな言葉ですが、すごくうれしかったです。自分が机の上でつくったデザインが、国を超えて花で表現される。本番が待ち遠しかったですね。

でも、開催の半年前に連続テロ事件が起きたんです。フランス・パリ、そしてブリュッセルの空港と駅で。ヨーロッパ中に不安が広がって、市民は外出を自粛するようになって……。本当に開催できるのかな、と。

そんな状態で本番を迎えてみたら、不安を裏切る盛況ぶり。現地在住の方に「こんなに人が集まるのは久しぶりだよ」と言われるくらい、たくさんの人が来てくれました。ブリュッセル市民のみなさんが、私が関わったデザインで笑顔になってくれるのが心からうれしかったですね。『世界に歓びと感動を。』という乃村工藝社のメッセージが、私の仕事に初めて結びついた瞬間でした。

フラワーカーペットで使われる花は、デザインに合わせて地元の農家さんが育ててくれます。現地で出会ったお花農家さんは、「赤は日本人にとって大事な色だと知ってるから、大事に育てたよ」と言ってくれました。それから、お花を並べるのはボランティアの方々の仕事。イベント当日、朝から集まって60万本の花をひとつひとつ並べてくれるんです。この経験を経て、「改めて仕事は決して自分ひとりの力だけでなくて、周りの人の力があって出来上がるんだ」と心から思えるようになりました。

ビジュアル・グラフィックを武器に、できることを

現在は、ビジュアル・グラフィックデザインのプロフェッショナルチーム「IVD(INTEGRATED VISUAL DESIGN)」でリーダーをしています。これは、ビジュアルの視点から空間デザインにアプローチすることで、お客様のブランド価値向上を目指すチーム。メンバーは、20代から40代までの女性6名です。ビジュアル・グラフィックは私のいちばんの武器。その分野のチームが会社に発足して、私がリーダーを務めさせていただくというのは本当にありがたいです。まだまだこれからだと思っているので、引き続き、気を引き締めて頑張りたいです。

チームで仕事をするなかで心がけているのは、コミュニケーション。私が回り道した分、彼女たちにはやりたい仕事までの近道を見つけてあげたいなと思っています。自分の能力がより活かされる仕事は、彼女たち自身にも、会社にも、そしてお客様のためにもプラスに働くと思っています。なので、話はよく聞くようにしていますね。

仕事をする上で「安心感」は重要だと思っているので、愛情をもって接するようにしています。私自身、面倒見のいい先輩に助けられた経験があります。挫折して苦しかった頃、トイレで泣いてたんですよ。その時、慰めてくれる先輩がいて。この時の先輩のおかげで、仕事がどんなに忙しくて辛い中でも、誰かが自分のことを気にかけてくれると、とても心強くて、仕事を頑張れる原動力になります。そう気が付いたから、後輩の事を気に掛ける気持ちを持つことができました。

私自身、死ぬときは「想い出づくりデザイナーになれたな」と思っていたいんです。人の記憶に残ることをやりたい。クライアントが大事にしていることを踏まえて、その先にいるお客様の想い出づくりの手伝いがしたいですね。

私が会社に在籍し続ける理由は、「会社がすごく好きだから」。伝統を重んじつつ、若手の意見も聞いてくれる会社ですし、なによりお客様のことを大事にしている。保守的ではないところがいい。これからもこの会社で、デザイナーとしてできる限りのことをやっていきたいです。

フリーランス。メインの仕事は、ライター&広告ディレクション。ひとり旅とラジオとお笑いが好き。元・観光広告代理店の営業。宮城県出身、東京都在住。
熊本県出身。カメラマン土井武のアシスタントを経て2008年フリーランスに。 カタログ、雑誌、webなど様々な媒体で活動中。二児の母でお酒が大好き。