業界未経験からの転職。「勉強は才能がなくてもできる」プランナー・下國由貴さんの並々ならぬ愛情と努力

空間プロデュースのプロフェッショナル集団・乃村工藝社で働く下國由貴さん(35)。二本松市「菊のまち二本松ブランディングプロジェクト」など、地域を巻き込むプロジェクトを手掛けてきました。順風満帆に見えるプランナー人生ですが、入社時点ではなんと業界未経験。現在の活躍の裏には、人並外れた「愛情」と「好奇心」がありました。

25歳、順調な生活を捨て「やりたいことをやろう」と決心

大学を卒業後、東京の広告代理店に就職しました。そこで雑誌広告のDTPを担当していたんですが、北海道から上京したストレスもあって体を壊してしまったんです。本来やりたかったこととのズレも感じていたため退職し、お茶の専門店に転職しました。

商品開発やディスプレイに興味があって転職したんですが、配属されたのは店舗。「商品を作るより、店頭でお客さんに伝える方が向いているんじゃない?」と言われて。2年程で店長になり、販売だけでなくディスプレイや海外向けのPRも考えるようになりました。そのうち「もっと本格的にやってみたい。お店のディスプレイだけじゃなく、もっと幅を広げたい」という思いが芽生えたんです。

それで、店長をやりながらスタイリングの専門学校の社会人コースに通い始めました。お店のスタッフには悪いなと思いながらも、毎週日曜はお店を休んで学校へ。学んですぐに店舗で実践する、という日々でした。

25歳の時、プライベートでこれまでの価値観がひっくり返るような事件が起きました。今思い出してもつらい出来事。でもそれがきっかけで、「やりたいことやっちゃおう」と思うようになりました。もっと本格的にディスプレイの枠にとどまらず空間全体のプロデュースに挑戦できるところに転職しよう、とお茶専門店を辞めました。

同世代の友人は仕事にも慣れて、結婚する子も出てくるのが25歳。対して、自分は安定しない生活……。今までの人生で、いちばん苦しかった時期でしたね。そんななか、転職が決まったのが、乃村工藝社のグループ会社。最初は派遣社員として働き、2015年には契約社員に。正社員になったのは、2017年です。

とにかくまねをする!未経験で空間プロデュースの業界へ

空間をつくり活かすディスプレイ業界は、まったくの未経験。周りの人が、みんな偉大に見えました。なかでも大きな存在が、私を採用してくれた上司。師匠みたいな存在です。当時は出社してから帰るまで、ずっと師匠の隣にいて一挙手一投足を観察していました。師匠がなにを見てなにを考えているのか知りたくて、今振り返ると親鳥について回る雛みたいに一緒にいましたね。師匠が作った企画書をもらって、illustratorで上からトレースして作り方を学んだりもしました。とにかく、まねをして少しでも近づこうと。

転機は2回ありました。ひとつ目は、29歳のとき。とあるメーカーさんの体験施設をつくるという仕事だったのですが、とにかくお客様が情熱的で。「下國さんはプランニングのサポートかもしれないけど、私たちも初めてのことなので、臆せずに仲間だから一緒に考えましょう」という精神で、私を受け入れてくれたんです。

それで、私も必死に社史や創業者の歴史を勉強しました。その企業のカラーである「赤」のスカートを無意識にはいてしまうくらい、お客様のことが大好きだったんです。結果、「社員より創業者に詳しい!」とほめていただけて。未経験で自分にはできないことばかりだと思っていたけれど、「勉強することは才能がなくてもできる。頑張ればできるんだ」と自信がついたんです。

ふたつ目の転機は、2年前。福島県二本松市の「菊のまち二本松ブランディングプロジェクト」に携わったことです。何度も何度も現地に足を運び、地域のみなさんに「一緒に街を盛り上げましょう」と呼びかけ続けました。このとき役に立ったのが、お茶専門店での接客経験。相手によって使う言葉を変えて、「力になってほしい」ということを伝えました。

このプロジェクトでは、私はサポートではなく、みんなを率いる役目。自分の強みと今まで師匠から学んできたことが、うまく活きた仕事になりました。この2つの仕事を経て、「自分にもできることがあるんだ」という自信がつきましたね。

人生を変えたアーティストとの出会い

私の人生に大きな影響を与えている存在が、L'Arc-en-Ciel。小学生のときPVを見て、大きな衝撃を受けたんです。「音楽を映像や空間で表現すると、こんなふうに世界観を表現できるんだ!」って。ライブという限られた時間と場所で一瞬にして人の心をつかみ感情を揺さぶるパフォーマンス・演出は、今の私にはただ楽しむだけでなく、学びがたくさんあります。実際二本松のプロジェクトでは自分が見せたい世界観を細部にまでこだわるというスタンスで臨みました。。プライベートだけではなく、仕事にもL'Arc-en-Cielが良い影響を与えてくれています。

それから、全国のライブに足を運ぶことで「地方の魅力」にも気付きました。所属している部署が文化施設をはじめ地方の仕事が多く、北から南まで飛び回ることが日常となったので、ライブ遠征も「遠くない」と気づいたし、いろんなおいしいものがあったり、いろんな人がいたり、というのがすごく楽しいなと思えるようになりました。現地でミュージアムに行ったりもします。今は地方の仕事が多いので、事業を提案する時に利用者の視点が広がったことは良い気付きになりました。

「ボーダレス」に価値を伝えたい

私はこれまでの人生を振り返ったとき、「これをやっておけばよかった」という後悔はないんです。休日も家にいないくらいいろんなことに挑戦して「どうやったら夢に近づけるだろう」と行動してきたので。グラフィックデザインの教室に通ったり、インテリアスタイリストさんの仕事現場に手伝いに行ったり、英会話を習ってみたり……。オタク気質なのかもしれないですが、好きなことに貪欲なんですよ。見たもの、聞いたもの、感じるものすべてが仕事に活きていると思います。

今でこそ挑戦に前向きですが、本来は変化を好まない人間。過去の私がなにかに挑戦していても吸収できなかったと思うし、やりたいことをやってきました。後悔はないです。

今後やっていきたいことは、大きく分けて2つ。ひとつは、お花の仕事です。2016年に富山県砺波市のミュージアム「チューリップ四季彩館」のリニューアルに関わり、それがきっかけで声がかかって、二本松市の菊の仕事に繋がったんです。なので、お花の仕事はこれからもやっていきたいですね。

2つ目は、「ボーダレス」な仕事。今は日本と海外がボーダレスになっていますし、境界をまたいで、より多くの人に価値を提供していきたいと思っています。それから、音楽やファッション、アート業界のコラボレーション。乃村工藝社の演出力とか文化背景を活かす力を使って、業界を超えた提案もしていきたいと思っています。

フリーランス。メインの仕事は、ライター&広告ディレクション。ひとり旅とラジオとお笑いが好き。元・観光広告代理店の営業。宮城県出身、東京都在住。
熊本県出身。カメラマン土井武のアシスタントを経て2008年フリーランスに。 カタログ、雑誌、webなど様々な媒体で活動中。二児の母でお酒が大好き。